SDGsGoal10(人や国の不平等をなくそう)不可能を可能に:ハンセン病制圧への生涯をかけた闘い

不可能を可能に:ハンセン病制圧への生涯をかけた闘い

【ナイロビIPS=ジョイス・チンビ】

1974年、笹川陽平氏は、父親が資金援助していたハンセン病療養所に同行した際、病棟でじっと無表情でいる患者達を目の当たりにした。室内はハンセン病の臭いが充満していた―傷口から出る膿の匂いだった。

父は患者の横に座り、彼らの手と顔に触れ、「希望を持つように。」と励ましていた。当時すでにハンセン病は治療可能な病気であり、彼らが生きる希望はあったのだ。笹川氏はその時、ふと療養所の外で生活しているハンセン病患者たちを待ち受ける人生—差別と疎外にまみれた困難な人生—に思いをめぐらした。彼は静かに頭を垂れ、ハンセン病撲滅に生涯をささげることを決意した。

Yohei Sasakawa chronicles his campaign to rid the world of leprosy in his biography Making the Impossible Possible. Credit: Hurst Publishers
Yohei Sasakawa chronicles his campaign to rid the world of leprosy in his biography Making the Impossible Possible. Credit: Hurst Publishers

笹川氏の新著『不可能を可能にする(Making the Impossible Possible)』は、古来から多くの神話と誤解にまみれたこの病気との直接的な闘いを記録したものだ。2001年から務めるWHOハンセン病制圧大使として、ハンセン病が拡がっている70近い国を200回以上にわたって訪問している。

「訪問地のほとんどは、人々がきわめて厳しい状況下で生きる辺鄙な土地ばかりです。問題が起きているところはまさにその解決策が見つかる場所でもあるというのが私の信念です。」と笹川氏は語った。

「私はまた、知行合一(知ることと行うことは分離不可能)という新儒学の教えを信奉しています。私は行動する人間でありたいと思っています。私の息が続く限り現場で関わり続けるという熱情をもって国際人道支援活動に関与してきました。その意味で、私の仕事は私の個人的な満足のためにあると認めるのにやぶさかではありません。」

笹川氏がハンセン病制圧に取り組んだ足跡を振り返る中、笹川ハンセン病イニシアチブとノルウェーのベルゲン大学は、6月21・22日両日、「らい菌発見150周年記念ハンセン病ベルゲン国際会議」を共催した。

この会議は、ノルウェーの医師ゲルハール・アルマウェル・ハンセン博士によってハンセン病の原因菌である「らい菌」が1873年2月28日に発見されたことにちなんで開催される。この歴史的な記念日を記念して、150年経った今も、ハンセン病は決して過去の病気ではないことを強調しようとするものである。

ハンセン病は今なお顧みられない熱帯病として世界120カ国以上に存在し、毎年少なくとも20万人の新規患者が報告されている。しかし、この半世紀にわたる進歩によって、世界はハンセン病撲滅の目標へと近づいている。

ベルゲン会議は、らい菌が初めて観察された地で、多くの人々の知識と経験、英知から学び、この旅の中で最も困難な「ハンセン病撲滅」という最後の行程(ラストワンマイル)を完走する機運を高める機会である。

Geographical distribution of new cases of Hansen’s disease reported to WHO in 2016. Courtesy of WHO
Geographical distribution of new cases of Hansen’s disease reported to WHO in 2016. Courtesy of WHO

笹川氏の新著は、これまでに特定された課題や成果、ベストプラクティス、得られた経験や知己など、この旧来からの病気を撲滅する数十年に及ぶマラソンの最後の1マイルを走りきるために必要な洞察の宝庫が記されている。

この著は、「ハンセン病とそれが生んだ差別のない世界」を目指す笹川氏の最も詳細な記録である。

SDGs Goal NO.10
SDGs Goal NO.10

本書は、ハンセン病患者・回復者の声を直接聞くために世界各地の遠隔地を訪れ、政策立案者、政府の指導者、元首らと会談し、病患の人権を守るための措置などハンセン病に対する闘いへの新たな取り組みを提唱した記録である。 

「私が記憶する限り、これまで出席してきたあらゆる会合や会議、記者会見では3つのメッセージを繰り返し述べてきました。その第一は、ハンセン病は治療可能だということです。第二は、世界中で無料で治療が受けられるということ。第三は、ハンセン病に罹患した人びとへの差別は絶対にあってはならないということです。」と笹川氏は強調した。

「これらのメッセージを理解することは容易です。しかし、『差別は絶対にあってはならない』という3つ目のメッセージだけは、実践するのが容易ではありません。人間の生涯にわたって沁みついてしまった差別感情を払しょくするのは難しいからだ。」

「同様に、これらのメッセージは今回の2日間にわたる会議でも繰り返されるだろう。今日、ハンセン病は多剤併用療法(MDT)を通じて治療可能ですが、治療が遅れると障害が進行し、生涯にわたって困難を抱えることとなります。」

治療の遅れやその結果として生じる障害は、ハンセン病をめぐる偏見につながり、患者や家族が依然として差別に直面し続けている。差別のため病院で診察を受けることを躊躇する人々も多く、新規患者発見の障害にもなっている

世界保健機関(WHO)を中心に、多くの国や国際機関が2030年までにハンセン病ゼロ(疾病ゼロ、障害ゼロ、差別ゼロ)を目指している。

この目標の達成には関係者の緊密な協力が必要だ。この目的のため、今回の2日間の会議は世界各地から関係者を集め、医療・社会・歴史の3つの側面から議論を行った。

WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイエスス事務局長、フォルカー・テュルク国連人権高等弁務官、ノルウェーのイングヴィル・ヒャールコール保健・ケアサービス担当相がメッセージを寄せた。

The Bergen International Conference on Hansen’s Disease: 150 Years Since the Discovery of the Leprosy Bacillus. Photo: Sasakawa Health Foundation.
The Bergen International Conference on Hansen’s Disease: 150 Years Since the Discovery of the Leprosy Bacillus. Photo: Sasakawa Health Foundation.

また、ポール・ファイン・ロンドン大学衛生熱帯医学大学院教授や、「ハンセン病回復者とその家族に対する差別撤廃に関する国連特別報告者」のアリス・クルス博士も基調講演を行った。

会議は、笹川ハンセン病イニシアチブが2021年に立ち上げたキャンペーン「ハンセン病/らい病を忘れるな」の一環である。2022年にインドのハイデラバードで開催した「ハンセン病に関する市民組織グローバルフォーラム」や、2023年の「ハンセン病に関するバチカン国際シンポジウム」、「ハンセン病患者に対するスティグマと差別を終わらせる2023年グローバル・アピール」に引き続いて開催されたもので、らい菌発見150年を記念している。(原文

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report

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