【チャンタブリ(タイ)IDN=ブロンウェン・エバンズ】
タイの農民が有機農業を始めるのには2つの理由がある。ひとつは健康面、もうひとつは経済面である。クムナン・チャンタシットさん(73)にとっては経済面が動機だった。タイ東部チャンタブリ県に住む彼は、幼少期から同じ土地を耕し続けている。豊かな火山性の土壌であるにも関わらず、かつては必要だと考えていた肥料や除虫剤の代金を支払うために、彼はますます借金地獄にはまり込んでいった。
26年前、彼はようやく他の方策に目覚めた。それは、タイの故プミポン・アドゥンヤデート国王が提唱した「足るを知る経済」だ。わずか4エーカーで家族の生活を支えられるという統合的な農業のやり方である。これに対し、クムナンさんの土地は8エーカーもあった。
彼は、この原則に従って、果実樹、魚の生息する池、薬草や鶏などのある豊かな農場を作り上げ、防虫剤や肥料を止めてコンポストを使い、自分の作った薬草と余った果物で作った有機茶を作ることにした。このやり方はうまくいって借金を返すこともできた。今では、孫やひ孫を十分養うだけの収入があり、この手法を駆使して尊敬を集める先駆者になった。
彼の農場を訪問してまず気づくことは、虫や腐葉を含んだ土壌であり、巨大なタコノキやカルダモンを含んだ豊かな表土である。長年にわたって耕され、育てられてきたものだ。果樹に共に育てられているこれらの木々は生物多様性を増すものであり、微生物を繁殖させ、年間を通じた収穫を可能にする。農業用水は、土壌に栄養を加える魚が生息する池から来る。
他方で、タイ土着の赤ヤケイの子孫である野生の鶏100羽が土地を耕し、昆虫を遠ざけ、卵を産んでくれる。クムナンさんはその卵を使って、果実の栽培や木々の育成に役立つホルモン剤を自家製造している。
森の木々は生い茂り健康である。葉の緑は深く、土壌が豊かであることを示している。彼は主に、ドリアンやマンゴスチン、ロンゴン、ランブータンといった、タイ東南部でよく育つ熱帯の果実を育てている。パパイヤやバナナ、ココナッツ、ライムもある。最も高い木々は東南アジア原産のドリアンだ。木は45メートルの高さにもなり、ちょうどフットボールサイズでとげのある果実を持つ太い枝が生えている。
ドリアンはタイでは「果実の王様」と呼ばれている。甘くクリーミーな果肉はアジアで人気があり、価格も高い。クムナンさんの果樹園のドリアンの木の一つは樹齢55年。年間100~150キロの実を生らせ、3000ドル以上の収入を生む。森林の中層にはロンゴンとマンゴスチン、ライムの木があり、地面近くには、ハーブや、最近植えたばかりのドリアンの木が生えている。
木々が成長すると、太陽光に向かう性質のあるバナナの木よりも高くなる。バナナが切られると、土壌には繊維や微生物、カリウムが加えられる。コショウの木が、他の木々に沿って成長する。
土壌かく乱の制限、植物による土壌の被覆、生体系への動物の統合といった、バイオダイナミックスとパーマカルチャーに共通した考え方に加えて、クムナンさんは、「足るを知る経済」に関するプミポン国王の哲学的な教えを取り入れている。
その教えとは、穏健、合理性、予測不能な出来事や危機に対する適切な防衛といった面で、人間の行動や資質の涵養を謳うものだ。我々は、広い知識を持ち、行動において思慮と他者へのケア、倫理を絶やさず、正直・誠実・勤勉・自制をもって活動せねばならない。タイは仏教国であるから、「足るを知る経済」は仏教からの考えを引用している。それは、「中庸」を重んじ、自己からの極度の収奪や行き過ぎた消費といった極端を避けるものだ。
この哲学の不可欠の部分は、日常生活における独立を目指すという点だ。したがって、浪費をせず、適度な収入と、生存を維持するに足るレベルの生産を旨とする。それ以上のものに関しては分割をし、一つは他者に与え、一つは自ら取り、一つは販売する。この道を取ることによって、我々は強さを備え、生活における均衡と調和を保つことができる。
クムナンさんは最近、自分の土地を3人の子どもに分け与えた。たった8エーカーで多くの人の生存を支えることができるとは驚くべきことだ。土壌を育て、植物を植え、ダイナミックな生態系を作っていくことの価値をこれほど証明するものはない。(原文へ)
※ブロンウェン・エバンズは、ニュージーランド出身で、受賞歴のあるジャーナリスト、キャスター。タイに移住して20年、東南岸チャンタブリにあるファアサイ・リゾート&スパでエコリゾートを作っている。パーマカルチャーの原則に依りつつ、責任ある観光や、自然の聖地・有機農場づくりに励んでいる。
INPS Japan
関連記事: