地域アジア・太平洋時には一本の木の方が政府より助けになることもある

時には一本の木の方が政府より助けになることもある

【バルディアIPS=マリカ・アルヤル】

ネパール中西部バルディア郡パドナハ村。ラジ・クマリ・チョウダリさんは、毎朝村を通り抜けたところに立っている一本のマンゴーの大木を訪れては、祈りを捧げている。

視界いっぱいに四方に枝を伸ばして聳え立つ巨木は壮観である。「この木には果樹はなりませんが、私たち家族の命を救ってくれたのです。」とチォウダリさんは言う。彼女の眼には、この木は、家族が困ったときにネパール政府よりも大きな救いをもたらしてくれたと映っているのである。

昨年8月14日からネパール中西部で断続的に続いた豪雨により、チョウダリさん一家が暮らすバルディア郡をはじめ、インド国境に近い5つの郡を巻き込む広い範囲で大規模な洪水が発生した。

チョウダリさん一家は、奔流を逃れて村を一気に駆け抜けたが、その先が行き止まりになっていることに気づいた。そこで一家は最寄りの木によじ登り辛うじて難を逃れたのである。その際、他にも11人の村人が同じ木によじ登って避難してきたのを覚えている。

「当時生後6か月の赤ちゃんが最年少でした。私はショールを脱いで赤ちゃんを木に縛りつけて落ちないようにしました。」とカルパナ・グルンさん(27歳)は語った。

バルディア郡はこの洪水で最も深刻な被害を受けた。同郡の災害救援委員会は、被災者数は93,000人を上回ったと推定している。

チョウダリさん一家が暮らすパドナハ村では約5000人の人々が被災した。奔流は32人の村人を呑み込み、今でも13人が行方不明のままとなっている。

2014年はネパールにとって自然災害による死者が史上最悪を記録する年となった。ネパール内務省によると、2014年4月から2015年2月の間に492人が災害に巻き込まれて死亡し、37,000を超える世帯が被災していた。

専門家らによると、ネパール政府はこのような状況にもかかわらず、依然としてチョウダリさん一家のようにこうした大惨事を生き延びた人々のための長期的な対策を策定していない。

Credit: Mallika Aryal/IPS

ラジ・クマール、ヒラ・ラル・チョウダリ夫妻、11歳になる長女(右)、双子の娘たち(中央)は、2014年8月にネパール中西部を洪水が襲った際、マンゴーの木によじ登り、水位が下がるまで避難することで難を逃れた。(資料:マリカ・アルヤル/IPS)

Credit: Mallika Aryal/IPS

パドナハ村の人々が以前の生活を取り戻すには約5か月を要した。「大洪水のあと、村一帯はあたかも砂漠のような状態でした。」と、災害を生き延びたラジ・クマリ・チョウダリさんは当時を振り返った。(資料:マリカ・アルヤル/IPS)

「(ネパール)政府には明確な方針がなく、被災者に対する支援計画すらありません。その結果、(災害で)土地を流された人々は、実質的に無国籍者のような状態におかれているのです。」と、流域・土砂管理の専門家であるマドゥカール・ウパダヤ氏は語った。

ネパール政府は2008年に東部を襲ったコシ川大洪水のあと、災害訓練センターを創設し、現在では警察に防災課、国軍にも防災局を設置している。しかし防災専門家らは、政府の焦点は被災者の復興や再定住支援ではなく、災害時の救出・救援活動のみに向けられている、と指摘している。

災害が多発するネパールで不安定な生活を余儀なくされる

チョウダリさんの家族を含む住民の大半はネパール西部山岳地帯の先住民タルー族出身者である。彼らはつい最近の2002年に政府が法律で禁止するまで「カマイヤ」と呼ばれる過酷な債務奴隷制度の下で数世代にわたって虐げられてきた人々である。

しかし彼らは法的には奴隷身分からは解放されたものの、かつての主人によって住み家から追い立てられ、その後何年にもわたって戸外で生き延びていくしかなかった。2年前になって政府はようやく対策に乗り出し、チョウダリさんたちはパドナハ村に家を構えることができたのだった。

「(そのような背景から)私たちが自身の家を持つには長い年月がかかりました。ここパドナハ村にきて、子どもたちもようやく落ち着きを感じてきたところでした。そこに昨年の大洪水が襲ってきて全てを押し流していったのです。」とチョウダリさんはIPSの取材に対して語った。

チョウダリさん一家は、濁流が渦巻くなか、大木の枝の上で24時間を過ごし、機を見て近くの学校に避難した。そして水が引いた後に彼らが見たものは、全てが押し流されたあとの、荒涼とした村の風景だった。

「大洪水で自宅と家財道具は流されてしまいましたが、洪水や崖崩れに遭遇した他の生存者とは異なり、私たち一家の場合、戻れる土地が残されていました。」と同じくマンゴーの木によじ登って助かったサンギタさん(18歳)は語った。

パドナハ村の住民は、セーブ・ザ・チルドレンからの復興物資支援と、「13日間キャッシュ・フォー・ワーク」(被災者自らが復旧・復興のために働き、1日当たり3.5ドルの対価が支払われるプログラム)の支援を得て、村の復興に着手した。

Credit: Mallika Aryal/IPS

裏庭の野菜園の様子を見るカルパナ・グルンさん。彼女はこの春に緑の葉物野菜が十分な量収穫できることを願っている。生後9か月の乳飲み子を抱えるグルンさんは、赤ちゃんに十分な栄養を与えられないのではないかと心配している。(資料:マリカ・アルヤル/IPS)

Credit: Mallika Aryal/IPS

学校に行く準備をする、11歳のサラスワティ・チョウダリさんと、双子の妹プジャちゃんとラクシミちゃん。活動家らは、ネパール政府は、災害多発地域で生活する家庭を保護するための包括的な防災計画を策定すべきだ、と訴えている。(資料:マリカ・アルヤル/IPS)

18歳のサンギタさんは、夜目が覚めると自分のベッドの周りが既に水浸しになっていた大洪水当日のことを良く覚えている。彼女はその際避難した木を指差して、「あの木のお蔭で私の命は助かりました。でもあの日の恐ろしい記憶は忘れてしまいたいです。」と語った。(資料:マリカ・アルヤル/IPS)

今日、チョウダリさんは庭の畑に、家族にとっての新たな栄養源となる野菜の種を蒔いた。彼女は、昨年経験した大洪水が再び起こるのではないかと危惧しており、それに向けた準備をしなければならないと気付いている。

気候問題の専門家らは、パドナハ村のような小さなモデル村落は立ちいかないだろうと見ている。なぜなら、天気傾向が変化し、ネパールの災害多発地帯では、全てのモンスーンが洪水と崖崩れを伴うと予想されているからだ。

気候開発知識ネットワーク(CDKN)が昨年発表した調査報告書によると、気候変動性と異常気象事象(=大雨、洪水等)がネパール経済に毎年及ぼしている被害規模は、国内総生産(GDP)の1.5%から2%にのぼっている。

過去40年にネパールを襲った12の大洪水が被災家族に及ぼした被害額は、一世帯当たり平均で約9000ドル(=約108万円)にのぼる。

Map of Nepal
Map of Nepal

2011年現在でネパールにおける一世帯当たりの平均年収が約2700ドル(=約324,000円)であることを考えれば、このことは、とりわけ災害が多発する地域に暮らすチョウダリさん一家のような貧困層には、途方もない負担がのしかかっている現実を示している。

ネパールでは1983年以降毎年、洪水により平均で283人が死亡し、8000軒以上が破壊され、30,000戸近くの被災家族が災害の副次的な影響に苦しんでいる。

チョウダリさんはあのマンゴーの大木を遠くに眺めながら、「私たちは生活を再建する術を経験から学びました。しかし、子どもたちには私たちのように、生活基盤を奪われては再建するという経験を何度も繰り返すようなことがないことを祈っています。」と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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