この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】
ドイツの連立新政権は、ドイツの外交・安全保障政策の基盤を揺るがすつもりはない。新政権は、EUとNATOにおける信頼できるパートナーであり続けることを望んでいる。しかし、軍縮と軍備管理努力については重要なシグナルを送っている。177ページに及ぶ連立合意文書には、核兵器禁止条約(TPNW)に関する次のような一節がある。「核不拡散条約(NPT)再検討会議の結果に照らして、また、同盟国と密接に協議したうえで、われわれは、核兵器禁止条約締約国会議へオブザーバーとして(締約国ではなく)参加し、条約の意図に建設的に寄り添っていく」。これは、新しい、重要な考え方である。新政権樹立の前でさえ、米国、フランス、NATOは、彼らがTPNWになびいていると批判していた。NATO全般にいえることだが、ドイツのこれまでの安全保障政策の立場は、NPTのほうが重要度が高く、TPNWは蛇足であり、NPTに関する審議に混乱をもたらすというものだった。TPNWに反対する根拠は、ハイコ・マース前外相によると、ドイツは、「この世界における核弾頭の数を減らすことを目指して努力する」ために、NATOにおいて、また米国の同盟国として自国の影響力を行使することを望んでいるというものだった。(原文へ 日・英)
ベルリンの連立政権パートナーは、NATO、EU、そして安全保障専門家の間でTPNWがいかに微妙な問題であるかを分かっている。それが、TPNW会議でオブザーバーの地位しか求めない理由、また、NATOの核の概念において引き続き役割を果たしたいと連立合意文書に明記した理由の一つである。ドイツの立場を明確にするために、連立合意文書には、「欧米の同盟関係は中心的要素であり、NATOはドイツの安全保障の不可欠な部分である」とも記載されている。しかし、TPNWにおけるオブザーバーという立場は決して中立的とはいえない。なぜなら、2022年3月に初めて開催される会議の費用は、オブザーバーも負担しなければならないからである。
今までのところ、全ての核兵器保有国はTPNWを拒絶しており、条約締約国会議へのオブザーバーの地位を受け入れることも拒否している。NATOは自らを核同盟と呼んでおり、同盟の究極的な目標は核兵器のない世界であるものの、NATOの核抑止力は「最大限の抑止力」であると述べている。また、米仏の大統領が2021年10月にローマで会談した際に調印した共同声明では、各国の集団防衛における中心的要素として抑止力をさらに強化するという目標が繰り返し述べられた。
TPNWに関して欧州の意見は分かれている。欧州の4カ国、具体的にはオーストリア、アイルランド、マルタ、サンマリノは条約を批准している。ノルウェーはこれまでのところ、オブザーバーとして参加することを約束した唯一のNATO加盟国である。したがって、TPNWが受け入れられるためには、もう1カ国のNATO加盟国がオブザーバーの地位獲得を望むことが重要である。しかし、NATOに加盟するフランスと英国は核兵器を保有しており、EUに加盟する4カ国(ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ)とトルコは、NATOの核共有制度のもとで領土内に米国の核兵器を受け入れている。これは当然ながら、「いかなる状況においても、核兵器またはその他の核爆発装置を開発、実験、生産、製造、その他の方法で取得、保有、または保管しない」ことを締約国に求めるTPNWとは両立し得ない。
そのため、ドイツの核抑止力に関する他の二つの問題、すなわちドイツの核共有制度とドイツ領内に配備された米国の核兵器という問題は、TPNWにおけるドイツの立場と密接に関連している。ドイツのビューヒェル空軍基地には、約15発の米国製B-61 戦術核が配備されている。それらは、近代化される予定である。核共有制度では、緊急事態の場合、米空軍ではなくドイツ空軍がこれらの核爆弾を標的に落とすことを想定している。新政権の主要な代表者(緑の党出身のアンナレーナ・ベアボック新外相、社会民主党(SPD)のロルフ・ミュッツェニヒ院内総務)は、選挙運動中から、近い将来これらの核兵器を撤去することを求めている。
できないことを、どうやるというのか? 軍備管理と米国の核兵器の撤去については明確なシグナルを送りながら、核抑止力と完全かつ絶対的なNATO加盟国としての地位を固守するとは。それに加えて新政権は、「欧州の戦略的主権の拡大」を望んでいる。これは、エマニュエル・マクロン仏大統領が繰り返し使っている言葉である。マクロンは、欧州の独立性の強化とNATOへの軍事依存度の低下を訴えている。ドイツの新政権がドイツの核関与に関する決定を先延ばしにする余地はほとんどない。ドイツ連邦軍の核ミッションに使用されるトーネード戦闘機は老朽化している。トーネード85機のうち実際に運用可能なのは4分の1に満たない。核共有制度を継続するなら(政権がNATO加盟国という立場を疑問視したくないなら、継続は必須と思われる)、新たな戦闘機が至急に必要である。ドイツの前政権は、この任務のために米国製戦闘機を購入することを発表し、意思決定プロセスを進めていた。しかし、連立与党三つのうち二つ(SPD、緑の党)に強い反発が見られ、両党とも、ドイツ領内における米国の核兵器受け入れと、新たな核搭載可能戦闘機を調達する莫大な費用に反対している。しかし同時に、いささか理解しがたいが、新政権は「同盟内の公平な分担」を訴えている。簡単に言えば、GNPの2%という約束した目標を達成するための軍事費増額である。興味深い余談として、政府はこの具体的比率の軍事費にコミットすることを控え、代わりに外交、開発援助、防衛を合わせた支出を3%とする目標を掲げることを決定した。このような姿勢は、安全保障が軍事活動のみに依存するのではないというシグナルである。
ドイツがTPNWにオブザーバーとして参加する希望を発表したことで、核兵器の有用性に対する明確な疑念が表明された。しかし同時に、NATOとEUの重要な同盟国を疎外するわけにはいかない。もちろん、連立合意文書は確定事項ではなく、現実において成果を示さなければならない。しかし、安全保障政策の概念は完全に一貫しているとはいえない。なぜなら、そこには核政策に対する賛成派と反対派が入り交じっているからである。新政権は、統治のリアルポリティークだけでなく、緑の党の平和主義的伝統や社会民主党の反射的な軍批判を反映し、さまざまな方向に引っ張られているようである。その結果最も起こり得ることは、軍備管理や軍縮の重点化(願わくばイニシアチブをとり)、それと同時に(全ての選択肢を使えるようにするために)核兵器ミッションに対応できる戦闘機の調達である。また、特に米国やNATOからの(さらには、ロシアの軍隊とその意図を特に懸念しているポーランドやバルト三国といった東側諸国からの)批判を避けるために、軍事費の増額は起こり得る。
TPNW会議への参加意向を発表したことは、核政策への批判と疑問を表す明確なシグナルであり、それは他の国々にTPNWへの同意表明を促すことになるかもしれない。それは、パリ、ワシントン、ブリュッセルに警鐘を鳴らすシグナルでもある。近い将来、それが重要なシグナル以上のものとなるかどうかが分かるだろう。いずれにせよ、このドイツのイニシアチブについてはさらなる議論が交わされ、恐らくNATO内には混乱と動揺も生じると予想される。
ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRIの科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。
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