ある AfD の選挙ポスターには「若者よ、我々のもとへ」というメッセージが掲げられている。ナチスと共産主義双方のプロパガンダを彷彿とさせる文言だ。
【スウェーデン、ストックホルムIPS=ヤン・ルンディウス】
夏場はニュースの少ない時期とされる。それでも今年は、中東やウクライナでの戦争に関する報道でソーシャルメディアが溢れ、おなじみの陰惨な殺人事件の話題も後を絶たなかった。スウェーデンでは選挙の年にあたり、夏の報道には「民族集団に対するヘイトスピーチ」をめぐる議論が加わった。個々の殺人事件が人々を憤らせる一方で、特定の人口集団全体が政治家によって標的にされている事実には、無関心な人が多いように見える。スウェーデンのソーシャルメディアには「イスラム系」移民への抗議や、スウェーデンが「イスラム化」し、新たなアフガニスタンと化す危険性を懸念する声があふれている。|英語版|
こうした煽情的な言説の中心にいるのが、スウェーデン民主党だ。ネオナチにルーツを持つ、民族主義的・社会保守的・ポピュリスト政党である。2010年の選挙で同党は全国得票率5.7パーセントで議会入りを果たし、現在は他の右派政党と連立を組んで政権を担っている。国の統計機関である中央統計局によれば、現在の支持率でスウェーデン民主党は18パーセントを獲得し、34パーセントの社会民主党に次ぐスウェーデン第2の政党となっている。

スウェーデン民主党の思想的指導者は、元高校教師のリチャード・ヨムショフである。彼は今世紀初頭、3人の同志とともに、同党を白人至上主義運動やネオナチから遠ざける一方で、民族主義・反移民の党是は維持するという舵取りを行った人物だ。2022年の議会選挙後、スウェーデン民主党は政権入りを果たした。ヨムショフは党書記長の職を退き、議会司法委員会の委員長に就任した。同委員会は、裁判所、検察、警察、矯正機関に関わる案件や、刑法に関連する法案・事件を扱う。
ヨムショフはこの立場を利用し、「非スウェーデン系」の犯罪者への厳格な対応や、移民制限の推進を訴えた。彼の目標の一つは、「祖国のイスラム化」についてスウェーデン国民に警鐘を鳴らすことだった。X(旧ツイッター)に反イスラム的な風刺画を投稿した後、ヨムショフは司法委員会委員長の職を追われかけた。しかし委員会メンバーは彼を支持し、「特定の人口集団全体の信用を貶めている」との非難を、単なる「政治的な戯言(たわごと)」に過ぎないと評する者もいた。それでも1年前、政府が一部の半自動小銃を禁止したことへの抗議として、ヨムショフは委員長職を辞任した。
その後、ヨムショフはイスラムに関する「分析」の執筆に多くの時間を費やし、最近、アラビア語で「不信心者」を意味する『カーフィル』という書籍を出版、これがベストセラーとなった。ヨムショフの政治姿勢と、イスラムの「専門家」としての経歴は、現在のヨーロッパ政治を特徴づける分極化の一例である。すなわち、あらゆる個人を一つの民族・宗教集団全体の代表として扱い、十把一絡げにして、その人物を単一の問題―移民問題―の一部にしてしまう傾向だ。
ヨムショフは反移民政党を代表する過激な国家主義者だが、だからといってスウェーデン民主党の支持者全員が、改心したナチスやヨムショフの一般化を頑なに信じる者というわけではない。同様に、すべてのムスリムがヨムショフの描くような過激なイスラムの支持者であるわけでもない。個人をひとまとめにして過激派とレッテルを貼ることは危険である。最近、剣とヘルメットを身につけた若い男がスウェーデンのある学校に押し入り、生徒1人を殺害し2人に重傷を負わせ、3人目は軽傷で逃げるという事件が起きた。犯人は、2011年に「多文化主義とムスリム移民に対抗する」との名目で77人を虐殺したノルウェーのブレイビクに触発されたとみられる。2015年にも、スウェーデン人のアントン・ルンディン・ペッタソンが同じ理由で3人を殺害している。
排外主義を通じた政治的利益の獲得は、より大きなヨーロッパの政治情勢を構成する一要素に過ぎない。ネオナチにルーツを持つ小さな辺境政党が、15年足らずでスウェーデン政権入りを果たしたという事実は、ヨーロッパ全体に見られる現象を改めて裏づけている。9月15日にはスウェーデンで総選挙が行われ、来年にはフランス、スペイン、ギリシャ、ポーランド、イタリアでも選挙が予定されている。これらの国々にはいずれも、国家主義的・排外主義的な綱領を掲げる有力政党が存在する。フランスでは、国民連合の前身が1972年にジャン=マリー・ルペンによって設立され、当初は旧ナチス親衛隊(武装SS)の元メンバーも参加していた。スペインのボックスは2013年に設立され、ハステオイールやシチズンゴーといった超保守派ロビー団体からの寄付を得て成長した。ギリシャの黄金の夜明けは、幹部が重大犯罪で有罪判決を受けた後、2020年に解散した。2023年にはギリシャ最高裁が後継政党「ヘレネス」の選挙参加を阻止し、この判断は2027年の選挙にも適用される見通しだ。しかし、その綱領を引き継ぐ小規模政党は数多く存在する。ポーランドの法と正義党は、労働運動「連帯」から分派した保守政党で、政治的カトリシズム、強固な保守主義、反自由主義、国家主義、欧州懐疑主義を掲げ、広範な支持を集めている。イタリアの兄弟党は、ムッソリーニの死後に結成されたファシスト政党「イタリア社会運動(MSI)」にルーツを持つ。2013年の総選挙で得票率2パーセントを獲得し議会で9議席を得た。イタリアの世論調査・調査会社オンリー・ナンバーズによれば、兄弟党は現在イタリア最大の政党であり、2022年の選挙後、党首のジョルジャ・メローニがイタリア首相の座に就いている。当初は小規模で、中には出自のいかがわしい党もあったこれらの政党が、なぜこれほど短期間で強大な勢力へと成長できたのだろうか。
一因として考えられるのは、既存の政治勢力なら口にするのも恥じるような過激な主張を掲げることで、辺境政党がおおむねリベラルな報道機関の注目を集めやすくなるという点だ。「狂信者」について一般大衆に警鐘を鳴らそうとするあまり、リベラル系メディアがその主張を拡散し、関心をかえって高めてしまう。スウェーデンの選挙を前に、綿密に計算されたタイミングで、ヨムショフは信頼性に乏しく一般化に満ちたイスラム論の書籍を出版した。小さな無名の出版社から刊行されたにもかかわらず、テレビ、新聞、ウェブといったスウェーデンのメディアから異例の注目を浴び、たちまちベストセラーとなった。オスカー・ワイルドがかつて述べたように、「話題にされることより悪いことは、話題にされないことだけだ」。

同様の現象は現在イタリアでも進行中である。2023年、ロベルト・ヴァンナッチ将軍はアマゾンで著書『逆さまの世界(Il mondo al contrario)』を自費出版し、その内容をめぐり激しい反発と批判を招いた。イタリア軍は即座にヴァンナッチ将軍の主張と距離を置いた。国防相は、彼が「軍と国防、そして憲法の信用を貶めた」と述べた。あらゆる注目を歓迎するヴァンナッチは、その後も同性愛嫌悪と女性蔑視を広め、移民政策と環境保護主義を攻撃しつつ、ロシアによるウクライナ侵攻を擁護し続けている。今では彼はテレビの常連ゲストとなり、著名な政治家や学者との討論にも参加し、最近は自ら政党を立ち上げた。
ドイツの州、ザクセン=アンハルト州で、「ドイツのための選択肢(AfD)」が地滑り的な選挙勝利を収めたことは、リベラルなヨーロッパに衝撃を与えている。ザクセン=アンハルト州は、より大きな連邦共和国ドイツの中では人口のわずか3パーセントを占めるに過ぎず、一人当たりGDPは全州で下から2番目である。それでも、その州支部の勝利は、ドイツ連邦全体の主導権を握りたいというAfDの野心をかき立てている。AfDの超国家主義的な綱領は、ドイツはナチス政権による弾圧と大量殺戮に対する罪悪感をもう十分に抱いてきた、と主張する。同党は、過去は再解釈されるべきであり、ドイツに必要なのは「ヒトラーよりビスマルク」だ、すなわち19世紀に「鉄と血」のスローガンの下でドイツを統一した宰相の精神だと今や訴えている。
INPS Japan/IPS UN Bureau Report
関連記事:
移民に関する神話に覆い隠される現実(ロベルト・サビオIPS創立者)(前編)
|視点|植民地主義が世界に及ぼした影響を遅々として認めようとしない欧州諸国(マイケル・マクイクラン ルンド大学客員研究員)













