【カトマンズIPS=シモーネ・ガリンベルティ】
いま世界を覆う混乱と無秩序―覇権国同士の対立が深める亀裂―を乗り越えるのに、貿易だけで十分なのだろうか。地政学と国際関係は大きな転換点にある。カナダのマーク・カーニー首相が最近、「ルールに基づく多国間秩序」に生じた「断絶(rupture)」と呼んだような状況の中で、貿易はほとんど万能薬のように語られている。

だが本当に、欧州連合(EU)がメルコスールやインドと結んだような、新たな代替的通商パートナーシップだけが、予測不能さを増す米国政権と、自信過剰で野心を強める中国に対処する唯一の道なのだろうか。
カーニー首相は数週間前、ダボスで開かれた世界経済フォーラム(WEF)で演説し、カナダのような「ミドルパワー」が巨大な覇権国への依存を減らすための指針を示した。国境の南にいる横柄で予測不能、しかも権威主義化を強める大統領にどう向き合うか―そうした含意をにじませながら、天然資源を梃子にし、代替市場との貿易に大きく賭けることで、国家は選択肢を広げられるとの基本戦略を提示した。
貿易が、成熟経済だけでなくインドのような新興経済にも新たな選択肢を開くことは疑いようがない。EUも同様の方向へ舵を切り、新たな通商協定を、成長を促しつつ自らの強靱性を高める手段として用いている。もっとも、米国との良好な関係を維持せざるを得ないという現実は変わらない。だが、貿易に全面的に依存する「処方箋」も、いずれ壁に突き当たる。
短期的には、米国や中国の拡張的な動きをかわす―少なくとも回避を試みる―うえで、貿易は有効かもしれない。だが貿易にも限界がある。この新しい難局への包括的で長期的な対応には、政治的な手当てが不可欠だ。
貿易は、より広い政策ツールキットの一部として位置づけるべきである。各国は、近隣国との地域協力プロジェクトへの投資を拡大することを政策の中心に据える必要がある。強化された経済連携を通じて近隣国同士の政治的結び付きを深めることは、新しい国際地域主義への出発点となり得る。
しかし、二国間関係の経済的側面を活用するだけでは足りない。そこには、より大胆で、より包括的で、何より人々を鼓舞する構想が必要だ。経済の枠を超えた取り組みがあってこそ、既存の覇権国から尊重され、場合によっては競合し得る新たな政治的枠組みを構想する余地が生まれる。
第二次世界大戦後の欧州を思い浮かべればよい。貿易と経済が、地域協力のプロジェクトを下支えし、加速させた。やがて、当初は単なる経済的結社に過ぎなかった「対等な協力の成功例」―欧州経済共同体(EEC)は、より先見的で大胆な地域統合の構想へと変貌した。
だが、近年の米欧対立の局面で欧州が貶められた出来事が示すように、このプロジェクトはまだ完成していない。グローバル・サウスもグローバル・ノースも含め、各国が理解すべき点は明確だ。統合を経済に限定せず、政治・安全保障・技術・社会まで射程に入れた「より大きなビジョン」を掲げてこそ、外部に振り回されない自律を確保できる。
東南アジア諸国連合(ASEAN)や南部アフリカ開発共同体(SADC)のような地域協力枠組みを築くことは、加盟国が国内で市民からの正統性を保つうえでも、国際関係の領域で影響力を固めるうえでも、道を開き得る。だが、欧州の教訓は明確である。経済協力や、経済を基盤とした統合にも限界がある。

中国、ロシア、そして第2次トランプ政権下の米国―制約の少ない覇権国に対抗し得る梃子を国家に与えるのは、より大胆な統合プロジェクトへの明確な支持だけである。困難で気の遠くなる課題ではあるが、地域統合だけが、各国に一定の「集団的な力」を与え、相応の敬意を引き出し得る。ところが残念なことに、地域協力そのものが崩れている。
南米南部共同市場(メルコスール)は、EUとの貿易協定の署名で注目を集めた。だが、その協定はEUの「準立法機関」である欧州議会が採決によって事実上「凍結」し、適法性の判断を欧州司法裁判所(ECJ)に委ねる形となった。そもそもメルコスールは、政治的に統合された共同体には程遠い。南米諸国連合(UNASUR)の存在を覚えている者がどれほどいるだろうか。地域協力の模範と見なされてきたASEANですら、「中心性」が揺らぎ、信認を失いかねない状況にある。
アフリカでは、SADCの潜在力はしぼみ、最も有望で大胆な政治統合の試みとされた東アフリカ共同体(EAC)も、真の連邦―東アフリカ連邦―へと移行する構想が大きく失速した。

トランプ氏の自我と、それが生むドラマのせいで、EUはいま、自らの統合の軌道を再考せざるを得なくなっている。このままの速度と方向では、EUは足場を固められず、世界支配を競う覇権国が投げかける露骨な脅しや、見えにくい圧力、恐喝に対して、団結と結束を保ったまま対処することはできない。
EUは経済領域を超えて力を投射できなければならない。マリオ・ドラギ前イタリア首相(前欧州中央銀行総裁)は最近、ベルギーのルーヴェン・カトリック大学(KU Leuven)での講演で、同趣旨を語った。
「力は、欧州が連合体(confederation)から連邦(federation)へ移行することを求める。」現状のままでは、欧州は生き残ることさえ想像できない、というのである。さらにドラギは、「これは、欧州が従属し、分断され、同時に脱工業化する危険を伴う未来だ。自らの利益を守れない欧州は、価値も長くは守れない」と警告した。
ダボスで遠慮なく語ったカーニー首相は評価されてよい。だが、多国間秩序に生じた断絶は、絆創膏のような対症療法では修復できない。貿易が重要であることに変わりはないとしても、それだけで断絶を縫い合わせ、つぎはぎできると信じるのは幻想である。貿易は強力だが不完全な解でしかない。
必要なのは、設計の段階から政治的プロジェクトを構築できる取り組みである。国民国家を中心に据えつつ、遠くない将来に、より大胆な政治的構想を展望できるような取り組みだ。EUの事実上の首都であるブリュッセルは、欧州政治プロジェクトを新たな段階へ跳躍させる青写真を、再び示し得る。より深い統合、そして不可避に連邦主義を含む形での結束を追求する段階である。
結局のところ、国家の地位を守る最善の方法は、新しい形の「共有主権」へ投資することだ。これはカナダのようなミドルパワーやEU加盟国だけの課題ではない。開発途上国も、この新秩序と向き合い、自国の存続が、限界を設けないほど野心的な地域協力の取り組みによってのみ保証されることを理解しなければならない。
とはいえ、カーニー首相とカナダにとって、地理は容赦がない。カナダが欧州、あるいはメキシコやカリブ海諸国と、いまは想像できないような恒久的な結び付きで結ばれる―そんな「想像できない関係」を構想することもできるのだろうか。(原文へ)
シモーネ・ガリンベルティは、SDGs、若者中心の政策形成、より強くより良い国連について執筆している。
INPS Japan/IPS UN Bureau Report
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