この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】
米国政府は、長々しい国内論争の末に、ウクライナへのクラスター爆弾供与を決断した。この一手により、この残忍な戦争はエスカレーションのはしごをもう1段上ることになる。以前はヘルメットのようなシンプルな軍事物資の供与についても長期にわたる消極的な議論がなされていたが、その後はウクライナへの無制限の防衛を約束。高射砲のような近代兵器の提供、戦車提供の是非を問う激しい議論、次に戦闘機、そして今度は非合法なクラスター爆弾の供与というわけである。(日・英)
ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領がクラスター爆弾を繰り返し要求したのは、それが、塹壕、大砲、軍の隊列といった標的に対して軍事的に極めて有効と考えられるからである。ウクライナは、より圧倒的に反転攻撃を行うことを望んでいる。ウクライナがずっと以前から予告している反転攻撃ではあるが、現在も遅々として進まず、コストがかさんでいることが、恐らく米国政府にこの問題をはらむ一歩を踏み出させたのであろう。
2008年にいわゆるオスロ条約が調印され、2010年に発効して以来、クラスター爆弾の生産、貯蔵、委譲、使用は禁止されている。これらの兵器が問題である理由は、戦争終結後も人々の苦しみと破壊をもたらし続けるからである。分散器にはいわゆる子爆弾(ボムリット、ペレットとも呼ばれる)が収容され、それらが標的の上空高くで容器から放出され、落下時に広い範囲に広がる。クラスター爆弾が地上で爆発すると、単独の集中爆発よりはるかに広範囲に被害が及ぶ。このようなクラスター爆弾は、500を超える発射体を含むものもある。
このようなクラスター爆弾は無差別に人を殺害し、また、地面に着弾した場合、常に完全に爆発するとは限らない。爆弾のタイプによって2.5~40%と幅があるが、非常に多くの不発弾が、戦後数十年にわたって民間人を危険にさらすのである。四肢切断や農地の耕作不能が、その結果である。ベトナム戦争中、数億発のクラスター爆弾が森林や水田に落とされ、そのうち何百万発もの不発弾が今なお地上や地中に残されている。
このような兵器がもたらす悲惨な影響ゆえに、オスロ条約はクラスター爆弾を非合法化したのである。国連加盟国の大多数を占める123カ国が条約に署名しているが、米国もウクライナもロシアも署名していない。この非合法なクラスター爆弾を供給するという物議をかもす決定を正当化するために、三つの論拠、あるいは言い訳が用いられている。これらの兵器は軍事的に有効であり、ウクライナに利益をもたらし得る。米国の決定は、この消耗戦で通常兵器、特に砲弾の製造において明らかに重大なボトルネックがあるという事実によって駆り立てられたものだ。クラスター爆弾は、米国で大量に入手可能であり、この砲弾不足を改善することができる。
この決定を擁護するため、支持者らは、ロシアがすでにウクライナの都市空爆で数回にわたってクラスター爆弾を使用していると指摘する。NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長は、双方がすでにクラスター爆弾を使用していると述べることによって、米国の発表を大目に見ている。一方が非人道的な戦争を仕掛けたからといって、他方の決定を正当化することができるだろうか? そうすることによって、西側同盟は、彼らが常に強調してきた自らの道徳的優越性に疑いを投げかけている。
ウクライナのクラスター爆弾使用はロシアに占領された自国領のみに限定するのだから、問題は少ないともいえるという主張は、その後幾世代にもわたって不発弾に苦しむ人々への慰めにはほとんどならない。
クラスター爆弾には、砲弾型、ミサイル搭載型、航空機による投下型という三つの異なるタイプがあり、今現在、米国は砲弾型のみ提供している。しかし、この戦争のエスカレーションを見るに、今後のさらなるエスカレーションの可能性を誰が排除できるだろうか? F-16戦闘機の供与を約束した後、その次には航空機による投下型クラスター爆弾の供与へと進むのは、論理的な(軍事的)ステップといえるだろう。
オスロ条約のもとで、締約国は、クラスター爆弾の生産、貯蔵、委譲、使用を行わないことを約束するだけでなく、非締約国によるこれらの兵器の使用を支援しないこと、それ以上に、禁止の強化に貢献することを強く言明している。オスロ条約第21条には、「締約国は、すべての国によるこの条約への参加を得ることを目標として、この条約の締約国でない国に対し、この条約を批准し、受諾し、承認し、又はこれに加入するよう奨励する」と記されている。条約署名国は、他の国々がクラスター爆弾を委譲または使用しないよう説得するべきであり、また、条約によれば「条約の普遍化及び完全な実施を促進するために精力的に努力する」べきである。
異を唱えたのは、人権団体だけではない。英国、カナダ、ニュージーランド、スペインといった米国の同盟国は、米国製クラスター爆弾の移譲に反対する姿勢を明らかにしている。ニューヨーク・タイムズは、「クラスター爆弾に対する幅広い世界規模の非難と、それらが戦争終結後も民間人にもたらす危険を前にすれば、それは、米国ほどのパワーと影響力を持った国家が広めるべきではない兵器だ」と書いた。
批判の提起は、部分的なものにとどまっており、かなり遠慮がちである。バイデン政権は、2023年7月11~12日にビリニュスで開催されたNATOサミットの直前に、ウクライナにクラスター爆弾を供与する意図を発表した。この物議をかもす決定がビリニュスでほとんど議論を引き起こさなかったのは、驚くべきことである。NATO加盟国のほとんどはオスロ条約に署名しており、条約の文言に従って、同盟国に供与をやめるよう勧奨する義務があるはずである。しかし、NATOサミットは、米国の決定に対し、オスロ条約の精神に則って期待されるはずの批判を行うことを避けた。NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長は、明確な立場を取ろうとせず、事実上それは米国の自由に任せるということだった。このような振る舞いが、ルールに基づいた秩序という何度も繰り返される美辞麗句とどう一致するというのだろうか? グローバルサウスの多くの国の政府が西側は偽善的だと考えるのも、もっともなことだ。
ドイツでは、政府に対する批判は厳しいものだった。ドイツの日刊紙「南ドイツ新聞」は、フランク=ヴァルター・シュタインマイヤー独大統領を「協定に違反しており、卑怯だ」と書いた。なぜなら、彼は2008年に外務大臣としてオスロ条約に調印し、「世界をより安全な場所にするために一歩近づいた」と評したにも関わらず、彼は米国の発表を擁護し、米国の行動を邪魔したくはないと明言したからである。
どうやら、NATOサミットは米国に対し、米国の決定がオスロ条約に真っ向から反するものだと釘を刺す勇気はなかったようだ。ビリニュスのNATOサミットでは、出席者らはどうやら、結束とウクライナへの継続的な連帯と支援を示したかったようだ。しかし、ウクライナへの連帯とクラスター爆弾禁止条約の軽視は別物である。このエスカレーションの忌まわしい旅はどこへ向かうのだろうか? 核兵器の使用さえも、クレムリンの暗黙的な、また、あからさまなほのめかしを真剣に受け止めるなら、もはやその可能性を除外できない。そして、われわれは、それらを真剣に受け止めなければならないようだ。
ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF: Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。Internationalizing and Privatizing War and Peace (Basingstoke: Palgrave Macmilan, Basingstoke, 2005) の著者。
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