【アンカラIPS=ジャック・コバス】
トルコ国民会議は3月24日、非公開の審議で採決を行い、それまでの方針から180度転換して、リビア内戦に対する北大西洋条約機構(NATO)の軍事介入作戦に参加することを決定した。トルコ政府はそれまでリビア情勢への西側同盟国の干渉に徹底して反対する態度を通してきただけに、この突然の方針転換は、リビア問題に対するトルコの姿勢を一層分かりにくいものにする結果となった。
3月17日に国連安保理が採択した決議1973号(賛成10、棄権5:ブラジル、中国、ドイツ、インド、ロシア)は、反政府軍と戦闘状態にあるムアンマール・カダフィ政権の動きを封じ込めるため、リビア上空での飛行禁止区域の設定などについて定めていた。
トルコ政府の計画では、同国のフリゲート艦4隻、支援船1隻、潜水艦1隻を参加させる予定である。海軍の参加をすでに表明している5ヶ国は各1隻ずつの参加規模にとどまっていることから、トルコ軍はかなりの割合を占めることになる。これらの艦艇は、イタリア軍の指揮下で、リビア政府軍向けの武器等の海上輸送を阻止する任務に従事する予定である。さらにトルコ政府は25日、イズミルの空軍施設をNATO軍が飛行禁止区域を履行する拠点として提供する方針を発表した。
24日、トルコ国民会議議事堂や米国大使館の前では、野党勢力やNGOを中心に数百人が抗議集会を開き、トルコのリビア内戦への関与や、欧州連合軍最高司令官ジェームス・スタブリデス氏のトルコ軍高官との会談に反対するスローガンが叫ばれた。
トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン政権は、リビアでの内戦勃発以来、一貫して西側諸国による内戦介入を抑える側に回ってきた。これは、2008年12月にイスラエルが軍事作戦「鋳造された鉛(キャストレッド)」でパレスチナのガザ地区に侵攻して以来、トルコ・イスラエル関係が悪化してトルコが中東に回帰し、同地域での(西側諸国との)仲介役を自認するようになった流れの延長線上にある(この結果、トルコはイスラエルとの軍事交流を停止、冷戦状態に突入したことから、中東諸国ではエルドアン氏に対する支持が高まった)。
こうした中東でのトルコの振舞い方は、専門家の間で「ネオ・オスマン帝国的」だと評されることもあるが、昨年12月以来、国内で民主化要求デモに直面しているエジプト・リビア・バーレーン・サウジアラビアなどの指導部に対して、トルコ政府は、自制を促し、民主化へと向かうよう活発に調停外交を展開してきた。
トルコのこうした外交活動の背景には、3か月後に迫った次回の国政選挙を見据えて、政権の高支持率を支えてきたアラブ諸国との好調な経済関係を最重要視したいというエルドアン政権の思惑がある。
エルドアン首相が党首をつとめる与党公正発展党(AKP)は、2002年に政権を獲得して以来、主に中東諸国への好調な輸出(5年間で600%増の300億ドルで総輸出の3分の1を占める)に支えられた好景気を背景に、2007年の総選挙で空前の勝利(47%の票を獲得)を収めた。トルコのリビアへの直接投資は150億ドル強にのぼる。
従って、国連安保理決議1973号の適用をトルコ政府が心配するのも容易に理解できることである。トルコはNATO加盟国の中で唯一のイスラム国家として、中東地域(トルコがオスマン帝国時代に1918年まで500年に亘って支配した地域)において帝国主義的な役割を果たしていると見做されたくないのである。
しかし一方で、トルコは、中東で起こっている出来事について傍観者でいられる立場ではない。それはNATOの活動に積極的に関与することで、トルコははじめて、西側同盟国の情報や政治的意図を把握でき、その意思決定過程に参加できるからである。
エルドアン首相は21日、イスタンブールで声明をだし、(リビア情勢への干渉のために)急いで組織された英仏同盟の動機に疑問を呈するとともに、「リビアの天然資源奪取を企図したいかなる軍事作戦も許されるものではない。」と語った。また、フランスのアラン・ジュペ外相が(今回の攻撃を)「現代の十字軍」と間接的に言及したことについて、「私は、中東といえば、原油、金鉱、様々な地下資源しか見ない者たちに、これからは『良心の眼鏡』を通して中東を見てもらいたいと願っている。」と痛烈に批判した。
フランスはトルコの欧州連合加盟に一貫して反対しており、このことが時折、両国間の対立の火種となってきた。今回、フランスのニコラ・サルコジ大統領は、決議履行のために3月19日に開いた国際会議にトルコを招かなかった。そして、安保理決議1973号からわずか2日後に仏英を中心とした多国籍軍がリビア内戦への介入を開始した。こうした動きが、トルコの急激な方針転換を促したものとみられる。
エルドアン首相のこうした発言は、トルコが現在置かれている微妙な外交的な立ち位置を反映したものである。それはこうした中東の利益を代弁して西側に対峙する発言は、トルコが自認する中東の民主的なイスラム国家のイメージをアピールするとともに、国内の保守層やアラブ世界の反西側感情に訴えることができ、選挙対策にも有効だからである。
しかし、トルコは同時に、「中東における西側との仲介者」という新たな外交的立場を強化していくためには、西側列強諸国の一員にとどまっていなければならないとというジレンマを抱えている。今回の対リビア軍事介入における英仏同盟の背景には、中東地域に影響力を伸ばすトルコに対して危機感を抱く両国が、新たなアラブ世界に勢力を確保しようと乗り出してきた構図が浮かび上がってくる。
多国籍軍を構成している英国、フランス、イタリアはいずれも、1918年以降にオスマン帝国に代わって中東を植民地支配した旧宗主国であり、明らかに今回の軍事干渉を通じて、中東舞台への勢力「復活」の可能性を見出している。問題は、彼らが銃を抱えてやってくるのか、それとも平和の使者としてやってくるのか、という点にある。(原文へ)
翻訳=IPS Japan浅霧勝浩