SDGsGoal14(海の豊かさを守ろう)|インド|1991年のトロンベイ放射能漏れの影響を追う

|インド|1991年のトロンベイ放射能漏れの影響を追う

【ムンバイ(ロンドン・ポスト)=フルトウィ・クシルサガル、スマイヤ・アリ】

セメントで固められ、有刺鉄線が張り巡らされたバーバ原子力研究センター(BARC)の複合施設に隣接して、ムンバイ東郊のトロンベイ村の集落がある。この付近の特徴は、トタン屋根の家屋と無数の狭い連絡通路だ。

この区域では、鼻を突くような化学薬品のような異臭が漂っている。トロンベイ村は、BARC施設内にある2つの研究炉「シーラス(CIRUS)」と「ドゥルヴァ(Dhruva)」から歩いて行ける距離にある。

Map of India
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インド政府当局はこの原子炉の秘密を70年近くにわたって隠匿してきた。1991年12月1日、シーラスとドゥルヴァ原子炉付近から大量の放射線漏れ事故があった。

この事件を報じたのはインドの非核化を求める雑誌『アヌムクティ』の1992年8・9月号であった。トロンベイの原子炉から有害な物質が漏れて深刻な土壌汚染を引き起こし、さらに有害な廃液がアラビア海に流出した可能性が指摘された。

放射性化学廃液が縦横に流れている場所に形成されたこの地域では、高い数値のセシウム137があると推定されている。この高い数値は、原子炉と海との間の土壌の中に広範にみられた。これらの原子炉の事業者が引いたパイプラインは、最終的に水の流れに行き着く。

質問を受けたBARCの科学者は、「入植地はありません。」と述べ、施設周辺における住民の存在を否定した。しかし、近くのトロンベイ・コリワダやトロンベイ・チータに居住区があり、その住民の大部分は低所得者層の漁民だ。

ムンバイ在住のルパ・チナイ記者は1992年当時この流出事故について報じ、放射性物質の海洋流出が食物連鎖を阻害する危険性を指摘した。その中でチナイ記者は、「放射性物質は水中で見えませんし、長期間残留します。例えば、汚染された海産物を人間が取り込むことで、人体に重大な影響をもたらす可能性があります。同様に、水、植物、鳥、昆虫が放射性物質を媒介しますが、地域住民たちは放射性物質が流出した事実を今日まで知らされていません。」と記している。

1991年の放射線漏れ事故の現場に最も近い病院を訪問したところ、「1991年から2000年の間、死産する事例が極めて多かった。」との証言が病院のベテラン看護師から得られた。1991年とはちょうど放射線漏れ事故が発生の年である。

Laboratories BARC also played an essential and important role in nuclear weapons technology and research in India. The plutonium used in India’s 1974 Smiling Buddha nuclear test came from a research reacter CIRUS here. Photo: Nuclear reactor of Bhabha Atomic Research Centre (view from Arabian sea) By Sobarwiki – Own work, Public Domain.

原子力規制委員会(AERB)の元委員長であるA・ゴパルクリシュナン博士は、1970年代から80年代にかけて多くの村人が臨時労働者として放射性物質の除去に従事していたことを指摘した。トロンベイの村には、毎日技術者エリアに入る前と退出する際に放射能被曝の有無をチェックされるBARCの技術者が多数住んでいた。すでに退職している技術者に質問したところ、当時その数値に上下の変化があることを認識しておらず、作業中は原発施設のオペレーターの指示に依存していた語った。

バーバ原子力研究所ウェブサイトに掲載されている安全マニュアルによると、包括的なモニタリングと定期的な検査が重要であるという。

トロンベイの住民に取材してみると、BARCへの不満の声が聞かれた。「BARC従業員のほとんどがこの地区から出ているにもかかわらず、BARCの人間が定期的な健康診断や調査に来たことはありません。」と、ある住民は語った。

さらに、1986年環境保護法第2章の条項は、環境の質の向上や公害の予防・抑制・緩和について説明している。

トロンベイ・コリワダの漁民らは現在、魚の種類が少なくなってきたことに不平を述べている。コリワダの漁民サンジェイ・トゥルベカル氏は、「網にかかってくる魚が依然と比べて小さくなってきた。」と語った。

BARCの運営側と科学者らは、文書や安全マニュアルをウェブサイトで公開していると主張している。さらなる情報はこちらで。

インドの反核抵抗活動

インド南部のタミル・ナドゥ州には国内最大級のクダンクラム原子力発電所がある。1979年年に建設が提案されて以来、地元住民は反対運動を続けてきた。抗議者たちは、原発から放出される排水が海に流れ込み、魚の質に影響を及ぼすと主張している。インドの雑誌『Caravan』は、日本の福島原発事故の後、2011年にプロジェクトに対する抗議が高まったと報じている。原発の稼動以来、魚の質と種類が低下していると、魚類労働者たちは語っている。

原発稼働に向けた最終的な作業が行われていた2012年の抗議活動では、66人が逮捕され1人が殺害された。

マハラシュトラでは、タラプール原発の「負の側面」について、人々が折に触れて抗議している。インドの新聞『テレグラフ』紙は、同原発は地元の村民や漁師らの反対を押し切って稼働したと報じている。

しかし、バーバ原子力研究センターの研究者が行った調査によると、過去20年間、インドにある6つの原発からの放射能放出と潜在的な環境破壊は「最小限」であったと主張している。

しかし、バーバ原子力研究センターの研究者らが行った調査によると、この20年間にインドの6カ所の原発から排出された放射性物質やそれが環境にもたらしうる被害は「最小限」であると主張している。(原文へ

INPS Japan/London Times

バーバ原子力研究センター(BARC)インドの核兵器技術と研究において重要な役割を果たした。1974年の核実験(微笑むブッダ)で使用されたプルトニウムは、ここにある研究用原子炉CIRUSから供給された。

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