【カイロIPS=レイチェル・ウィリアムソン】
小さなかすれ気味の声で話すレイラさん(仮名:19歳)は悲しそうな眼をしている。彼女の顔には無数の傷跡があるものの、きちんとした身だしなみからは、彼女が9年間もカイロ北部の路上で生活を余儀なくされてきたとはとても思えない。
レイラさんはIPSの取材に対して、「父に強姦された時はまだ子どもだったの…。」とぽつりぽつりと語り始めた。その後母親にうそつき呼ばわりされ、残りの家族からも拒絶された彼女は、暴力から逃れたい一心で家から飛び出した。そしてふと気が付くと、近年増え続けるカイロの危険な路上で暮らす若い女性の仲間入りをしていた。
路上生活は楽ではなかった。そこで彼女を待ち受けていたものは、暴力、性的虐待、警察による嫌がらせなどだった。なんとか仕事にありついても、路上で生活していると雇い主に知れると解雇された。
昨年、こんな生活から抜け出せる展望が開けたかに見えた。エジプト北東部シャルキーヤ県出身の男性と結婚することになったのだ。しかし、彼女が妊娠すると、今度は義理の母親から家を追い出された。夫に助けを求めたが、無駄だった。
レイラさんの話は、近年エジプトでこのような身の上話がますます一般的になってきているだけに(具体的なデータがあるわけではないが)、なおさら恐ろしい響きをもって記者の心に伝わってきた。
ヘンド・サミー氏は、貧しいエル・サレク・サレー地区でホームレスの母親たちのためのNGO「バナト・アルガド」(通称「私の娘」を意味するバナティの名で知られている)を運営している。
壁には写真や子どもたちが明るい色で描いた絵が飾られていた。記者が施設を訪問した時には、職員が朝食のテーブルをまだ片付けている最中で、各階の廊下や階段では子どもたちが楽しそうにはしゃぎ回る姿が見受けられた。
他に取材した人々と同じくサミー氏も、2011年以来、路上に住む少女、それも子どものいる少女が増えてきたと感じている。
2009年、全国児童母親協議会(NCCM)はエジプトのストリートチルドレンの数を5299人だと発表した。しかし、NGO「エジプト児童保護協会」の1999年の推計では200万人としている。
「バナティ」「プランエジプト」「ホープビレッジ」などのNGOは、ホームレスの母親を対象に待ち望まれていた法的・医療・社会的支援を提供している。NCCMや社会連帯省といった政府機関にもストリートチルドレンのニーズに応えるプログラムがあるが、カイロ以外では対象を絞り込んだ支援活動は殆ど実施されていないのが現状だ。
カイロのアメリカン大学のシャーリー・ワン研究員は、政府とNGOの連携が悪く二重サービスが生じている点と、ストリートチルドレンを「汚い」「犯罪者」とする一般認識を誰も変えようとしない問題点を指摘した。
このような一般認識は、女性の純潔を重んじる社会で弱い立場に置かれている若い女性にとってとりわけ危険である。
この点についてレイラさんは、「ストリートチルドレンは、人間ではなく犬のように見なされているわ。」と語った。
エジプトでストリートチルドレンの擁護を訴えているネリー・アリ氏は、自身のブログに14歳のバスマという名前の少女が置かれている境遇を紹介している。上エジプトに暮らしているバスマの祖父は、彼女が近所の男に強姦された家族の「恥」を世間の目から隠すとして、生まれた子供を鶏舎に閉じ込めているという。
現在はベルリンに在住しているアミラ・エル・フェキ氏は、以前「ホープビレッジ」で12歳から18歳の路上生活している少女たちを世話していたことがあり、IPSの取材に対して路上生活に潜む危険について次のように語った。「路上生活をおくる多くの少女がなんらかの形で性的暴力を経験していました。中には、性的虐待を伴う関係を強いられていたものや、強姦され売春婦として働くことを強制されているものもいました。」
こうした過酷な環境にいる少女たちにとって、薬物が一時の慰めになっていることが少なくない。フェキ氏は、少女らの中には頭痛やストレスから一時的に解放されるとして鎮痛剤を常用しているものや、夜間寝ている間に襲われるリスクを避けるために覚せい剤を使用しているものもいる、と語った。
路上生活者の中で最も弱い立場にあるのが子どもを抱えた若い母親たちで、彼女たちには法律による保護が最も及んでいない。
「彼女たちには何の権利も保障されていません。だからこそ彼女たちの保護を訴えるNGOがあるのです。」と「バナティ」のラニア・ファミー代表はIPSの取材に対して語った。
ファミー氏は、2014年のエジプト新憲法のうち、路上暮しの人々を助けるために使える条項が2つあると考えている。ひとつは、人身売買を禁じた第89条で、立場の弱い若い女性を、一時的な「結婚」の名目で身売りされるリスクから保護する第一歩となるとみている。もうひとつは、子どもを暴力と搾取から守る国家の義務を規定した第80条である。
また第80条は、エジプト史上初めて「子ども」と分類されるべき法的年齢を条文に明記したものである。この点についてファミー氏は、「2012年の憲法改正時には、ムスリム同胞団側に児童婚を合法化させたい思惑があったことから、当時の(同胞団主導の)ムハンマド・モルシ政権が、子どもの法的年齢を明記することに反対しました。しかし新憲法の発布により、今では子どもは全ての18歳未満の国民を指します。」と語った。
憲法によると、国民には身分証明書を持つ権利が認められている。しかしレイラさんは生後3か月になる息子の話になると不安で声を震わせていた。この幼児は一見健康そうだが、同年齢の幼児と比べると体重が少なく、さらに出生証明書がないということだった。
出生証明書がなければ、この子は教育や保険診療といった公的サービスを受けることができない。そこで「バナティ」や「ホープビレッジ」では、ホームレスの母親が子供の身分証明書を入手するのを支援する法務部門を設けている。
しかし国連児童基金(ユニセフ)のハビエル・アグイラ児童保護官によると、「ホープビレッジ」がこの5年間でID獲得にかろうじて成功したのは僅か2~3件に過ぎないという。
さらにアグイラ氏は、「エジプトの児童保護法はなかなかよくできており、条文を読む限り地域密着型の取り組みなども含まれています。しかし、せっかくの法律も実施に移されていないのが問題なのです。公共サービスを実際に機能させるには途方もない努力を必要とします。」と語った。
レイラさんは人生の半分を路上で過ごしてきた自身の経験から政府が何をすべきか心得ている。彼女は、行政にはホームレスのための住居の整備や、仕事・医療・教育の提供を行ってほしいと考えている。
しかし、それ以上に重要なのは、彼女のように本人が望まない人生を送らざるを得ない人々への共感だという。「この子にはこんな生活を経験してほしくないわ。世間の人たちには、私たちのような境遇にある人たちの気持ちに寄り添ってほしいと訴えたいです。」とレイラさんは語った。(原文へ)
翻訳=IPS Japan
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