【国連IDN=タリフ・ディーン】
「世界の海洋を保護するための記念碑的な勝利」と称された歴史的な新国際条約が、国連総会で世界の政治指導者らよるハイレベル会合が開催中の9月20日に加盟国に署名開放される予定だ。
新条約は、違法かつ過剰な漁獲やプラスチック公害、無差別な海底採掘、海洋生態系の破壊などによって壊されてきた世界の公海のあり方について規制するものだ。
「国家管轄権外区域の海洋生物多様性(BBNJ)に関する条約」を正式名称とする国連公海条約は、約20年の協議の末に合意されたものであり、国連の193の加盟国のうち60カ国が批准した時点で発効する。
批准プロセスとは、各国の法律に応じて、元首あるいは議会による最終承認を得るものである。米国では、大統領が条約に署名はできるが、批准には上院の3分の2以上の賛成を要する。
長くかかった条約協議においては、海洋遺伝資源(MGRs)、海洋保護区を含めた区域型管理ツール(ABMTs)、海洋保護区域(MPAs)、環境影響評価(EIAs)、能力構築及び海洋技術の移転(CB&TT)の5つの要素を含むパッケージが議論された。
今年の条約署名イベントで焦点が当てられた52本の多国間条約の中で、本条約を含む17本が環境関連であった。
多国間主義の勝利
2023年6月19日に採択されたこの歴史的な条約は「多国間主義の勝利」であると国連のアントニオ・グテーレス事務総長は評した。
国連の海洋問題海洋法局のウラジミール・ジャレス局長は、条約の重要性をあらためて強調して「海は危機にある」と指摘したうえで、「国連は加盟国がこの条約に普遍的に参加することを望んでおり、条約署名はその第一歩だ。」と語った。
国連条約課のデビッド・ナノプロス課長は9月14日、記者団に対し、「これらの条約への普遍的な参加は、その成功の絶対的な基礎となる。」と語った。
ナノプロス課長は、「オゾン層破壊物質の規制に関するモントリオール議定書は100種類近いオゾン破壊物質を規制しており、オゾン層の修復と地球温暖化の抑制に効果を発揮してきた。」と指摘したうえで、「同条約への普遍的な参加により、オゾン層は完全回復の途上にある。」と語った。
グリーンピースは、9月14日に発表された新たな報告書で、海洋への脅威に関する分析を行った。
『30×30:グローバル公海条約から海洋の保護へ』と題された報告書は、世界の海洋の30%を2030年までに保護する政治的なロードマップを提示した。
グリーンピースのこの報告書は「海洋の健康に対する脅威がきわめて高い程度にある」事実を述べ、国連公海条約を用いた緊急の保護を呼びかけている。
2018年から22年にかけて、公海での漁業活動は8.5%増えて計850万時間近くになり、「30×30」目標で保護しようとしている領域においては22.5%もの増加が見られるという。
こうした最近の動向は、海洋の現実は条約が目指すところと真逆に進んでいる状況を示しているとグリーンピースは指摘している。
SDGsに即した新条約
報告書は、漁業に並んで、海洋の温暖化、酸性化、汚染、それに深海での採掘という最近の脅威が海洋生態系にいかに悪影響を与えているかを分析し、公海条約を利用して「30×30」の目標を達成するための政治的行動を取ることが急務であると訴えている。
はえ縄漁が公海漁業の4分の3を占めるが、目的としない魚が多く網にかかってしまうため、破壊的な漁獲法だとされている。
現在、公海のうち保護されているのは1%に満たず、「30×30」目標を達成するには、1100万平方キロの海洋を毎年保護する必要がある。
「国家管轄権外区域の海洋生物多様性に関する国連臨時作業部会」の共同議長を務めたパリサ・コホナ博士は、「新条約は国連の持続可能な開発目標(SDGs)に沿ったものであり、海洋保護という目標に資するだけでなく、利益の共有と技術移転をめざすものだ。」と語った。
「海洋保護に向けたNGOの熱意は賞賛すべきだたが、漁業によって生計を保ち収入を得ている数多くの人々との利益のバランスも考えねばならない。」とコホナ博士は指摘した。
同氏によれば、途上国の数多くの人々が生活のために漁業に依存し、他の生計手段を持たない、という。
同時に、海産物はグローバル・サウスの多くの人々の主要なタンパク源でもある。コホナ博士は元スリランカ国連大使でもあり、最近は駐中国大使も務めていた。
同氏は、食料危機の可能性によって脅かされている世界にあっては、漁業に依存している多数の人々のことを忘れてはならないと指摘した。
人類と海洋の関係
「海洋保護と同じぐらいの熱意をもって、条約にある利益共有・技術移転の条項をある程度履行することで、グローバル・サウスのニーズに応えることができるかもしれない。」
このことを念頭に置きつつ、「条約の署名開放を歓迎せねばならない。新条約は人類と海洋とのあらたな側面を画することになろう。生命は海から生まれ、海は生命を支え続けることだろう。」とコホナ博士は語った。
グリーンピースの「海を守れキャンペーン」のクリス・ソーンは「公海条約は自然にとって歴史的な勝利ではあるが、我々が報告書で示したように、海洋生物への脅威は日々悪化している。」と指摘したうえで、「条約は海洋保護のための強力なツールとなるが、各国政府は緊急に条約を批准し、海が回復し繁栄する余地を海に与えるべく、海洋の保護地区を保たねばならない。」と語った。
ソーンはまた、「海における破壊的な行為が海洋の健康の将来を損ねており、したがって地球全体の健康をも損ねている。」と語った。
海の生命にチャンスを与えるためには、2030年までに少なくとも海洋の30%が海洋保護地区の設定によって保護されねばならない。
「そこまで7年しかない。海洋保護に熱心な国家は、来週の国連総会において公海条約に署名し、2025年の国連会議までに批准を済ませるようにしなければならない。」
グリーンピースの報告書はまた、条約を利用して海洋保護地区を確立するための政治的ステップや行動についても紹介している。
また、生態系的な重要性から特に3ヶ所の公海上の海域を挙げて、保護地区とするよう訴えている。すなわち、北西太平洋の天皇海山群、大西洋のサルガッソ海、オーストラリアとニュージーランドの間にある南タスマン海(ロード卿海丘)の3ヶ所である。(原文へ)
INPS Japan
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