地域アジア・太平洋日中関係を依然として縛る過去

日中関係を依然として縛る過去

【ロンドンIDN=リチャード・ジョンソン】

9月15日から16日にかけての週末に中国各地で行われた反日抗議デモは、15年戦争(1931~45)の発端となったいわゆる満州事変から81周年にあたる9月18日にも、北京・上海・広州・成都等で見られた。

中国公安当局による厳重な警備にも関わらず、一部の暴徒化した抗議デモ参加者による暴力・破壊行為により、日系企業や日本車が被害を受けたことが、中国メディア、海外メディアの双方により広く報じられた。

 こうした事態を受けて9月19日、日本の野田佳彦首相は、中国政府がこれらの被害の責任を取るべきであるとの声明を発した。これに対して中国政府は、今回被害を受けた日系企業や日本政府の在外公館は、公安当局や、商務省などの関連政府機関に提訴すべきだと主張した。

識者らによれば、中国では、日本が国連安全保障理事会の常任理事国入りを目指した2005年以来最大の反日ナショナリズムが噴出しているという。この時は、3月から4月にかけて中国全土で反日抗議行動が広がり、それまでの30年間で日中関係がもっとも冷え込んだ。

報道によれば、中国では、日本政府が「東シナ海」にある沖縄県尖閣諸島(5島と3つの岩礁からなる諸島)の3島(魚釣島、北小島、南小島)を民間人地主から購入し国有化する決定をしたことを受けて、反日的な民衆の怒りが爆発したとされている。同諸島をめぐっては中国と台湾(中国側の呼称は「釣魚島」)が領有権を主張しているが、日本が実効支配している。

日中間の緊張は、石原慎太郎・東京都知事が、民間人が所有する尖閣諸島の3つの島を購入する計画を今年4月に明らかにしてから、高まってきた。その後、日本政府が中国政府による度重なる抗議をよそに、計画を粛々と進めたことから、中国社会に深く根差している反日ナショナリズムに火がつく形となった。

抗議活動で日系企業に被害

「日系企業に対する攻撃は、主要な都市部に限られてはいるものの、資産と従業員の安全へのリスクが高まっていることを示している。抗議活動参加者による日系企業への攻撃によって、すでに多くの企業が中国における営業活動を停止している。中国に広く工場を展開しているキヤノンやパナソニック、トヨタ、ホンダ、日産といった製造業者が、すでに生産を一時停止している。」と英国のリスク分析企業「メイプルクロフト」社は報告している。

さらにメイプルクロフト社は、「セブンイレブンやユニクロといった小売業者が、破壊行為の対象になることを恐れて、店舗を閉めたり、ブランド名を隠したりしているほか、工場や店舗が閉鎖されたことで、サプライ・チェーンを中国に大きく依存している日系企業への投資家の信頼にも悪影響が出ている。このことは、2日間の反日抗議行動を経た9月17日に『日経中国関連株50』(中国で広くビジネスを展開している企業からなる)の指標が前取引日よりも0.3%下がったことに現れている。」と付け加えた。

メイプルクロフト社のリスクアナリストらは、こうした騒乱が長引けば、日系企業だけではなく中国に投資する海外企業全般が影響を受け、結果的に中国のビジネス環境そのものが損なわれることになりかねない、と警告している。9月18日にあらたに暴力的な抗議行動が起こったことで、格付け機関の「フィッチ」は、尖閣諸島を巡る領土紛争が今後もエスカレートしていくようであれば、日本の自動車・技術産業が圧力に晒されることになるだろう、としている。また「フィッチ」は、日産(26%)、シャープ(20%)、ホンダ(20%)、トヨタ(10%)のように、海外市場からの収入の大きな部分を中国に依存している日系企業は、金融面の悪影響に関して高いリスクを有していると指摘している。

また同リスクアナリストらは、今回の日系企業を標的とした攻撃が、他国系列の企業や外国組織にも波及効果を及ぼしている点に着目している。例えば、今回の一連の暴動では、広州にあるイタリア公使館の車両が攻撃されたり、日系企業とは関係ない小売店が破壊されたりしている。

流動的な中国の政治状況

またメイプルクロフト社は、「2012年10月に10年に1度の権力移譲という政治的にデリケートな時期を控えている中国政府にとって、社会的安定を維持するためには、民衆のナショナリズムを注意深く抑制することがきわめて重要な課題になっている」と指摘したうえで、「中国政府が今回の一連の反日抗議活動に暗黙の了解を与えた背景には、中国自身が抱えている国内の社会経済的諸問題(貧富の格差や共産党当局の腐敗問題など)や今年初めに発生した薄熙来氏に関する政治スキャンダル(時期最高指導部入りが有望視されていた元重慶市共産党委員会書記が重大な規律違反があったとして突然失脚した事件:IPSJ)が影響している可能性がある。」と分析している。

日本政府による尖閣諸島国有化に先立って、日中両国の活動家が領有権を主張して島への上陸を図った。尖閣諸島の領有を巡る緊張関係が高まり、それに比例して国内の反日感情が急速に強まるなか、明らかに中国政府には、民衆のナショナリズムをガス抜きする以外にほぼ選択肢はなかった。中国共産党にとっては、重要な権力移譲期を目前に控えて、社会的安定を維持することこそが、最大の課題だったのである。

メイプルクロフト社の分析では、今回引退する中国指導部は、自らの政治的遺産を残す観点から、日本の挑発的行為に対して弱腰とみられることを嫌っている、と見ている。事実、中国主導部の弱腰を非難する批判が、ソーシャル・ネットワークにすでに表れている。

他方で、野放図なナショナリズムとそれに伴う暴力を容認することは諸刃の剣であり、習近平氏が継承するとみられる新指導層にとってもマイナスの影響をもちかねない。内外における権力基盤固めを進めねばならない時期にある習氏は、民衆のナショナリズムに押されて、日本に対する強硬措置を余儀なくされる事態は望んでいない。

またリスクアナリストらは、日本では、野田政権への国内的支持が弱く、一連の事態を受けて右派の影響力が拡大していることから、日本政府が尖閣諸島の領有を巡って妥協する可能性は低いと見ている。また今の時期は、野田政権が消費税の5%増税提案を巡って今年8月に提起された不信任投票を乗り切ってから、国内での支持調達に躍起になっている時期でもある。

野田政権は、尖閣諸島の領有を主張する中国に対して強い姿勢を取ることで、影響力を持つ右派の政治家や政治活動家らからの支持を得られるかもしれない。しかし、そうした支持が得られたとしても、野田首相が今年11月に予定されている総選挙後も続投できるかどうかは不透明である。

他方、中国政府にとっては、日本の政権が頻繁に交代するため、日本の対中政策を測り、前向きな外交戦略を構築することが難しくなっている。そして最近は、不安定な日本の政府がしばしば反中感情を利用して権力固めを行おうとし、日中関係がさらに不安定化する結果を招いているだけに、ますますそうである。

武力紛争の可能性は低い

メイプルクロフト社は、外交上の報復合戦が両者で続き、地域における企業活動を阻害する可能性があるとみている。しかし、全面的な武力紛争が起こる可能性は極めて低い。尖閣諸島のうち3島を購入し国有化したとの日本の発表に対して、中国は、自らの管轄下にあると主張する特定の海洋線を即座に引いた。

[領海を示す]座標が、日本政府による尖閣国有化2日後の9月13日に国連に提出された。この提出後、中国の漁業当局の船舶や海洋監視船が紛争海域において定期巡視の頻度を増している。

日本のメディアは、9月19日時点で、14隻の中国の非軍事法執行船舶が尖閣諸島周辺海域で巡視を行っており、同海域での中国海洋法執行船舶の数としては過去最大となっている。両国間での海洋摩擦のリスクが高まっていることの証左であり、同海域の漁業や石油・ガス採掘に影響を及ぼす可能性もあるとメイプルクロフト社のレポートは述べている。

またレポートには、「これまで尖閣諸島海域では、紛争の激しさゆえに、外国企業が共同石油・ガス探査を進めることができなかった。とはいえ、紛争の対象となっている島々は日米安全保障条約の対象であると米国が繰り返し表明していることから、中国も日本も、武力紛争の可能性を回避するためにも、外交努力を放棄することはないだろう。」と述べた。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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