ガザ地区とイスラエルで展開されている出来事には、深い誤解がある。多くの人々は、その複雑さに気づいていない。報道は断片的な情報を伝えるだけで、全体状況を提示することはない。なかには、情報を意図的に捻じ曲げた報道すらある。
【Tel Aviv INPS Japan=ロマン・ヤヌシェフスキー】
ガザでは、子どもを含む3万7000人以上の死傷者がでており、広範にわたる破壊と大量に発生した国内避難民の間に広がる飢餓、さらにはジェノサイド(大量虐殺)の非難を巡る報道がなされている。ガザ地区のパレスチナ人をとりまく状況は悲惨を極めている。私たちはこの紛争を見るとき、同時にこれらの悲劇的な出来事の根本原因、つまり紛争の発端となった10月7日のハマスによる緻密に計画されたイスラエルに対するテロ攻撃も忘れてはならない。
現在ガザ地区で起こっている戦争がもたらした現実を鑑みれば、国連が掲げる持続可能な開発目標のいくつかと密接に関連している。つまり、 第2目標「飢餓をゼロに」及び第16目標「平和と公正を全ての人に」である。
ハマスの秘密計画
多くの国でテロ組織と認識されているパレスチナのイスラム主義組織であるハマスは、2007年以来ガザ地区を支配してきた。その綱領には、イスラエル国家を破壊するという目標が明記されており、それは不可避的に事態のエスカレーションへとつながる。
ハマスは、イスラエル領土に侵入し、イスラエル人を殺害し誘拐する秘密計画を立てた。その目的はパレスチナの大義に世界の注目を集め、イスラエルを挑発してガザ地区に軍隊を展開することを誘発することにあった。テロ攻撃は、ユダヤ人の伝統的な休息日である安息日と重なるユダヤ教の宗教的祝祭日、シェミニ・アツェレットに強行された。ハマスはイスラエル人が警戒心を低下させるこの機会をあえて利用した。
当時イスラエル政府はハマスが暴力路線から離れたと考えており、軍も諜報部門も大規模な侵攻を予想しておらず、国境には少数の兵士しか配備されていなかった。ガザ国境沿いに設置されたセンサーや自動発砲システムを備えた「スマートフェンス」に依存していた。しかし、ハマス側は周到な計画を立て、イスラエルの防衛網をことごとく回避する形で侵入した。
10月7日の早朝、突如ガザ地区からイスラエル領に対してロケット弾の一斉射撃(攻撃開始から数時間で約3000発)が始まり、防衛システムを圧倒、同時に、数千人のよく訓練された重武装の武装勢力が複数の地点でガザ国境を突破し、イスラエルに侵入した。混乱のなか、国境を守るイスラエル兵は一掃され壊滅した。単体の戦車やパトロール隊では、数千人規模の武装勢力に対抗できなかった。武装警察も各地で抵抗したが、戦力差はあまりにも不均衡だった。
武装勢力はガザ国境沿いの国防軍拠点を占拠し、国境から20キロ以内のイスラエル領で残忍な虐殺を行った。民家に押し入り、住民やペットまでも射殺した。住民の中には、ハマスが発射したロケット弾の破片から身を守るために、シェルターに避難できた者もいたが、その後侵入してきたカラシニコフ銃で武装したハマス民兵の襲撃から逃れることはできなかった。
やがて、10代の若者たちを含む一部のガザ住民も、武装勢力による略奪行為に加わり、ユダヤ人の住宅を放火して回った。彼らは住民に対する残虐行為を映像に撮りソーシャルメディアで拡散した。少なくとも1つの事例では、人質のSNSアカウントを使ってフェイスブックで生中継し、友人の前で犠牲者を嘲弄し、その後一部を殺害した。
全体として、1日で約1200人のイスラエル人と外国人が死亡し、251人が誘拐された。
「スーパーノヴァ」音楽フェスティバルの惨劇
「スーパーノヴァ」音楽フェスティバルは、ガザ国境に近い自然の中で開催されていた。約3000人が参加していたが、ライフルとグレネードランチャーで武装した武装勢力に襲撃された。
ここでは少なくとも365人が殺害された。ご斉射の中には英雄的な行為で民間人を救おうとした兵士のエピソードが伝わっている。休暇中で武装していなかったイスラエル国防軍兵士のアネル・シャピラさんは、突如ハマスの襲撃に巻き込まれたフェスティバル参加者らを守るため、襲撃者たちが投げ込んでくる手榴弾を巧みに拾っては投げ返していた。彼は7つの手榴弾を投げ返すのに成功したが、8つ目が彼の手の中で爆発し死亡した。
テロリストがフェスティバル会場から延びる唯一の道路を封鎖したとき、ベン・シモニさんは自分の車にできるだけ多くのフェスティバル参加者を乗せて救出しようと、型破りな行動に出た。彼は、武装勢力が構築したフェンスの穴を通ってガザ地区に入り、パレスチナ領内を通り抜け、別の穴を通って再びイスラエル領に戻った。彼はそれを2度成功させたものの3回目の救出行動中に殺害された。
この際、武装勢力が捕虜にした少女たちに残忍な性的暴行を加え、生きたまま切断したという証言は数多くある。暴力行為の後、彼女たちは殺害された。約40人のフェスティバル参加者がハマスによるガザ地区に人質として連れ去られた。
11月末までにイスラエル政府は、一時的な停戦とイスラエルの刑務所からのパレスチナ人テロリストの釈放と引き換えに、約250人の人質のうち105人の解放を交渉することに成功した。しかしそれ以後、人質の解放を巡る交渉は停滞している。
戦争
10月7日のハマスによる攻撃は、イスラエルでは史上最悪のテロ攻撃として認識されている。その2週間後、イスラエルは、人質の解放とハマスの軍事能力を奪うことを目的とした軍事作戦をガザ地区で開始した。
ハマス側は2007年以来、イスラエルとの戦争に備えて積極的に準備を進めてきた。ガザ地区の市民のために用意された数十億ドルにのぼる援助は、軍事インフラに投資され、戦争に対処するための広大な地下トンネルのネットワークが構築された。
ハマス指導部にとって人命は何の価値もない。死者が多ければ多いほど、イスラエルへの圧力が高まるからだ。その結果、ハマスが意図的に住宅地に軍事インフラを配置し、イスラエルの陣地に攻撃を仕掛け、人道的危機を人為的に作り出すために到着する援助を略奪してきた。
対照的に、イスラエル軍は軍事作戦を有利に進めるうえで有効であるはずの奇襲の要素を犠牲にしてでも、作戦開始前に住民に警告を発することで犠牲者を減らす取り組みを余儀なくされている。
この国家とテロ組織の間のハイブリッド戦争では、ハマスは欺瞞に大きく依存しています。ハマスはガザ地区における犠牲者に関するデータの唯一の情報源であり、検証は不可能なのが実態だ。専門家は、死者に関する統計は非論理的で明らかに誇張され、操作されていると指摘している。しかし、代替となる数字がないため、国際社会はそれに頼らざるを得ない。
自然死も含め、ガザ地区での死はすべて自動的にイスラエルのせいにされる。ハマスが子どもや女性の死者数を水増ししているのは、パレスチナとイスラエルの紛争の詳細をよく知らない人々の同情をあてにしているからだ。また、イスラエルの攻撃で負傷したり死亡したりした人々を、変装した地元の人々が演じる「パリウッド」という現象もある。時には、「死んだ」役者が自分の役割を忘れ、目を開いたり、動いたりすることもある。
ハマスだけではない
実際、イスラエルはイランが作り上げた中東にいおける武装集団のネットワークである「抵抗の枢軸」と対峙している。レバノンのヒズボラ、イエメンのアンサール・アラー(フーシ派)、シリアとイラクの親イラン派などが含まれる。これらの武装集団は定期的にイスラエルを攻撃している。こうした攻撃の背後には、現在のイスラム政権がイスラエルの破壊にコミットしているイランの存在がある。
4月、イランは数百発のロケット弾と無人機でイスラエル領土を直接攻撃した。米国といくつかの穏健なアラブ諸国の関与により、この脅威は阻止された。
イランの最も重要な代理団体はレバノンのヒズボラでである。10月8日に、このグループはパレスチナのグループとの連帯を示すために、明確な理由もなく南に隣接するイスラエルを砲撃し始めた。
ヒズボラは徐々にイスラエルへの圧力を強め、国境付近のイスラエル北部の町に大きな損害を与えている。米国とフランスは両陣営を牽制し、この紛争が予期せぬ大規模な地域戦争にエスカレートするのを防ごうとしている。この紛争は今後数週間のうちに始まる可能性がある。
火の海
10月に、北部イスラエルの住民は命の危険を感じて家を離れ始めた。61,000人が政府出資のホテルで暮らしている。彼らはヒズボラがレバノンから北部イスラエルを激しく砲撃し続けているため、家に戻ることができない。
また、ガザ地区との国境近辺のコミュニティーに住む7万人の住民も家を離れることを余儀なくされた。何千もの家族が、戦争から遠ざけるために子供たちを海外に送り出した。
ハナ・ツィポリさんは、ロシアによりウクライナに対する「特別軍事作戦」が始まった後、2022年末にロシアからイスラエルに移住した。その当時、彼女はまさか戦火が移住先のイスラエルでも広がるとは想像もしていなかった。
「10月7日の朝、私たちはぐっすり眠っていましたが、突然空襲警報が鳴り響きました。」とツィポリさんは振り返った。「サイレンは鳴り止まず、私たちはシェルターに駆け込みました。それまで何の前兆もなく何が起こっているのかわからなくて、とても怖かったです。5歳の息子の目には恐怖が浮かんでいたし、私自身もとても不安だった。私たちはその部屋で一日中、爆撃のなかでニュースを読み続けました。その後イスラエルがハマスに宣戦布告した瞬間が特に印象に残っています。それは本当に恐ろしいと感じた瞬間でした。」
ツィポリさんによれば、テロリストが住宅に侵入し、人々を殺害しているという報道に接し、自宅にいれば安心という先入観が打ち砕かれたという。「国内司令官がイスラエル国民に3日分の食料と物資を備蓄するよう勧告を出した後、もう耐えられないと悟り家族を連れてキプロスに飛びました。」とツィポリさんは語った。
キプロスではしばらくの間、大きな音に怯えて暮らした。ツィポリさんの下の息子はテロリストをゲームの主要キャラクターにした。彼女自身はハマスによる残虐な暴力の動画を無数に目にしたことでPTSDを発症した。不安と恐怖に苛まれ、血を見ただけでパニックに陥ったり、街でアラビア語を耳にするだけで恐怖に襲われた。ツィポリさんが家族を連れてイスラエルに帰国したのは1カ月後のことだった。
シャイさんはレバノンとの国境から6キロ離れたクファル・ブラディム村に住むコンピュータープログラマーである。ハマスの急襲を契機に事態がエスカレーションするなか、彼は妻と2人の幼い子どもを連れて欧州に避難した。しかし3か月後には貯金が底をつき、雇い主からの現場復帰の要請もありイスラエルへ帰国した。
ほぼ毎日、空襲警報のサイレンが聞こえるという。ドローンやロケット弾が飛び交い、イスラエルの防衛システムがそれを迎撃し、大砲が応戦する音が聞こえる。
「私たちはみな緊張しています。家族を残して仕事に出るのが怖い。ありがたいことに、自宅で仕事をする許可をもらうことがよくあります。この不安のせいで、毎晩お酒を飲むようになりました。落ち着くためにマリファナも吸いますが、リラックスできません。いつも緊張していて、家族のことが心配なんです。」とシャイさんは語った。
私たちの世代は比較的平和な時代を生きてきた。しかし、ここ数年、戦争は思いのほか身近なものであることが明らかになっている。第二次世界大戦後に形成されたグローバル・システムは、紛争を解決する手段として戦争を否定したが、徐々にそれは摩耗していった。その結果、世界ではより多くの戦争が起きている。私たちの世代は、子どもたちや孫たちを戦争から守り、私たち全員により良い未来への希望を与える新しいシステムを開発する必要がある。(原文へ)|ロシア語|中国語|
INPS Japan
This article is brought to you by INPS Japan in partnership with Soka Gakkai International, in consultative status with UN ECOSOC.
*INPS Japanでは、ガザ紛争のように複雑な背景を持つ現在進行中の戦争を分析するにあたって、当事国を含む様々な国の記者や国際機関の専門家らによる視点を紹介しています。
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