【ポートオブスペイン(トリニダード)IDN=リンダ・ハッチンソン=ジャファール】
太陽の降り注ぐ浜辺や静かな水辺、活気のある文化で知られる人気の観光地・カリブ海地域が、気候変動の破壊的な影響によって厳しい現実に直面している。
カリブ地域の島嶼諸国にとって観光業は経済上の命綱であるが、地球温暖化によって地域の繊細な生態系が崩れ、インフラや地域の生活に影響を与える中で、存続の危機に立たされている。
海面上昇、嵐の激化、サンゴ礁の劣化など、カリブ海観光の未来は危機に瀕しており、この愛された観光地を守るために、緊急の行動と対策が必要だ。
「カリブ海ホテル観光協会」のニコラ・マデン=クレイグ協会長は、IDNの取材に対して、「観光業はカリブ地域の主要な経済牽引役であり、この地域は世界からの観光客に依存しています。気候変動による観光業の衰退は経済全体を荒廃させ、農業、製造業、運輸業、クリエイティブ産業などの他の部門に直接の影響を与えます。」と語った。
2019年、世界で最も観光依存度の高い10カ国のうち、8カ国がカリブ海地域にあった。世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)によると、2010年から19年にかけて、地域経済全体の年成長率1.3%に対して観光業の成長率は3%と上回っていたが、世界全体の観光業の伸びである4.2%は下回っていた。
WTTCの現在の成長軌道では、今後10年間で、カリブ海地域の旅行・観光(T&T)GDPは平均で年5.5%伸び、経済全体の成長率2.4%の倍以上になると予測されている。業界の雇用は平均年3.3%増え、2032年までに91万6000人の雇用が創出されると予想されている。
国際労働機関(ILO)の推計によると、観光業は平均して国内総生産(GDP)の33%、輸出額の52%、間接・直接雇用の43%以上に直接寄与している。アンティグア・バーブーダのような観光依存度の高い国では、雇用の最大で9割に達することもある。2021年、観光業はカリブ地域に390億ドル以上をもたらし、「Statista」によるとドミニカ共和国とキューバが最も寄与度が高いという。
マデン=クレイグ協会長は、海水面が上昇し、「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の2018年報告で警告的な予想がなされているとおり厳しい脅威が生じている、との見方を示した。IPCC報告は、地球温暖化が1.5度進行すれば、世界のサンゴ礁の7割から9割が消滅することになると予想している。「天然資源や食料供給に大きく依存するカリブ地域の観光業にとっては破滅的事態です。温暖効果ガスを削減する大胆な策がとられなければ、2030年代初頭までに世界のサンゴ礁の99%を熱波が襲って回復不可能になる。」とマデン=グレイグ協会長は警告した。
カリブ観光機関(CTO)のニール・ウォルターズ事務局長代理は、「気候変動が観光産業の質と安定性を脅かすため、観光産業の対応を管理し、気候変動の環境上の影響を緩和していく取り組みが求められています。しかし、観光産業だけで気候変動という難題に対処することはできず、より広範な国際的な持続可能な開発アジェンダの文脈の中で取り組む必要があることは明らかです。」と語った。
カリブのオランダ語圏、英語圏、フランス語圏、スペイン語圏の国や地域の諸政府や非政府の観光関係団体が加盟しているCTOは、CHTAや「持続可能な観光をめざすカリブ同盟」(CAST)と並んで、「観光業における気候関連アクションを求めるグラスゴー宣言」に署名している。2021年11月の国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で出されたこの宣言は、観光業における気候関連アクションを促進するためにすべての観光業関係者によってなされた公約である。
ウォルターズ事務局長代理は、「グラスゴー宣言は、観光産業に関連するステークホルダー間の連携と協力を強調しており、観光業の気候変動対策を管理し、影響の緩和と適応策の促進・教育・意識喚起にむけたパートナーシップを構築するCTO戦略との連携を目指したものです。」と語った。
クレイグ協会長は、「カリブ地域はパリ協定とグラスゴー気候合意の策定・批准に重要な役割を果たしてきました。」と指摘した上で、「CHTAとCASTは支持を強化し、地域の20カ国以上が世界的に活動を促進するのを支援してきました。カリブ地域は気候変動に対して最も脆弱な地域の一つであり、世界の模範となって積極的に対策を訴えていかねばなりません。」と語った。
CTOは地域レベルで、気候変動(Climate Variability and Climate Change, CVC)に関する知識や意識を高めたり、その対応策をつくる能力を構築したり、政策決定の参考にしたり、気候変動の影響緩和の実践例を広めたりする様々なプロジェクトや取り組みを行ってきている。
セントルシアにある「フォンドゥー・エコリゾート」のオーナー兼CEOは、「観光業は、省エネルギーや水の節約、廃棄物の削減などの持続可能な取り組みを行うことによって気候変動に対処する上で重要な役割を果たすことができます。」と語った。そうした行動をとることで、経費節減や資源利用の効率化、市場競争力の強化につながるなどのメリットがある。
また、「再生可能エネルギーやエネルギー効率への投資、持続可能な観光の推進、気候変動に対する国民の意識の向上などへの政治的意志は強いといえるでしょう。しかし、この問題に包括的に取り組むには、より多くの資源が必要です。最も効果的な戦略は、環境の持続可能性と経済性のバランスをとり、ビジネスの競争力と収益性を確保することです。」と語った。
気候変動はすでにカリブ海地域の観光に大きな影響を及ぼしており、観光客が体験するために訪れるインフラやアトラクション、そして観光産業を支える天然資源の双方に影響を与えている。気候変動は、海水温の上昇に伴い、ハリケーンなどの気象現象がより頻繁に発生し、深刻な事態を引き起こす原因であるとされている。
「ネイチャーアイランド」の観光地として宣伝している東カリブ海の小さな島、ドミニカ国は、近年、強力なハリケーンの被害を受けてきた。2017年9月に襲来したハリケーン「マリア」は島の建造物の9割以上を破壊し、経済に深刻な影響を与えた。世界銀行がGDPの224%と推定したドミニカ国の損失には、熱帯雨林や観光業への被害も含まれており、損害全体の19%を占めていた。
ドミニカ国はこれに対処するために、部門横断的な取り組みを行う「ドミニカ気候強靭化庁」(CREAD)を設置して世界初の「ハリケーン耐久国家」作りを進めている。その一つが、零細・中小企業の活性化で、業績評価・改善のための分析ツールの提供、資金調達の促進、能力開発のための支援などを行っている。
2018年、カリブ海地域を干ばつが襲った。ジャマイカ、バルバドス、トリニダード・トバゴといった国々で農業や水供給が影響を受けたが、気候変動による気象パターンの変化が原因だと見られている。2019年、バハマをカテゴリー5のハリケーン「ドリアン」が襲い、広範な被害と人命の損失をもたらした。大西洋で記録されている最も大型のハリケーンの一つだとされている。
カリブ諸国とホテル業界は、気候変動がエネルギーの大量消費地である観光産業に与える影響に対処するための措置を講じている。この地域の主要な観光グループ企業であるサンダルズ・リゾート・インターナショナルは、リゾートでのソーラーパネルや太陽熱温水システムの使用など、持続可能な実践を通じて化石燃料への依存を減らす取り組みを行っている。
同グループ系の慈善団体であるサンダルズ財団は、保全の取り組みで10万人を訓練し、サンゴを3万本植える目標を2009年に立てた。2022年までに11万4000匹のウミガメの安全な孵化を監督し、28.6トンのごみを集め、海洋資源保全のために5万5000人を訓練した。財団のあらたな目標は、さらにウミガメ2万匹を安全に孵化させることと、最大で2000カ所のサンゴ礁復活のためにサンゴを植えることである。
カリブ海地域ではまた、気候変動に対して脆弱な単一の型の観光アトラクションへの依存をやめる方策も取りつつある。
「地域密着型観光の推進、自然・文化資源保護の取り組み、使い捨てプラスチックの禁止、省エネ・水の節約の推進、陸生・水生生物の保護など、地域の観光を多様化することで、観光産業による炭素排出の抑制に寄与し、これが単に気候にやさしいだけではなく、場合によっては利益を生むことも証明してきました。」とウォルターズ事務局長代理は語った。(原文へ)
INPS Japan
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