【ニューヨークIDN=セルジオ・ドゥアルテ】
10月のニューヨーク、(軍縮を議論する)第74回国連総会第一委員会は波乱の幕開けを迎えた。核不拡散条約2020年再検討会議に向けて、そして、軍縮関連の国連多国間機関での困難を暗示させるものだ。
一部代表団に対するビザの発給拒否を巡る論争のために、委員会の会期が始まってから2週間で、一般討論を終了させ、作業計画を採択することしかできなかった。代表らは激しい非難の応酬に陥り、ある時点では、作業を無期限延期しなくてはならないかに思えた。
妥協的手続き案がようやく見いだされて、議題に関する実際の討議が再開され、通常通りの決議採択へと進んでいったが、決議は繰り返しが多かったり、互いに矛盾を含んでいたりした。
第一委員会の2021年会期を別の場所で行うという前例のない提案が出されたが、圧倒的な差で否決された。多数の棄権(72カ国)は、加盟国の大部分が、2つの超大国の関係悪化を反映した論争から距離を置いたことを示していた。
今年初めには、国連軍縮委員会が同じような事情から通常の会期をもつのではなく非公式に作業を行うことを余儀なくされ、2020年NPT再検討会議の第3回準備委員会会合で厳しいやり取りと対立が見られたことを想起しておかねばならない。一部の主要国間の敵対的な空気が、国際の安全と軍縮問題を扱う二国間・多国間機関の機能不全の固定化と悪化の主たる要因だと言えるかもしれない。
加盟国の間の激しい非難の応酬には、第一委員会とは関係のない問題に関するものも含まれていた。しかし、それに続く実質的議題に関する討論は、核兵器に依存する国々と世界のその他の国々との間のアプローチの違いが相も変わらず明白であることを示した。
軍縮分野における合意の多国間枠組みの将来に対して、全般的な懸念が高まっている。核兵器国の同盟国の一部を含めた多くの加盟国が、崩壊しつつある軍備管理・不拡散体制に関する懸念を表明している。とりわけ、弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約や中距離核戦力(INF)全廃条約の失効がそうであり、同じような運命がイランとの包括的共同行動計画や新START条約にも降りかかるかもしれない。これらの加盟国は、規範を基盤とした国際プロセスへの信頼を取り戻す措置をとるよう訴えた。既存の国際法の効果と妥当性に対する疑いが強まれば、合意済みの原則や協議済みの合意が、大国による他を無視した一方的決定に取って変わられる傾向が益々強まる事態を招きかねない。
第一委員会で、「核戦争には勝者はなく、決して戦われてはならない」とするレーガン=ゴルバチョフ時代の格言を再確認する緊急の呼びかけがなされた。また、一部の国々は、包括的核実験禁止条約(CTBT)発効の必要性を強調するとともに、核兵器禁止(核禁)条約の署名・批准プロセスの進展について言及した。他方、一部の国々は、核禁条約はNPTと矛盾しそれを毀損するものであるとの主張を繰り返して、同条約に対する反対を表明した。
2020年の第10回核不拡散条約再検討会議で全会一致の成果を得ることの重要性も討論で取り上げられた。再検討会議は、国際の平和と安全のための主要な多国間枠組みとして、NPTの目標の再確認を促進する場だと一般には見られている。数人の発言者が、「NPTはまだ約束を果たしていない。」としてきた。
そのうちの一人は「NPTという文脈の下で核兵器なき世界を目指すという全般的な目標は数十年も達成されていない。」と述べ、また別の一人は「核兵器の完全廃絶というNPTの究極の目的は、核戦力を強化、近代化し、核兵器使用の敷居を下げる計画が発表されるなかで、かすんでしまった。」と語った。
実際、NPT採択以来、49年以上が経ち、9回の再検討会議で成果があがったりあがらなかったりしたことは、NPTがその約束を果たす能力への信頼感が広く欠如していることを示している。こうした状態が長引けば長引くほど、協定としてのNPTに対する疑問符が付されるようになり、それが持つ核不拡散上の利点にも関わらず、核兵器保有国がその核戦力を正当化し、その永久的な保有を正当化する手段だとみなされるようになってきている。一部の側面に関するものだけではなく、あらゆる条項が履行され効果的に尊重されるようにする措置が、緊急に求められている。再検討会議は、この任務を果たすのに適切な場である。
NPTは、冷戦期の米国とソ連との間の緊密な協力の結果として生まれたことを頭に入れて置かねばならない。相互の不信と敵対にも関わらず、核兵器の拡散をできるだけ少数の国にとどめることへの共通の利益が勝ったのである。両国は協議を行い、18カ国軍縮委員会にNPTの草案を提出した。両国は、委員会の共同議長として、草案が通過するよう会議を運営し、採択のために国連総会に送った。両国の継続的なリーダーシップが、NPTの強さと安定のために必要な要素となる。
この関連で、NPT上の5つの核兵器国が、NPTへの信頼性を強化しうる共通の提案を出すことができず、世界全体に影響を及ぼす安全保障問題の多国間での取り扱いを再活性化できてこなかったことは、非常に残念だ。非核兵器国はNPTをあきらめるべきだという望ましくない提案が、こうして一部の学者らから発せられることになる。
NPTは歴史を通じてその強靭さを証明してきた。たしかに、ジョン・F・ケネディ大統領が1961年に恐れたように、NPTの誕生が核兵器の拡散を防いできた唯一の理由とはいえない。しかしながら、核拡散をごく少数の国々に留めてきた点は称賛に値する。条約の採択を勧告した1968年の決議2373の採決にあたって国連加盟国の4分の1が反対あるいは棄権したという事実に現れているように、国際社会の多くの構成国がNPTに対して抱いていた初期の疑いやためらいは徐々に解消し、NPTは軍備管理分野において最も加盟国の多い条約になったのである。1995年には無期限延長という試練を乗り越えたが、今の時点からみてみると、非核兵器国は、条約第10条2項に規定されている25年間の延長という形で外交上のテコを得た方が賢明だったかもしれない。
核軍備管理と軍縮の分野における現在の悲観的な空気が2020年NPT再検討会議にどのような影響を与えるかについて、相当の不安がある。多くの当事者が、2回連続で会議が失敗に終わることの負の影響を案じている。幸いにも、第3回準備委員会会合は、必要な手続き的決定に合意し、次の再検討に向けた実質的な非公式協議が行えることになった。
2020年再検討会議の議長に就任する予定だったラファエル・グロッシ大使が天野之弥・国際原子力機関(IAEA)事務局長の逝去を受けて同職に選出されたため、その代わりを見つけるための協議が行われている最中だ。実質的な問題については、第3回準備委員会会合議長の要約的結論が、前進の基礎として有益なものを提供してくれている。
軍拡競争の再来と、それが宇宙やサイバー空間に広がりつつある現状、それに、新しくより脅迫的な戦争技術開発の見通しは、NPTの多くの加盟国にとって根底的な不安となっている。あらたな運搬手段が探知不能な場所から発射され、核兵器を搭載して、音速の数倍の速さで、わずか数秒で標的に到達するという状況に直面して、防衛システムが突如として機能不全に陥り無力化する状況を想像するのは困難なことではない。
そうしたシナリオにおいては、現在の核抑止ドクトリンの価値は消滅してしまうだろう。皮肉なことに、そうした技術の開発が近い将来、この問題に対する解決策を提供することになるかもしれない。すなわち、完全なる破壊と、攻撃を受けた国で反撃のボタンを押す人間が不在の状況の下で、人工知能が自動的に報復核戦力を発動し、敵と、そしておそらくは世界全体を絶滅させる、というシナリオである。
近代核兵器の巨大な破壊力を考えれば、「相互確証破壊」は「一般的確証破壊」と言い換えられるべきだろう。すなわち、私たちが知っているような人類文明は、地球上から一掃されうる、ということだ。人間の愚かさが、これまた別の人間の愚かさの産物である野放図な気候変動が数十年かけて成しうること(=人類の絶滅)を、わずか数分で成すことになるのだ。
こうした不吉な現状を反転させるのに、遅すぎることはない。先見の明を持ったリーダーシップ、とりわけ最も多くの核を保有する国からのそれが緊急に求められている。米国とロシアは対話と建設的な協力を再開して、冷戦期ですら可能であった核戦力の大規模な削減に取り組むべきだ。さらなる削減を交渉・合意し、核兵器そのものの廃絶を導くべきだ。他の核兵器国は、手をこまねいて見ているのではなく、世界の安全保障環境の改善に対する責任を果たすべきだ。国際社会全体は、軍縮の公約履行を促進し、現在の行きづまりを打開する解決策を見つけ、多国間の軍縮機関で協議を行うよう、積極的な取り組みを行うべきなのだ。この点で、市民社会と世論からの激励と支援が肝心である。
核軍縮の方向に向けた建設的なイニシアチブが、122カ国が核兵器禁止条約を交渉・採択するという形で2017年にやってきた。国際社会は、同条約とNPTが両立可能かという点に関して不毛な議論に興じるよりも、両者の相補的な側面を強化して、すべての大量破壊兵器のない世界という高い目標の達成に向かわねばならない。
すでに述べたように、「核戦争には勝者はなく、決して戦われてはならない」とNPT再検討会議が厳粛に宣言することの重要性が、2019年の国連総会第一委員会でも強調されていた。NPTに盛り込まれた核不拡散、原子力の平和利用、核軍縮という目標へのコミットメントを全ての加盟国が再確認することは、より具体的な合意に向けた望ましい出発点になるだろう。
たとえば、米国とロシアは新STARTの5年延長に合意して、核戦力のさらなる削減に向けたあらたな協議の土台を作ることも可能だ。また、NPT上の5つの核兵器国は、(a)核兵器やその他の戦争手段における技術的手段の凍結を約束する、(b)計画的であれ偶発的なものであれ、核紛争のリスクを減じることを目的としたあらたな信頼醸成措置を交渉し採択することに合意する、(c)既存の提案に関する実質的協議を始めることによって、とりわけジュネーブ軍縮会議などの国連の軍縮諸機関の再活性化を図る、といったことも可能だろう。加えて、NPT再検討会議は、包括的核実験禁止条約(CTBT)発効の重要性を、NPTの目標実現の一部として取り上げることもできる。
NPTは多国間軍備管理枠組みとして重要な位置を占めている。欠陥はあるものの、現在の国際的な岐路にあって必要なものだ。NPTは、拡散を防ぎ、原子力の平和的利用に対するすべての国々の権利を認め、核兵器廃絶の約束を保つことに成功してきた。さらに、NPTは、核軍縮に向けて誠実に努力することを核保有国に法的に義務づけている唯一の法的文書である。すべての加盟国が、再検討会議において、NPTの能力を完全に活かし、核兵器なき世界への道を切り拓くとの国際社会全体の長年にわたる望みを前進させるべく、努力を傾けることが肝要だ。(原文へ)
※セルジオ・ドゥアルテ氏は、パグウォッシュ会議議長で、元国連軍縮問題上級代表。
INPS Japan
This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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