【ストックホルムIPS=マリア・スコルド】
紛争における水の役割は変化しており、環境や民間インフラに対する攻撃が増加している。ストックホルム国際水研究所(SIWI)のマルティナ・クリメス博士はこのほど、安全保障の状況の変化と、水がいかに戦争の武器にも犠牲にもなりうるか、そして時には平和の道具にもなりうるかを説明する講演会を開催した。
6月6日にウクライナで発生したカホフカダム破壊事件は、水インフラの崩壊がいかに戦争時に甚大な被害をもたらすか、時には何世代にもわたって影響を及ぼすことを痛感させるものだ。ウクライナは、ロシアがダムを破壊し、戦争の武器として使用したと非難している。
「カホフカダムの破壊は、戦時における民間人の保護を定めた1977年のジュネーブ条約第一追加議定書に完全に抵触します。」と、SIWIで水と平和のアドバイザーを務めるマルティナ・クリメス博士は語った。
6月14日、クリメス博士はスウェーデン国会で開催された朝食会に、SIWIが創設メンバーである「環境・気候・安全保障に関するストックホルム・ハブ」の代表者らとともに参加した。
クリメス博士のプレゼンテーションは、戦時における水のさまざまな役割について概説したものであった:
直接的影響:水や水インフラへの攻撃が戦争の武器として使用される場合。
間接的な影響:軍事作戦が環境に害を与える場合、たとえば水源に毒を入れたり土壌を汚染したりする場合。
国境を越えた影響:他国にも影響が及ぶ場合。
ウクライナ戦争では、この3つの側面すべてが、他の戦争ではめったに見られないほど、地元や国際機関によって注意深く監視されている。カホフカダム破壊事件の前にすでに、ウクライナ当局は戦争による環境被害のコストを約500億ユーロと見積もっていた。
河川、地下水、土壌は汚染され、かつて欧州で最も生物多様性が豊かと言われたこの国では、多くの国立公園が影響を受けている。2022年には、1600万人のウクライナ人が水、衛生設備、衛生に関する支援を必要としていた。
ウクライナ政府は、戦争が環境にもたらした影響を綿密に追跡することで、単に復興を促進することだけを望んでいるわけではない。もうひとつの目的は、将来ロシアに対する戦争法廷に使える証拠を集めることだ。
ボロディミール・ゼレンスキー大統領は、現在国際刑事裁判所(ICC)が対象としている4種類の犯罪(戦争犯罪・侵略犯罪・大量虐殺・人道に対する罪)に加え、エコサイド(大量の環境破壊行為)も罪に問うことができると述べている。近年、エコサイドをICCのローマ規程に明記された第5の犯罪とする案が有力視され始めている。
エコサイドとは、「エコ」と「ジェノサイド(大虐殺)」を組み合わせた言葉で、これから先に気候変動が深刻化して多くの命を奪うとされていることから、生態系や環境を破壊する行為は「平和に対する罪」として定めようという欧州で広がる動き。
欧州連合(EU)の議会は最近、エコサイドをEU法の一部とすることを決議した。
国連では、委員会が既存の国際法におけるギャップを評価し、武力紛争に関連した環境保護に関する、より広範囲に及ぶ原則案を提示した。
しかし、内戦に苦しむイエメン、リビア、シリアを研究してきた研究者たちによれば、過去10年間で、民間人や環境インフラに対する攻撃はより一般的になったという。
「こうした攻撃は地域住民に計り知れない苦しみをもたらし、その影響はしばしば国境を越えて及びます。また、環境悪化が社会的不安定や暴力の引き金となるリスク増大要因であることもわかっています。」とクリメス博士は語った。
一方、「環境・気候・安全保障に関するストックホルム・ハブ」のもう一つのパートナーであるストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は昨年、このテーマに関する画期的な報告書「平和の環境(Environment of Peace)」を発表した。
同時に、国や地域は、生態系や人間のレジリエンス(回復力)を強化することで、緊張を緩和することができる。例えば、共有する水域を巡って協力することで、協力と平和を促進することもできる。
このような複雑な相互関係に対する認識を高めるため、SIWIはさまざまな能力を持つ関係者を結集させるべく積極的に活動している。その一例が、国境を越えた水協力を強化するための「共有水域パートナーシップ・プログラム」である。
またSIWIは毎年、世界水週間に水関連の安全保障問題に関するハイレベルパネルを開催している。今年は8月23日午前11時(中央ヨーロッパ標準時)より、「平和と紛争予防を支援する革新的アプローチ」というテーマで開催される。(原文へ)
*ストックホルム国際水研究所(SIWI)は、水に関する賢明な政策と持続可能な発展に向けた知見を積み重ね、政策決定者にそれを提供する政策研究所である。SIWIはストックホルムで世界水週間(World Water Week)を開催し、ストックホルム水大賞、ストックホルム青少年水大賞、ストックホルム産業水大賞を主催する。
マリア・スコルドはコミュニケーション担当シニアマネージャー。マルティナ・クリメス博士は、水と平和および越境水協力担当アドバイザー。
INPS Japan/ IPS UN Bureau Report
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