労働移住と気候正義?

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

【Global Outlook=キャロル・ファルボトコ、タウキエイ・キタラ、オリビア・ダン】

移住は、気候変動に対する適応策となりうるものである。適応策としての移住には、気候に脆弱な場所からの恒久的移住だけでなく、一時的移住も含まれる。一時的移住者が、資金、新たな知識、改良された技術などの資源を持ち帰る、または送り返すことにより、気候に脆弱な地域のコミュニティーにレジリエンスを構築することができる。

太平洋島嶼地域では歴史的に、一時的な国際労働移住は多くの国家の経済を支える重要な要素となっている。現在、オーストラリアとニュージーランドの両国が太平洋島嶼国(サモア、トンガ、フィジー、キリバス、ツバル、バヌアツ、ソロモン諸島、パプアニューギニア、ナウル)の国民に対し、国内労働者が不足している園芸や食肉加工といった産業での就労機会を提供している。これは、ニュージーランドでは認定季節雇用者(RSE)制度、オーストラリアでは太平洋・オーストラリア労働移動(PALM)制度により実施されている。(原文へ 

移民を送り出す太平洋島嶼国、特にツバルやキリバスのような小さな環礁国では、全体的な気候変動適応策や気候変動による人口移動に関する政策の要素として、国際労働移住がますます注目されるようになっている。実際、太平洋島嶼地域は現在、気候変動による人口移動に関する地域枠組みを確立しつつある。この枠組みの下で、国境を越えた労働移住は、気候変動という文脈において促進する必要がある移動として位置づけられる。

しかし、太平洋島嶼地域の労働者が利用しているオーストラリアとニュージーランドの労働移動制度は、現時点では気候適応策としての移住という概念を認めておらず、気候正義を実現する有望な手段として労働移住を位置づけてもいない。むしろ、これらの制度はひとえに経済発展という観点で構成されている。現状では、労働者の出身国の適応成果を改善するための明確なメカニズムは、これらの制度にはない。

気候正義には、最も気候変動の原因とはなっていない人々が、気候変動の影響を不釣り合いに大きく受けるという認識が必要である。気候変動により不釣り合いに影響を受ける人々の権利を解決の中心に据える必要がある。気候正義に関する事項は、国際労働移住については特に重要であるとわれわれは訴える。なぜなら、多くの場合、労働者は気候に脆弱な場所から国境を越え、より多くの温室効果ガスを排出してきた先進国に移住するからである。したがって、これらの先進国は、自国内で労働移住プログラムを提供することによって気候正義を明確に前進させる責任があると言えるだろう。

興味深いことに、気候主流化、つまり政策分野に気候変動問題を組み入れるという課題はオーストラリアの開発支援政策の重要な柱となっているものの、労働移動プログラムは気候主流化の対象とはなっていない。その理由は不明であり、さらなる調査を必要とするが、太平洋島嶼民の移住と気候変動を関連づけることへの政治的懸念、あるいはこれを主流化することに伴う複雑性やコストがあるのではないかと思われる。

また、国際労働移住制度を移民送り出し国の気候変動適応政策とどのように調和させることができるか、気候適応と気候正義を前進させるためにどのように制度を強化することが考えられるかという問題がある。気候に脆弱な場所に住む人々に出稼ぎの機会が存在することは、それ自体では太平洋島嶼民にとって気候正義を前進させることにはならない。それにはいくつかの理由がある。

第1に、家族やコミュニティーを母国に残してきた出稼ぎ労働者は、一般的に経済的な利益を得るが、このような利益には、外国で働いている間に心身の不健康や家族の不和が生じるといった、重大な社会的リスクや精神的リスクが伴うことも多い。長期契約の場合は、配偶者や子どもを同伴できる選択肢を設けることが特に重要である。なぜなら、家族の別離という問題は、現在、労働者とそのコミュニティーに重大な社会課題をもたらしているからである。

第2に、気候に脆弱な場所にある故郷のコミュニティーも、社会・経済的ダイナミクスの大きな変化を経験する。例えば労働が増大し、多くの場合はさらなる負担を女性たちに負わせる。また、持続可能な(経済的、社会的、環境的)開発成果という点で全体的利益があるのか、あるとしたらどのような規模か(世帯、コミュニティー、国)ということもはっきりしない。

第3に、労働者やコミュニティーが経験する社会的・精神的課題は、気候変動の課題と気候変動への懸念に拍車をかける可能性がある。

第4に、現在実施されているプログラムでは、労働者、具体的に言えば、外国で数年間働いてきて、多くの場合現地でのネットワークや雇用者との信頼関係を築いている労働者に対して、恒久移住という選択肢が与えられていない。一部の労働者(全員ではないが)が、定住して恒久的な契約を結びたいと考えるのは当然のことである。それは、労働者にとって利益になるだけでなく、雇用者にとっても、労働者の家族にとっても、また、多くの場合は遠隔地・過疎地域である就労先のコミュニティーにとっても利益になる。

以上の理由から、現状のような労働移住制度では、太平洋島嶼民のための気候正義を前進させることはできそうもない。また、国際労働移住による環境適応という利益も、労働者、その家族、コミュニティーに高負担をもたらす恐れがある。先進国が設置する国際労働制度は、移民送り出し国と受け入れ国の両方の気候変動適応政策と歩調を合わせるとともに、気候正義の問題も十分に認識しなければならない。

また、調和は全体的なものでなければならない。恒久移住の選択肢を追加するだけといった、既存政策への断片的な追加では不十分であろう。例えば、恒久移住を選べることは重要かもしれないが、労働者が新たな居住地への法的資格を得るまでに何年間も社会的・精神的な苦境に耐えなければならないのであれば、たとえ厳密には可能であるとしても、必ずしも気候正義を達成することにはならないだろう。

キャロル・ファルボトコは、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)の科学研究員およびタスマニア大学のユニバーシティ・アソシエートである。
タウキエイ・キタラはツバル出身で、現在はオーストラリアのブリスベーンに居住している。ツバルNGO連合(Tuvalu Association of Non-Governmental Organisation/TANGO)というNPOのコミュニティ開発担当者であり、ツバル気候行動ネットワークの創設メンバーでもある。ツバルの市民社会代表として、国連気候変動枠組条約締約国会議に数回にわたって出席している。ブリスベーン・ツバル・コミュニティー(Brisbane Tuvalu Community)の代表であり、クイーンズランド太平洋諸島評議会(Pacific Islands Council for Queensland/PICQ)の評議員でもある。現在、グリフィス大学の国際開発に関する修士課程で学んでいる。
オリビア・ダンは、オーストラリアのウーロンゴン大学地理・持続可能コミュニティー学部で博士研究員を務めている。環境科学、強制移住研究、国際開発のバックグラウンドを生かし、環境変動、農業変化、人の移動が交わる領域を分析する研究を行っている。

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