【東京/アスタナ INPS Japan=浅霧勝浩】
カザフスタンの首都アスタナから西方約40キロの草原で5月31日、カシム=ジョマルト・トカエフ大統領が「政治弾圧・飢饉犠牲者追悼の日」の式典を主宰した。毎年恒例のこの追悼の日は、同国の最も暗い歴史のひとつに思いを馳せる機会となっている。
式典の会場は ALZHIR(アルジル)記念複合施設。ヨシフ・スターリン時代、「国家の敵」とされた人々の妻たち約8,000人が収容されていた強制収容所の跡地だ。

「歴史の教訓は決して忘れてはなりません。」トカエフ大統領はこう述べ、スターリン時代の政策がカザフスタンの文化と知性に残した深い傷跡について語った。
こうした経験はスターリン主義的抑圧がソ連全域に及んだ歴史の一部でもある。1945年の日本降伏後、推定56万~76万人の日本人捕虜や民間人がソ連領内に強制移送され、そのうち約5万人がカザフ・ソビエト社会主義共和国(現カザフスタン)の収容所に送られた。カラガンダ近郊のスパスキー収容所などでは、過酷な強制労働と劣悪な環境のもと、多くが命を落とした。

自国民も深刻な被害を受けた。1930年代初頭、スターリンの農業集団化政策と遊牧生活の強制的な破壊により引き起こされた大飢饉で最大230万人のカザフ人が犠牲となり、その後の粛清で知識人や地主が処刑・追放された。
1991年の独立以降、カザフスタンはこの痛ましい過去と向き合い、多民族・多宗教の寛容な社会の構築を目指してきた。憲法はすべての民族的・宗教的グループの平等を保障し、30万人以上の犠牲者が近年、公式に名誉回復されている。250万件を超える公文書が機密解除され、大統領公文書館付設の新たな研究センターにより、この困難な歴史の解明が進められている。
こうした歩みは単なる過去との和解にとどまらない。寛容と対話を国家の柱の一つとし、国際的な宗教間対話を外交の中心に据えている。2003年創設の「世界伝統宗教指導者会議」は、イスラム教、キリスト教、ユダヤ教、仏教、ヒンドゥー教などの指導者たちが継続的な対話を行う象徴的なプラットフォームだ。


次回の第8回会議は2025年9月17日~18日にアスタナで開催予定。世界中から宗教指導者、学者、政策担当者が集う見込みである。会場の「平和と和解の宮殿」は、東西の架け橋としてのカザフスタンの役割を象徴している。
こうした取り組みは、宗派間対立や地政学的緊張が深まる現代において、貴重な教訓を提供している。ローマ教皇フランシスコは、2022年の第7回会議で「宗教は戦争や憎悪、敵対や過激主義を煽るのではなく、平和の希望の灯火となるべきだ。」と述べ、宗教間対話と共存の重要性を強調した。
さらにカザフスタンは、ソ連時代の核実験という深刻な不正義にも向き合っている。1949年~1989年にかけてセミパラチンスク核実験場で実施された456回の核実験により、100万人以上が被ばくした。これは今なお続く悲劇である。独立後、同国は世界第4位の核戦力を自発的に放棄し、核軍縮を外交政策の柱に据えてきた。

この核軍縮へのコミットメントは、宗教間外交にも及んでいる。2018年の第6回世界伝統宗教指導者会議以降、カザフスタンは日本の創価学会インタナショナル(SGI)やノーベル平和賞受賞団体・核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)と緊密に連携し、核兵器使用がもたらす人道的帰結とヒバクシャの証言に根ざした平和、対話、核兵器廃絶という共通のビジョンのもと、核兵器禁止条約(TPNW)の推進と国際協力の深化を図っている。

ALZHIR 記念施設の保存されたバラックや「悲しみの門」は、訪問者に過去の不正義の記憶を伝えている。だが今回の追悼式典と宗教間対話の継続的な取り組みが示すように、カザフスタンはより寛容で公正な未来の構築をめざして歩み続けている。
「このような不正義を二度と繰り返してはならない」――トカエフ大統領の言葉は、同国の内政と国際的な対話と調和を促進するマルチベクトル外交の双方に息づいている。(原文へ)

Katsuhiro Asagiri is the President of INPS Japan and serves as the director for media projects such as “Strengthening awareness on Nuclear Weapons” and SDGs for All” In 2024, he was honored with the “Kazakhstan Through the Eyes of Foreign Media” award, representing the Asia-Pacific region.
This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with ECOSOC.
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