【国連IPS=イザベル・デグラーベ】
ティオカシン・ゴストーズさん(Tiokasin Ghosthorse)の記憶の中に残っているのは、ラコタ(スー)族の居留地を1973年から76年にかけて襲った米連邦政府による「恐怖の支配」の時期である。
これは、ラコタ族による72日間に及んだウーンデッド・ニー(Wounded Knee)占拠に続いて起こったもので、米連邦政府の連邦捜査局(FBI)、米連邦保安局、先住民問題局の警察などが、米国の先住民族集団と対峙した。その結果、FBIによる厳しい監視が続くことになった。
サウスダコタ州シャイアンリバー居留区で育ったゴストーズさんは、当時を振り返って、「当時はみんな、政府と白人たちを恐れていました。長い髪をして、先住民族の言葉をしゃべっていると、嫌がらせを受けました。また政府やインディアン問題局に抵抗すると迫害されたのです。」と語った。
「それでも先住民の人々は政府の不当なやり方に対して立ち上がりました。しかし先住民の人々が抵抗すればするほど、政府による嫌がらせも酷くなり、ついには住民らを過激派やテロリストに変貌させていったのです。」
「当時私たちは部族の歌を歌うことも、自分たちの言葉を話すことも、祈ることさえも許されなかったのです。」と、ゴストーズさんは語った。
ゴストーズさんは現在、世界放送協会(WBAI、米ニューヨーク州のコミュニティーラジオ)の「ファーストボイス・先住民族ラジオプログラム」の司会を務めている。チェダーフルート(杉の木で製作したフルート)の名人でもあるゴストーズさんは、ラジオの持つ伝達力と音楽という共通の言語を駆使した活動を展開している。
1978年、「アメリカ・インディアン信教自由法」が施行され、ようやく米国の先住民コミュニティーにも、先祖伝来の信教に則った精神活動を行う法的な権利が保障された。
しかし今日に至るまで、米国の先住民による精神活動を巡っては、連邦政府と先住民コミュニティーの主張が対立したまま、泥沼の様相を呈している。
先住民族らが神聖なる土地に対する権利と先祖伝来の精神的な生活様式を守る権利を訴えているのに対して、米連邦政府は、おもに石油や天然資源に対する権利を確保したい思惑から、その主張を認めていない。
今年、先住民族の権利に関する国連特別報告官のジェームズ・アナヤ氏が米国において12日間に及ぶ調査を行ったが、米連邦政府は、1930年代にさかのぼる法律を根拠として、土地の所有権を主張していた。
「十字架ならどこにでも持ち運んで建てられますが、先祖伝来の作法に則って鷲の羽根を埋めようということになると、当局を相手に相当な手続きを覚悟しなければなりません。当局は、私たちの先祖伝来の慣習に対しては、上から見下した態度で臨み、私たちの主張に耳を貸そうとしません。米国の先住民の文化が絶えようとしているようにみえるのはこのためなのです。」と、ゴストーズさんは語った。
ゴストーズさんは14歳のとき、様々な疑問を胸に、答えを求めてシャイアンリバー居留地を後にした。
「どうして白人の生活様式が基準にならなければならないのか?どうしてそれが文明化したということになったり、新しい或いはより向上した生活様式ということになってしまうのか?…」結局、ゴストーズさんは、こうした疑問に対する回答が、先住民に対する捻じ曲げられたイメージに基づいて作り出されているものだということに気づいた。
ファーストボイス・先住民族ラジオプログラム
ゴストーズさんは、こうした世の中一般の先住民族に対する捻じ曲げられたイメージについて、先住民の文化と考え方を復興させ、現代と伝統的な要素が交じり合う先住民の生活様式を正確に反映させたいと考えている。
「私が担当している先住民族ラジオは、こうした私たちの思いを広く世界に向けて伝えていく重要な手段の一つだと考えています。」と、ゴストーズさんはIPSの取材に対して語った。
ゴストーズさんは、政府が吹聴してきた先住民族に蔓延する肥満やアルコール中毒といったトピックばかりを取り上げ、問題の根本原因に迫らない米国の主流メディアに批判的である。ゴストーズさんは、一つの文化に異なる文化を押しつけ続けることから生じる弊害を認めようとしないのは、狭い視野に他ならないと感じている。
ゴストーズさんは、米国市民の全国平均を遥かに上回る貧困・失業率など、先住民の置かれている現状を示す衝撃的な統計を指摘する一方で、ラコタ居留地の先住民の人生には貧困にまつわる話だけではないことも、強調している。
「先住民をとりまく現状は実に悲しいものがありますが、一方で先祖伝来の文化をよく調べ、存続させる努力を展開している人たちもいます。このように居留地では各地に伝統文化を保存したり、復興を目指す動きが見られます。しかしこうした側面は、殆ど話題に上りません。」とゴストーズさんは語った。
ゴストーズさんは、先住民族が直面している厳しい現実を隠そうとはしない。ラコタ居留地では、若者の自殺が高い比率を示しており、さらに近年は心中事件も多発し、多くの遺族を悲しみの淵に追いやっている。しかし一方で、「若者らの中には、積極的に伝統儀式に参加し、祖先伝来の作法を受け継ごうと努力しているものや、先人がかつてしていたように、居留地の各地から野生の食料(苺や各種野菜等)を調達して家の前に菜園を作るものも見受けられます。彼らは、そうした野生の食料が生えている場所や菜園にそうした植物を植える際に歌う伝統的な歌も知っているのです。」とゴストーズさんは語った。
「こうした若者らには2つの知性―つまり米国社会における知性と伝統的なラコタ社会における知性-が共存しています。彼らは生き残っていくために、私の世代と母の世代双方の遺産を継承しているのです。」とゴストーズさんは語った。
音楽という共通言語
ゴストーズさんは、音楽が持つ共通言語こそが、異文化間の相互理解を促進していくとともに先住民文化が存続していくうえで、重要な役割を果たすと確信している。
またゴストーズさんは、チェダーフルートの名手として、アメリカ先住民の伝統楽器の復興に重要な役割を果たしてきた。
ゴストーズさんは、ラコタ族の文化を伝える手段として、欧州の現代楽器と先住民族の楽器の融合を図るなど、積極的に音楽を活用している
「音楽はラコタ族の言語のように、私たちの『心の言語』を引き立ててくれます。これは理屈や頭で考えるものではなく、感覚的なものなのです。」と、ゴストーズさんは語った。
「ラコタ語には、支配や排除に相当する言葉が存在しません。そして音楽はそれぞれの文化における語彙を反映させることができるのです。私たちは、先住民族と欧州の楽器を組み合わせることで、2つの音の融合を図っているのです。」とゴストーズさんは語った。
その結果、二つの楽器は融合し、どちらかが他方を支配するような関係に立たず、むしろ互いに影響を与え合い、引き立てあっている。
ゴストーズさんは、彼の音楽の中に流れる先住民音楽の響きを通じて、「聴衆に自らのルーツを感じてもらえるような演奏を目指したい」としている。
「演奏を聞いてくれた人々の多くが、音楽の中に何か太古の雰囲気を感じる、といってくれます。つまり、私たちは皆、母なる大地に根差しているのです。たんに、自分たちがいかに先住性を持っているかを忘れてしまっているだけなのです。」とゴストーズさんはIPSの取材に対して語った。
ゴストーズさんは、「音楽は、私たちに、母なる大地に寄生する存在ではなく、母なる大地と共に生きていく人間としての同義的責任があることを気づかせてくれいます。」と語った。(原文へ)
翻訳=IPS Japan
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