SDGsGoal10(人や国の不平等をなくそう)ヴァヌヌ事件―イスラエルの核機密を暴いた男

ヴァヌヌ事件―イスラエルの核機密を暴いた男

【エルサレムINPS Japan=ロマン・ヤヌシェフスキー】

ヴァヌヌ事件は、核不拡散と内部告発の歴史において、最も物議を醸した出来事の一つとして知られている。1986年、イスラエル南部ディモナの極秘核施設で技術者として働いていたモルデハイ・ヴァヌヌが、同国が多数の未申告核兵器を保有している事実を暴露し、世界に衝撃を与えた。

この告発はイスラエルの国内政治に大きな波紋を広げただけでなく、国際社会にも深刻な影響を及ぼし、透明性、国家安全保障、そして内部告発者の道義的責任に関する重大な問いを突きつけた。

モルデハイ・ヴァヌヌとは何者か
Mordechai Vanunu, Credit: Wikimedia Commons
Mordechai Vanunu, Credit: Wikimedia Commons

モルデハイ・ヴァヌヌは1954年、モロッコ・マラケシュに生まれ、1963年に一家と共にイスラエルへ移住した。兵役を終えた後、南部ネゲヴ砂漠にある「ネゲヴ原子力研究センター」(ディモナ核施設)に技術者として勤務し、約10年間にわたり機密区域にアクセス可能な立場にあった。

その間にヴァヌヌは、イスラエルが進めていた核兵器開発の実態を徐々に把握していった。イスラエルの政策に幻滅し、左派的かつ親パレスチナ的な立場に傾いていた彼は、施設内部の様子を密かに写真に収め始めた。1985年、解雇が迫っていることを知ったヴァヌヌは、小型カメラを持ち込み、施設内の極秘区域で57枚の写真を撮影した。

その後、彼はイスラエルを離れ、まずネパールへ渡り仏教に改宗、続いてオーストラリアでキリスト教に改宗した。現地で出会ったコロンビア人フリージャーナリストのオスカー・ゲレーロに説得され、100万ドルで情報を売ることを考えるようになる。そしてイギリスの『サンデー・タイムズ』に接触し、核施設の内部情報と写真を提供した。

核曖昧政策を覆す衝撃のスクープ

『サンデー・タイムズ』は1986年10月5日、ヴァヌヌの証言と写真を一面トップで掲載。技術的分析を交え、イスラエルが水爆を含む高度な核兵器を開発済みであると報じた。その報道によって、イスラエルが保ってきた「核兵器の有無を明言しない」核曖昧政策が実質的に崩れ、国際社会に大きな衝撃を与えた。

イスラエルが長年維持してきた核戦略の根幹が揺らぎ、特にアメリカとの外交関係に緊張が走った。

モサドの誘拐作戦「オペレーション・ダイヤモンド」

記事掲載前からイスラエル諜報機関モサドはヴァヌヌの動向を把握していた。彼をロンドンからローマへ誘い出すため、「シンディ」と名乗るアメリカ人観光客を装った女性エージェントを送り込んだ。ローマで接触後、ヴァヌヌは拉致・薬物投与され、秘密裏にイスラエルへ連行された。この一連の作戦は「オペレーション・ダイヤモンド」と呼ばれている。

帰国後、ヴァヌヌはスパイ行為および反逆罪で起訴され、非公開の法廷で裁かれた。判決は懲役18年、そのうち11年を独房で過ごした。イスラエル政府は事件報道に対し完全な報道統制を敷いたが、国際人権団体やメディアは一貫して彼の釈放を求めた。

英雄か、裏切り者か

ヴァヌヌ事件は、国家機密と公共の知る権利、内部告発の倫理的正当性をめぐる議論を呼び起こした。彼を「国家を危険にさらした裏切り者」とみなす声もある一方、「世界の安全のために行動した英雄」と称える声も根強い。

また、この事件は、イスラエルの核兵器保有に対する西側諸国の黙認と、イランなど他国への厳格な対応という、国際社会の核政策における二重基準を浮き彫りにした。

釈放後も続く制限

ヴァヌヌは2004年に刑期を終えて釈放されたが、その後もイスラエル当局の厳格な制限下に置かれている。国外渡航は禁止され、外国人との接触やディモナ施設に関する発言も禁じられている。彼は幾度も出国申請を行ってきたが、すべて却下されている。

現代に残る問いかけ

ヴァヌヌ事件は、国家安全保障と市民の知る権利との間にある緊張関係を象徴する事例として、今なお議論の的となっている。彼の行動は、秘密主義に対する挑戦であり、核兵器政策の透明性と説明責任の必要性を訴えるものであった。

ヴァヌヌは、自らの行動によって約20年にわたる拘束と、出所後も続く監視と制限という重い代償を払った。裏切り者と見るか、英雄と見るか――その評価は分かれるものの、彼の告発がもたらした影響は国際的な核議論の流れを大きく変えた。

ヴァヌヌ事件は、国家が保持する機密と、それを暴く行為の正当性について、今なお答えの出ない問いを私たちに投げかけ続けている。今日の不安定な地政学的情勢においても、その教訓はなお重要であり続けている。(原文へ

This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.

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