【カイロIPS=アダム・モロー&カーリド・ムッサ・アル・オムラニ】
エジプト政府は昨年12月初め、約2,200人のガザ住民にエジプト経由でサウジアラビアのハッジ巡礼に行くことを許可した。12月3日、巡礼団はガザ/エジプト国境唯一の通過点である「ラファ横断道」を通りエジプトに到着した。
ラファ横断道は、ハマスがガザを占拠した6月から閉鎖されていた。エジプトの説明によれば、イスラエル、エジプト、ヨルダン川西岸地域(ウェストバンク)を拠とするパレスチナ自治政府(PA)との間の2005年セキュリティー合意に基づきエジプト/ガザ国境の交通をモニターしていたEUオブザーバーの帰国により急遽取られた処置であったという。
他の交通路はすべてイスラエルの厳しい監視下に置かれているため、同措置により、ガザと外の世界を繋ぐ道路は完全に失われてしまった。ハマス孤立化を望むイスラエルとPAは、それ以来エジプトにラファ閉鎖の継続を呼びかけ、エジプトも概ねこれに従ってきた。
今回エジプトが、思いもかけず巡礼を認めたことにイスラエルおよびPAは強く反発。ハマスは、ガザ孤立解消へ向けての第1歩と歓迎した。
しかし、話はこれで終わらなかった。3週間後にサウジから戻ったパレスチナ巡礼団に対しエジプト当局は、ラファではなくラファの南10Kmのカレム・アブ・サリム横断道を通って帰国するよう命じたのである。カレム横断道は、ラファと異なりイスラエルの監視が厳しい道路である。
巡礼グループにはハマス・メンバーも参加していたため、彼らは逮捕を恐れこの申し出を拒否。エジプト当局は、彼らをシナイ半島のアル・アリシへ移送し、ラファ閉鎖後7か月間も留め置きをくっているパレスチナ人数百人と共に、粗末なキャンプで国境再開を待つよう命じた。
この措置にパレスチナ、エジプト国内で批判が高まり、カイロでもラファ横断道の即時解放を要求するデモが繰り広げられた。巡礼グループの窮状に対する国内外の批判が高まる中、エジプト政府は1月2日ラファの使用を認めたが、その間に疲労、病気により2人の巡礼者が死亡している。
この出来事から、一部専門家は、エジプトは依然ガザ問題解決のための交渉カードを握っていると語っている。また、エジプト労働党のフセイン氏は、今回の事件は、米国/イスラエル/アラブ諸国政府から成るグループとアラブ市民との対立を如実に示すものと語っている。エジプトの思いもよらぬ巡礼許可とその後の事態について報告する。 (原文へ)
翻訳/サマリー=IPS Japan浅霧勝浩
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