【国連ATN=アハメド・ファティ】

2025年版国家安全保障戦略(NSS)は、政策文書というより、明確に打ち出されたひとつの世界観である。それは研ぎ澄まされ、体系化され、米国が第2次世界大戦後に自ら築き上げた国際秩序に正面から挑む形をとっている。
多国間主義が〈酸素〉のように不可欠な国連内部の視点から読むと、これは、かつて家を設計した建築家が数十年後にブルドーザーと測量器具を携えて戻ってきて、長年の住まいを「作り直す」と言い放つ光景を目の当たりにするようである。
NSSの冒頭は、過去30年の米国外交を「放漫で、誤った方向に進み、グローバリストに支配され、主権を『国際的制度』へ外注してきた」と一刀両断する(1〜2頁)。端的に言えば、協調的な世界統治の基盤そのものを否定する理念的な挑戦である。
国連が「共有された責任」を見るところ、NSSは「目的の希薄化」を見る。国連が「相互依存」を強調するところ、NSSは「脆弱性」と捉える。国連が「外交」を尊ぶところ、NSSにとっては「干渉」に映る。
問題は語調ではない。理念そのものが決定的に食い違っている。
移民政策:国連の人道的柱と「要塞化する米国」の衝突
多国間主義と最も激しく衝突するのが、文書が示す移民政策の強硬姿勢である。NSSは「大量移民の時代は終わった」と宣言し、国境管理を国家安全保障の最優先課題に据える(11頁)。
これは国連のアプローチとは対照的である。
・UNHCRは、避難を保護と権利の観点から位置づける。
・IOMは、移動を国際的な制度として共同で管理すべき課題とみなす。
・「安全で秩序ある移住のためのグローバル・コンパクト」は、協力を前提とする。
しかしNSSは移民を、テロやフェンタニルと並ぶ戦略的脅威として扱う。端的に言えば、この文書は脆弱な人々を「不安定化の要因」と描き、国際社会の安定を支える主体として位置づけていない。
この政策転換は、今後数年にわたり、人道交渉のあらゆる局面に影響を及ぼすだろう。
モンロー・ドクトリンの“再来”―今度は実効力を伴って
続く米州(西半球)の章は、地政学的な急展開と言うべき内容であり、警報級の示唆を含んでいる。NSSは、いわば「モンロー主義のトランプ流再定義」を掲げ、テキサス以南の港湾から鉱物資源、海底ケーブルに至るまで、域内の広範な領域への他国の関与に警鐘を鳴らしている(15〜18頁)。
婉曲ではない。礼儀ですらない。つまりトランプ政権は、こう言っている。
「この半球は我々のものだ。以上。」
国連にとって、これは不快であるだけでなく、多国間秩序の制度設計とも鋭く衝突する。多国間秩序の核心は、大国が特定地域を自国の勢力圏として固定化しないことにある。だが、この方針はその禁忌に踏み込み、西半球を戦略的な「囲い込み」へ傾けかねない。
ラテンアメリカ諸国は表向き投資を歓迎するかもしれない。だが国連関係者の間では、次の問いが生まれるだろう。
米国がパートナーシップに事実上の拒否権を主張するなら、我々の主権はどこから始まるのか。
このドクトリンの下で相対的に影響力が削がれ得るもの:
・国連開発計画(UNDP)
・地域機関
・多国間の金融支援
・ワシントンの承認を前提としない対外パートナーシップ
結果として、多国間主義は「米国の裏庭」において周縁化される。
欧州:断罪される「文明」、対話されない地域

NSSの欧州に関する記述は、戦略文書というより文化評論を思わせる論調に貫かれている。欧州は「文明的消滅」「人口の崩壊」「アイデンティティの喪失」「規制による窒息」に直面している――といった語で描かれる(25〜27頁)。
これは分析ではない。死亡告知である。
こうした欧州観は、安保理対応、制裁、決議形成などで不可欠な「西側の結束した外交姿勢」を維持するうえで、国連にも深刻な影響を及ぼし得る。仮にトランプ政権が欧州連合を協力相手ではなく「障害物」と位置づけるなら、1945年以来リベラル秩序を支えてきた米欧の結束は揺らぎ始める。
中国:多国間システムの「ストレステスト」

文書全体のトーンを最も強く規定しているのは中国である。NSSは中国を、サプライチェーン、AI、レアメタル、知的財産、移民管理、プロパガンダ、医薬品など、ほぼ全領域における米国の唯一の「体制的競争相手」と位置づける(20〜24頁)。ここで描かれているのは単なる「競争」ではない。より広範な「全面的対峙」である。
ただし、動かしがたい現実がある。国連は中国抜きには立ちゆかない。中国は主要拠出国であり、安保理常任理事国で、平和維持活動の主要な貢献国でもある。保健、気候、開発金融の分野でも、その関与は不可欠だ。
米国が中国をあらゆる領域で「存亡に関わる脅威」として描けば、多国間主義はその余波を免れない。リスクは明確である。競合する二つの国際システムが形成され始め、国連の普遍性と完全には両立しなくなる。
中東:稀で脆い「部分的な一致」

注目すべきことに、中東に関するNSSの方針は一部で国連の優先事項と重なる。すなわち、緊張緩和、安定化、人質解放、地域戦争の回避、そして新たな外交枠組みの支援である(27〜29頁)。
ただし、動機は大きく異なる。国連が目指すのは、権利、統治、国際人道法に基づく持続的な平和であるのに対し、NSSが求めるのは「米国の負担を減らし、敵対勢力を封じ込める」ための安定の確保である。
この一致は当面の接点となり得るが、極めて脆い。ガザ、レバノン、シリア、紅海のいずれかで再燃が起これば、理念の差異は直ちに露呈する。
アフリカ:パートナーシップか、資源争奪か

NSSにおけるアフリカは、鉱物・エネルギーを軸にした「投資の最前線」として描かれている(29頁)。アフリカ諸国には、中国、ロシア、トルコ、EU、湾岸諸国など複数の外部勢力がすでに関与しており、競争を一定程度歓迎する向きもあるだろう。だが、国連が描くアフリカの将来像はより広い。
・統治(ガバナンス)
・人間開発
・平和構築
・産業化
・持続可能な成長
NSSはアフリカが「持っているもの」に焦点を当てる一方で、「何を目指すのか」という将来像には踏み込まない。このギャップこそ、多国間機関が関与し、支援と調整を担うべき領域である。
結論:衝突は避けられない――だが、可能性は消えていない
NSSは、国連を基軸とする多国間秩序の時代における米国戦略の中でも、とりわけ「主権優先・多国間主義懐疑」の色彩が濃い。世界を「共有されたシステム」ではなく「競争の地図」として捉え、協力という前提そのものに疑義を突きつける。
しかし、一国主義がどれほど強まっても、世界の現実から逃れることはできない。
・パンデミック
・気候変動の影響
・サプライチェーンの脆弱性
・技術ガバナンス
・国境を越える危機
これらは、いかなる大国であっても単独では解決できない課題である。
確かに衝突は不可避だ。だが、崩壊は必然ではない。
いま求められるのは、国連と多国間システムが、この摩擦の中に機会を見いだし、それを生かし、米国に対して、歴史が繰り返し示してきた真実を思い起こさせることである。一国の意思が世界を支配する時代は不安定であり、責任を共有する世界こそが持続可能である―。
そして最終的には、どのような米国であれ、「機能する国際システムの価値に代わるほど高い城塞」を築くことはできないことを、否応なく理解することになるだろう。(原文へ)
INPS Japan/ATN
Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/a-national-security-strategy-caught-between-america-first-and-a-multilateral-world
関連記事:













