【ワシントンDC/オックスフォードIDN=ローパ・ダット、ベッキー・コックス】
新型コロナウィルス感染症の世界的流行(パンデミック)では、9割を女性が占める最前線の医療従事者の活躍に称賛の声が広がったが、その陰では、こうした女性医療従事者を標的にした悪質な行為が横行している。私たちの2つの組織は、彼女たちの安全と保護に関する問題が増えているという報告を受けたが、その中には「性的搾取、虐待、嫌がらせ(SEAH)」に関連するものもあった。この問題の規模を確認するためにデータを探したところ、正式に収集されたものはほとんどなかった。
そこで私たちは、それぞれのオンラインプラットフォーム「#HealthToo」と「Surviving in Scrubs(手術着で生き延びる)」を開設し、女性達自身の言葉で話を聞くことにした。被害を受けた女性医療従事者が匿名で体験談を投稿できるサイトを開設することで、医療現場で横行している虐待の実態と、それを隠蔽する力学をよりよく理解することを目指した。
グローバルヘルスにおける女性(Women in Global Health)の報告書「#HealthToo: 女性医療従事者にとっての安全な職場環境」は、虐待の種類と原因を示し、実現すべき制度改革への提言を行うものだ。
多数の投稿から、女性医療従事者達が、性差別的な発言や習慣、不本意な誘い、身体的暴行に至るまで、職場に関連した「性的搾取、虐待、嫌がらせ(SEAH)」を経験していることが明らかになった。その証言は暗いものばかりだ。
ナイジェリアの女性歯科医は、「ある日、男性の医師がドアを閉めてキスを求めてきたので、拒否しました。すると顔をひっぱたかれました。」と証言した。
セネガルでは、ある女医が診察の後、祖父ほどの年齢の男性に診察室に閉じ込められた際の経験を証言した。「彼は医療界で尊敬されている人でした。彼は、私の服装(制服)が悪いのだと言って、無理やり壁に押し付けてキスをしようとしたのです。」
また、メキシコ人の研修医が、上司から高評価と引き換えに性行為を求められるなどの嫌がらせに遭った例もある。「この上司は楽な道を示してやる。だが、もし申し出を断れば、失格にする。」と脅迫されたという。
ある米国のコミュニティヘルスワーカーは、嫌がらせをした人について、「彼は職場の人に大声で『なぜこの女を雇ったのか理解できない。他のマネージャーが職場の『かわいい顔』として雇ったに違いないと主張した。」と証言した。
「#HealthTooプロジェクト」の報告書で強調された2つの大きな問題は、①被害の規模を示す公式な統計が存在しないこと、②虐待の被害者の多くが、恐怖や汚名、報復を恐れて報告しないこと、であった。証言では、女性が報告する際に支援を得られないと感じたいくつかの事例が強調されている。
ガーナの医師は、「報告しなかったのは、私がことを荒立てていると見られると思ったからです。また、誰も私の言っていることを信じてくれないだろうし、同僚や上司を敵に回したくないという気持ちもありました。」と証言した。
「証拠はないし諦めました。」と証言したルワンダの女性医療技師も、同様の心情から裁判所に訴え出なかった。
スペインの看護婦も、「その男性が私にしたことを証明することは不可能だし、訴え出ても誰も私を信じてくれないと思いました。」と証言した。一方、エチオピアの看護婦の場合、「口外すれば退職させる」と脅されたと証言している。
女性たちが職場で経験した「性的搾取、虐待、嫌がらせ(SEAH)」に関する生々しい証言は、身体的傷や長期に亘る精神的なトラウマなど、女性に及ぼす深刻で有害な悪影響を示している。
職場における「性的搾取、虐待、嫌がらせ(SEAH)は人権侵害であり、被害女性に正義が求められる。共有された個人的な体験談は、女性の安全を守れなかった世界の保健システムの不十分さを露呈している。このセクターの大多数を占める女性医療従事者は、虐待にさらされる環境で働いているだけでなく、多くの場合、環境そのものが虐待の横行を助長しているのだ。
この報告書は、国や状況に関係なく、男性に有利な力の不均衡が加害者にとって有利な環境を作り出し、虐待の主な根本原因の一つになっていることを明らかにしている。保健医療従事者の70%、現場スタッフの90%が女性であるにもかかわらず、保健医療分野の指導的地位の4分の3が男性によって占められている現状が大きな壁となっている。
特に低・中所得国では、性差別やセクハラを禁止する法律など、職場における男女平等を支援する法的枠組みがないことも問題を深刻にしている。
また、適切なインフラの欠如(共有の当直室、更衣室、暗い廊下)や、女性に対する虐待を矮小化し常態化する文化など、女性の安全に対する優先順位が低いことも要因として挙げられる。
地域や国の法律が必要な一方で、個々の職場は、この問題を認識し、内部告発の仕組みから義務的な研修や被害者の救済措置まで、安全策を提供する政策や慣行を導入しなければならない。
国際労働機関(ILO)の調査によると、職場での暴力は実質的にすべての経済部門とすべてのカテゴリーの労働者に影響を与えるが、職場における暴力事件の4分の1は保健部門で起きていることが明らかになった。
私たちのデータや、エチオピア、英国、エジプト、パキスタン、米国における様々な国内調査の報告書からも、「性的搾取、虐待、嫌がらせ(SEAH)」が世界の医療現場で横行している問題であることが明らかになっている。
世界レベルでは、2019年に採択されたILO条約190号について、ジェンダーに基づく暴力やハラスメントを含む暴力やハラスメントのない労働環境に対するすべての人の権利を認める画期的な条約として、一定の進展が見られた。この種のものとしては初の国際条約で、2021年6月25日に発効した。しかしながら、この画期的な条約を批准した国はその後僅か22カ国にとどまっている。
今こそ、ILO条約をさらに前進させ、加盟国が保健医療従事者をキャリアのあらゆる段階で「性的搾取、虐待、嫌がらせ(SEAH)」から保護するための世界基準を追加し、署名する時である。女性の保健医療従事者は、研修生や移住労働者が特に弱い立場にあり、日々人権侵害に苦しんでいる。
このような違反は、女性にとって大きな個人的犠牲を伴うものであり、保健医療サービスに大きな影響を与えるにもかかわらず、常態化しているのが現状である。特に女性が大量に離職する現象が続く中、2030年までに1000万人の保健医療従事者が不足すると予測されていることから、警鐘が鳴らされている。今こそ、世界の保健医療界が緊急に対応し、すべての保健医療従事者に安全で尊厳のある労働環境を提供すべき時だ。
世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム・ゲブレイエスス事務局長は、「医療従事者の安全を確保しない限り、いかなる国、病院、診療所も患者の安全を確保することはできない。」と述べている。(原文へ)
INPS Japan
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