【シドニーIDN=ニーナ・バンダリ】
オーストラリア議会は、2014年に署名された豪印核協力協定をまだ批准していないが、市民社会、環境活動家、軍縮活動家らが、インドへのウラン輸出は、南アジアにおける核軍拡競争に拍車をかけ、原子力の保障措置政策を主唱してきたオーストラリアの信用を失うことになると警告している。
核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)豪州支部は、豪印協定における脆弱な保障措置、インド核施設における安全管理の貧弱さ、同協定が核不拡散体制に対して持つ意味あいなどに関して、深い懸念を表明してきた。豪州政府が、核拡散防止条約(NPT)の未署名国に対してウランを輸出するのは初めてのことである。
「NPT上の不拡散義務に従っているNPT締約国に対して適用されるものよりも厳格でない条件でインドと核取引を行うことは、NPTの目的や信頼性、価値を損なうものです。南太平洋非核兵器地帯条約の下で豪州が負っている義務にも違反しているこのインドとの取引は、オーストラリアを、核の危険という問題の解決ではなく、問題の一部としてしまうでしょう。」と語るのは、ICAN豪州支部創設時からの議長であるティルマン・ラフ氏である。
1986年12月11日に発効した南太平洋非核兵器地帯条約の第4条は、フルスコープ型の保障措置に従っていないインドのような国に対して、核関連機器や核物質を提供することを締約国に禁じている。
オーストラリア以外の同条約の締約国は、クック諸島、フィジー、キリバス、ナウル、ニュージーランド、ニウエ、パプアニューギニア、サモア、ソロモン諸島、トンガ、ツバル、バヌアツである。5つの核兵器国のうち、フランスと英国だけが3つの議定書すべての批准を済ませているが、ロシアと中国は、議定書Ⅱと議定書Ⅲだけを批准している。米国は、3つの議定書すべてに関して、批准プロセスが滞っている。
オーストラリアのウランは南アジアにおける核軍拡競争をさらに煽ることになると警告するラフ氏は、「インド国内分だけでは軍用・原発用として不十分なウラン資源を補強することによって、間接的に、あるいは直接的にこうした軍拡競争を助けることになるだろう。」と指摘したうえで、「インドの軍事活動・民生活動の混交、効果的な独立核規制機関の不在、インドによっていつでも変更可能な極めて限定的な保障措置の適用、保障措置それ自体のかなりの限界、こうしたことが、これらのリスクに寄与することになります。」と語った。
「カナダが提供した原子炉と米国が提供した燃料を使って、1974年に行われたインド初の核爆発実験のためにプルトニウムをインドが製造したことは、原子炉と核燃料が平和目的でのみ利用されるという保証に違反したものでした。」とラフ氏は語った。
「他方で、インドの核取引開始に対するパキスタンの反応は、予想されたものであると同時に、警戒すべきものでもあります。パキスタンは、他の国よりも速いペースで核分裂性物質を増産し、核戦力を拡大しています。」と、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の共同議長でもあるラフ博士はIDNの取材に対して語った。
IPPNWは、「信頼できる情報を提供し、核戦争の壊滅的な帰結に関する意識を高めることによって、人類に相当の貢献を為した」ことを理由に、1985年にノーベル平和賞を受賞している。
前提条件としてのNPT署名
インドに対するウラン輸出の交渉は2006年に始まり、2014年に合意がなされた。「条約に関する合同常設委員会」(JSCOT)は、今年9月8日に提出した豪印核協力協定に関する報告書の中で、条約の批准を勧告したが、一方で、インドへのウラン輸出がなされる前に、インドの核施設における原子力安全及び保安規制の問題に対処すべきと勧告している。JSCOTはまた、豪州政府に対して、核実験禁止条約への署名など、軍縮に関する真の前進をもたらすようインドに対して圧力をかける外交努力をすべきだと求めている。
「オーストラリア保護基金」(ACF)はマルコム・ターンブル首相に対して、この計画された行動に伴う重大な懸念を念頭に入れ、JSCOTの報告書と勧告で打ち出された慎重なアプローチを尊重すべきだと訴えた。
「私たちは、豪印ウラン取引がリスクを増大させるのではないかと深く懸念しています。特に、インドの核産業は、引き続き解決されない安全上の問題と、規制上の欠陥を抱えています。2012年、インドの総括監察官は、「原子力安全の問題に対処しなければ、福島第一原発事故やチェルノブイリ原発事故のような大惨事が起こりかねない」と警告する恐るべき内容の報告書を発表しています。不十分な規制、脆弱なガバナンス、安全文化の欠如など、この報告書で指摘されている懸念は、依然として対応されないまま残っています。」と、ACFの非核キャンペーン担当のデイブ・スウィーニー氏は語った。
では、オーストラリアのウランが、インドの既存のウラン備蓄の余地を拡大して核兵器用に使われる真の危険性があるだろうか?スウィーニー氏は、「その可能性は増しています。インドは、ウランの濃縮能力増強、複数の兵器発射手段への注目、潜水艦からの発射能力の向上を通じて、核戦力と核兵器の能力を積極的に向上させています。提案されている条約には、こうした活動に対する現実的、政治的、心理的な障壁が何も含まれていません。むしろ、インドの核の野望にゴーサインを与えるものです。こうした軽率なアプローチは、オーストラリアや南アジアにとっての利益になるものではありません。」と語った。
オーストラリアには世界のウラン備蓄の4割が眠っており、重要なウラン輸出国となっている。同国のウランのかなりの部分は、北部準州の[先住民族]ミラー族の土地からこの30年以上の間に採掘されたものである。
アボリジニからの警告
ミラー族の代表組織「グンジェイミ・アボリジニ団体」のジャスティン・オブライエン事務局長は、「『伝統的所有者』は、ウランがひとたび輸出された場合の影響、それが核兵器に使用される可能性について長らく懸念してきました。ミラー族は、原子力発電用とされたウランが核兵器用に転用されないようにする執行可能な保障措置が存在しないことを懸念しています。また、保障措置は、この協定においては通常のものよりも弱くなっているように見受けられます。」と語った。
オーストラリア政府は、このウラン取引によって17.5億オーストラリアドル(12.7億米ドル)に相当する輸出と、4000人の雇用機会を増やすことができるとしている。
しかし、「地球の友」豪州支部の全国核問題キャンペーン担当ジム・グリーン氏は、この説に対して次のように語って疑念を表明した。「インドへのウラン輸出は、豪州の貿易収入を拡大したり、遠隔地の先住民族社会における雇用増にはほとんど、或いは何の関係もありません。この取引は、豪州のウラン輸出による収入をたかだか3%増やし、数十人の雇用を増やすにすぎません。」
インドにとっては、ウラン輸出によって、新興経済大国として伸び続ける国内エネルギー需要を満たすことが可能になる。しかし、『戦争防止医師の会』(オーストラリア)の副代表であるスー・ウェアハム博士は、「原子力では気候変動の問題に対処できなません。原子力が今後さらに伸びることがあっても、実際に原子炉で電力を生産するまでには10年から15年かかります。特に重要なのは、核兵器とのつながりです。民生用と軍事用の核燃料サイクルの間には明確なつながりがあり、核原子炉が存在する限り、これは問題であり続けるのです。」と語った。
『2014年版世界原子力産業の現況報告書』によると、世界の商業的発電に占める原子力のシェア(2013年)は、前年比-0.2%とほぼ一定だが、ピーク時(1996年)の17.6%から10.8%へと下落している。.
ウェラハム博士は、「核のゴミの問題もあります」と指摘したうえで、「技術的、実際的現実は、核のゴミを環境から分離する、信頼性がありかつ永続的な方法をまったく持ちあわせないということです。世界は、あまり利用されず、あまり資源が投入されていない太陽光、風力、地熱、バイオ燃料などの再生可能エネルギーの促進・開発・利用のために、相当大きな資金を投入する必要があります。」と、語った。
WWFインド及びTERI(エネルギー・資源研究所)による詳細な報告書は、インドが2050年までにいかにして第一次エネルギーの9割を再生可能エネルギーで賄えるかについて予測している。
核兵器をもたないオーストラリアは、国として興味深い状況に置かれているが、米国との同盟の下で拡大核抑止のドクトリンを採っている。
ICANは豪州政府に対して、核兵器の完全廃絶達成に向けたもっとも望ましい次のステップとして、核兵器を禁止する法的拘束力のある条約を交渉する外交プロセスを支持するよう求めている。
翻訳=IPS Japan
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