【ウィーンIDN=オーロラ・ワイス】
中央アジアのカザフスタン共和国は、日本や他の太平洋島嶼諸国と並んで、核実験や核兵器使用の影響という極めて深刻な困難を抱えてきた国の一つだ。同国は1991年の建国から30数年しか経過していない比較的若い国であるが、この重い負の遺産に直面している。
カザフスタンでは、ソ連時代の核実験によって引き起こされたさまざまな病気で、何世代にもわたって今も多くの人々が苦しんでいる。冷戦時代、ソ連最大の核実験場があったことから、カザフスタンは「ロシアの核の盾」と称されたものだが、当の隣国(=ロシア)は核実験の犠牲者、つまり当時のモスクワ中央政府によって「核の盾」となったことの代償を支払い続けている人がいる事実など、忘れ去っているようだ。
在ウィーン国際機関カザフスタン共和国政府代表部と創価学会インタナショナル(SGI)、国際安全保障政策センターは、核使用がもたらしたこの共通の過去、さらには現在と将来にわたって直面しつづける問題について、「カザフスタンにおける核実験の壊滅的な結末-当事者が語る歴史」と題するサイドイベントを開催した。これは、今年7月31日から8月11日までウィーンの国連施設で開催されている2026年核不拡散条約(NPT)運用検討会議第1回準備委員会のプログラムの一環である。
カザフスタン外務省国際安全保障局のアルマン・バイスアノフ局長、国際安全保障政策センターのアリムジャン・アクメートフ代表、SGIの寺崎広嗣平和運動総局長、セミパラチンスク核実験の被爆者三世であるディミトリー・べセロフ氏、「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の政策・研究コーディネーターであるアリシア・サンダース=ザクレ氏が登壇し、英国SGIのサンニャ・ラジパル氏が司会を務めた。
カザフスタン政府を代表してバイスアノフ局長が開会あいさつを行い、核兵器禁止条約(TPNW)の第6条と第7条(核被害者への心身両面における支援と経済的補償、さらには核に汚染された地域の環境の修復とそのための国際協力)、条約枠内における国際信託基金の重要性について語った。
昨年の第1回締約国会合で採択された「ウィーン行動計画」では、被害者支援と環境修復の活動を財政的に支援しうる国際的な信託基金設置(行動29)の実行可能性の検討とガイドラインの策定がなされるべきことが合意された。
今年11月には第2回締約国会合がニューヨークで開かれ、メキシコが議長国を務める。カザフスタンはすでに、2024年の第3回締約国会合で自らが議長国となることを発表している。
「国際機関や市民社会、被害者らと協力し合いながら、核兵器廃絶への行動を起こしていきたい。」とバイスアノフ局長は語った。彼の故国カザフスタンは、ソ連の構成国であった30数年前まで、ソ連の軍事科学者らによって456回に及ぶ核爆発実験が通算40年間に亘って実施され、100万人以上の国民が高線量の放射線にさらされた。
セミパラチンスク核実験場で行われた核実験で被爆し、今も健康被害に苦しみ続けている無数の人々を目の当たりにした深い痛みは、寺崎総局長の記憶に今も刻みこまれている。
2019年にカザフスタン外務省の案内で、旧セミパラチンスク核実験場跡と周辺の関連施設を訪問した寺崎総局長は、核放射線被害という、日本とカザフスタンに共通する運命を目の当たりにした。
寺崎総局長は、「広島・長崎の被爆者の声が、核兵器禁止条約の採択に向けた大きな推進力となったことは皆さんもご承知の通りですが、『グローバル・ヒバクシャ』と呼ばれる核実験や核物質の採掘者をはじめとする核の被害者の存在は、私たちの視覚に十分に入っているわけではありません。」と指摘したうえで、「核兵器のために、どれだけの人々が亡くなり、傷つき、苦しい思いをしてきたか、その悲鳴は今も世界中で発せられており、こうした個々の悲劇が決して忘れ去られないようにする必要があります。だからこそ、私どもSGIはICANとのパートナーシップのもと、これまで核兵器の人道的被害について、草の根で意識啓発活動を推進してきたのです。」と語った。
そして、「核兵器の使用リスクが高まる中、今一度、核兵器の脅威や非人道的被害について共有し、世界を核軍縮の道へ方向転換させるべく、断固たるメッセージを発信していこうではありませんか。」と呼びかけた。
核実験被害者自身による証言は、このサイドイベントに参加した政府関係者や学者、NGO関係者の心を打った。(中東非大量破壊兵器地帯設立を目指す活動家エマド・キヤエイ氏のコメント映像)
ディミトリー・べセロフ氏は1976年にカザフ・ソビエト共和国のセミパラチンスク(核実験場跡地から直線距離で約100キロ)で生まれた。彼は核実験から3世代目の被爆者であり、遺伝性疾患を患っている。鎖骨がないのが特徴の肩鎖関節異骨症を患っており、彼の手はわずかに筋肉と靭帯でのみつながっている。骨と頭蓋骨の発達にも異常があり、気管支肺系の病気や関節症にもかかりやすい。
2015年、べセロフ氏は放射線被ばくの被害者と認定された。しかし問題は、被爆認定されても手当などがなく、医療保険や治療費を自己負担せねばならないことだ。彼の健康状態が必要とする手当は障害者にしか支給されず、その障害者認定は得られていない。また、障害者として認定されるか、あるいは放射線被ばくに起因する疾病で死亡した被害者の遺族とみなされなければ、国から毎月の特別手当を得ることができない。
「核実験の被害者はカザフスタン国内で孤立してきました。」とべセロフ氏は指摘する。自身の体験を通じて核兵器使用の悲劇的な結末を理解してもらうことが彼の望みだ。
1945年から2017年にかけて、2000回以上の核爆発実験が世界各地で行われ、癌などの慢性疾患が広がってきた。これら核実験の犠牲者を忘れてはならず、正義と援助を求める彼らの要求に応えなければならない。
ICAN政策研究コーディネーターのアリシア・サンダース=ザクレ氏は、「国際社会はまず被害者を救済し、そののちに加害者を追及すべきです。」と述べ、国際社会の最大の関心がグローバル被爆者に注がれていない現状を嘆いた。
「目の前で誰かが誰かを撃ったらと考えてみてください。加害者をまず捕まえようとは思わないでしょう。まずは被害者を助けることを考えるはずです。」とサンダース=ザクレ氏は語った。
世界全体での核戦力の規模が減少するどころか増加の一途をたどっている。核兵器保有国は、その帰結について語ろうとするなら、人間の要素と向き合う必要がある。核兵器は、戦時において2度使用(広島・長崎への投下)されただけではなく、15カ国で実験されてきた。核兵器の製造そのものが人道的影響を及ぼしているのだ。米国のたった1カ所で行われた核実験の影響は、(同国51州のうち)実に48州と近隣諸国にまで広がるとする研究結果もでてきている。
ICANは、国連核兵器禁止条約の順守と履行を推進する100カ国の非政府組織の連合体であり、その一環として2022年にウェブサイトnucleartestimpacts.orgを立ち上げた。すべての核実験の概観や、核兵器の製造国や製造年、そして正義を求めるグローバル被害者の経験などが掲載されている。
核兵器は、これまでに作られた兵器の中で最も非人道的で無差別な兵器である。国際法に違反し、環境破壊を引き起こし、国家と世界の安全保障を損ない、膨大な公的資源を人類のニーズから遠ざけてしまう。
冷戦期以降最も核兵器使用のリスクが高まっているこの重要な時にあって、アントニオ・グテーレス国連事務総長の「核兵器が私たちを滅ぼしてしまう前に、核兵器を廃絶しよう」という言葉の意味を考えることが必要だろう。「命の問題はみんなの問題なのだから、軍縮の問題はみんなの問題だ」と、グテーレス事務総長はこう述べて人々に行動を促している。(原文へ)
INPS Japan
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