【南極IPS=ラジャ・ヴェンカタパシ・マニ】
午前7時半。私は急いで準備を整え、アドレナリンが湧き上がり、好奇心と興奮が最高潮に達していた。キャビンを飛び出し、大きなドアを開けると、目の前に広がっていたのは壮大な白銀の大陸──南極だった。
気候危機を考えるとき、南極は最初に思い浮かぶ場所ではないかもしれない。しかし、この凍てついた生態系は、地球温暖化による最も劇的な影響を受けている場所の一つである。
国連は2025年を「国際氷河保全年」と定め、氷河・雪・氷が気候システムにおいて果たす重要な役割と、急速な氷河融解がもたらす影響に注目を集めようとしている。
南極は地球上で最も寒く、乾燥し、風が強い場所である。厚さ4キロメートルにも及ぶ氷床の上に立ち、極地高原から吹き下ろす風を感じると、そこはまるで別世界のようだ。地球の表面淡水の約90%がここにあり、南極はまさに“凍った生命線”と言える存在である。
研究拠点で暮らす科学者を除き、南極に恒常的な居住する人はいない。冬の平均気温はマイナス50~60℃で、過酷な環境下での生活は極めて困難である。
1週間の滞在を通して、私は地球最後の大自然から多くのことを学んだ。
希少な野生動物の重要な生息地
目を奪われる風景だけではない。南極には、過酷な環境にも関わらず、多種多様な野生動物が生息している。
氷の上をよちよちと歩くペンギンたち、氷岸でくつろぐアザラシ、氷の海を泳ぐクジラ。彼らはすべて、栄養豊富な海に生息する小さな生物「オキアミ」を求めて南極にやってくる。
ペンギンなどの動物は、繁殖のために氷の存在を必要とし、氷は体温調節や羽の生え変わりの場、休息の場として重要な役割を果たしている。
また、南極は地球最大の“自然の研究室”でもある。気候変動、地質、生態系、生物多様性に関する最先端の研究が進められており、過去の地球の姿を解明し、現在の変化を分析し、未来の予測に役立てている。
南極は“カーボン・ネガティブ”、つまり排出する以上の二酸化炭素を吸収しているが、世界中の排出量がそのバランスを脅かしている。
天候は非常に不安定で、ある日、あまりに暖かくて何枚も重ね着していた服を脱がざるを得なかった。極寒の地というイメージが強かった私にとって、これは想像もしていなかったことだ。
しかし、地球上で最も人の手が届きにくいこの場所こそ、気候変動の最大の被害を受けている。2023年の「世界気候の現状」報告書では、南極の海氷の減少が危険なスピードで加速しており、2023年は過去最大の氷の損失が記録されたと報告されている。これは、地球上のすべての人々に影響を与える重大な問題である。
「南極の変化」は世界の問題
南極の巨大な氷床は太陽光を宇宙へと反射し、地球の気温を保つ重要な役割を担っている。しかし、いまや地球上で最も急速に温暖化が進む地域の一つとなっている。
わずかな気温上昇でも、氷床・氷河・生態系に重大な影響を及ぼす。過去25年間で、南極の氷棚の40%以上が縮小した。氷棚の融解が進めば、海面上昇が加速し、島国や沿岸部の地域に大きな影響を及ぼす。
また、南極の冷たい海は、世界の海を循環させる重要な役割も果たしている。例えば「南極周極流」は南極を時計回りに巡り、世界の主要な海をつなぐ力強い海流である。
しかし海水温の上昇はこれらの海流に影響を与え、世界中の気象パターン、漁業、農業、生態系にまで連鎖的な影響を与える。
氷の減少は野生動物の生息地の喪失を意味し、繁殖や生存を脅かす。これは食物連鎖にも影響し、魚の供給や雇用、食糧安全保障にもつながる。ペンギンは炭素を蓄える役割も持っており、その減少は気候変動をさらに悪化させ、極端な気象現象を増加させる可能性があつ。
要するに、「南極で起きること」は南極だけの問題ではないのだ。
多国間協力の模範
南極は、地理的にも地質的にも生物学的にも、そして政治的にも非常にユニークな場所である。
南極はどの国の領土でもない。「南極条約」によって57カ国が平和と科学を目的に協力して管理しており、国際協調の最良のモデルとも言える存在である。
かつて、南極上空にオゾンホールが発見されたことで、世界中が一斉に関心を持ち、行動を起こした。オゾン層は、有害な紫外線から地球を守る「フィルター」のような存在で、皮膚がんや白内障、農業や海洋生態系に甚大な被害をもたらすおそれがあった。
この問題に対し、各国が一致団結して採択したのが「モントリオール議定書」である。冷蔵庫やエアコン、スプレーなどに使われていたオゾン層破壊物質の段階的廃止を定めたこの合意により、国連環境計画(UNEP)はオゾン層が2066年までに回復する見通しであると発表しています。
この成功は、国際社会が一致団結すれば、地球規模の問題にも対応できるという希望を示している。
南極の物語は、私たちが今直面している気候危機という試練に対して、もう一度力を合わせるべきだという強いメッセージだ。
人類にとって、これはまさに“決定的な課題”。私たちが「何をするか」そして「何をしないか」が未来を決定づけるのだ。
いまこそ、化石燃料への依存を終わらせ、排出量を削減し、気温上昇を1.5℃以内に抑えるために一つになって行動するときだ。
数百万年前の氷の上に立ち、その歴史に触れながら、私は強く感じた。人類の存在は地球の歴史の中ではほんの一瞬。でも、地球は生き続けている。
私たちには、受け継いだ地球を「そのまま」あるいは「もっとよくして」次世代に手渡す責任がある。(原文へ)
INPS Japan/ IPS UN Bureau
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