地域アジア・太平洋「テロとの戦い」に懐疑的なアジア

「テロとの戦い」に懐疑的なアジア

【シンガポールIDN=カリンガ・セネヴィラトネ】

ワールド・トレード・センターや国防総省(ペンタゴン)が攻撃され、米国が「テロとの戦い」を始めてから10年、数多くの社説や論評が書かれてきた。大半の米国メディアは、とくにオサマ・ビンラディンが殺害されて以降、「テロとの戦い」に勝利しつつあるとのペンタゴンのメッセージを代弁しているが、アジアの新聞はこうした議論に乗っていないようである。

バングラデシュの『デイリー・スター』紙は、「米国は、対アフガニスタン戦争、続いてイラク戦争における一連の行動を通じて、露骨な単独行動主義の時代が到来したことを世界に印象付けた。こうした事態の中、国連は、世界唯一の超大国である米国の政治目標を単に是認する機関として利用された。そしてこの傾向は、残念ながら今回のリビア内戦への多国籍軍介入に際しても見られた。成功という言葉で、米国本土に大きな攻撃がないことを意味しているとするならば、たしかにそれは成功と言えるだろう。しかし、米国が明らかに安全になったからと言って、それは世界の安全を意味するわけではない。この10年間、テロを抑えるのではなく、むしろ、かつてなかったところにイスラム過激主義の勃興を招いてしまった。」と報じている。

War on Terror Photo:IDN

 同紙はまた、「従来より小規模な宗教グループが『反米』感情からアルカイダとの提携関係を深めつつある。こうした過激派は少数であるが、イスラム世界の大半はこの点について沈黙を守っている。」

タイの『バンコク・ポスト』紙は、もし世界がより安全な場所になったかどうかを「テロとの戦い」の成功の基準に据えるならば、米国の政策は逆効果だと論じている。通信と諜報が発達して、いくつかの攻撃計画を事前に阻止したかもしれないが、米国はアフガニスタンでの戦争を勝ち抜くことができなかった。

事実同紙は、ブッシュ大統領が2001年段階でビンラディン容疑者の第三国への身柄引き渡しを提案したタリバン政権との交渉を拒否した(その結果、ビンラディン容疑者は国外に逃れてしまった)点を挙げ、オバマ政権も(再びタリバンとの交渉を拒否することで)同じ過ちを犯そうとしているように思えるとして、「アフガニスタンにおける戦争を終わらせる唯一の方法は、タリバンとの交渉以外にないようだ。」と報じた。

また、「イラクやアフガニスタンで戦争が行われる中での民衆蜂起、市民の権利の停止、数万人にのぼる夥しい市民の死は、「常の戦争はあくまで最後の手段であり、その他の政策を追求するための手段として使われるべきではない」いう教訓を明らかにした。」と論じている。

ネパーリ・タイムス』紙のコラムニストであるアヌラク・アチャルヤは、「米国がより安全になったとは言えない。なぜなら、米国はテロリズムの背景にある原因を理解しようとしてこなかったからだ。」と論じた。米国はテロとの戦いを世界規模で先導したことで、経済破綻と今日の政治的麻痺状態を招くこととなった。

「米国が世界のどこにでも軍を配置し、その行動が招く結果を気にしなくて良かった時代は昔のことである。もし米国が相手を服従させる手段として暴力を長らく独占してきたとしたら、それに終止符を打ったのが非国家勢力の興隆ということになるだろう。もし大国がグローバリゼーションを悪用して遠く離れた地の人々の生活を侵害するようなことをしてきたとすれば、それに反発する勢力は、世界中で反撃する同様の能力を開発してきたといえよう。たとえ米国製巡航ミサイルがきちんと制御されたものであったとしても、外交方針そのものが誤ったものだったとしたら、意味がないのである。」とアチャルヤ氏は述べている。

強硬な態度よりも妥協を

リナ・ヒメゼズ-デイビッドは、『フィリピン・デイリー・インクワイアラー』紙で、9・11の結果として、代理戦争がフィリピンのような国に輸出されてしまったと嘆いている。「このような状況下では、平和を口にしたり、他の状況を構想することが難しくなってしまう。しかし、まさに9・11を心に刻むことによって、今とは違った生のあり方、つまり、紛争よりも協力、スタンドプレーより相互理解、強硬な態度よりも妥協を作り出す必要性に私たちは思いを致すようになるのだ。」

中国社会科学院アメリカ研究所の劉偉東研究員は、『チャイナデイリー』紙に寄稿した論文の中で、「2001年10月7日に(アフガニスタンに対する戦争と共に)はじまったテロとの戦いは、第一次世界大戦(191年7月28日~18年11月11日)と第二次世界大戦(1939年9月1日~45年9月2日)の合計よりも長く続いている。」と述べている。

「米国はテロリストに対して優位に立ったように見えるかもしれないが、実際は膠着状態にあるのが現状である。なぜなら新たなテロ指導者が次から次へと現れており、彼らは最新のコミュニケーション手段を駆使して、欧米諸国に『トロイの木馬』を醸成すべく『電脳戦争』を仕掛けている。」劉氏は、ビンラディン容疑者は10年前にメディアに対して、9・11同時多発テロが米国の経済成長を破壊することを望むと語った点を指摘した。

「オバマ大統領は今年、米国政府は過去10年の『テロとの戦い』に1兆ドルを費やしたと語った。一方、ブラウン大学が発表した研究報告書によると実際の戦費は3.7兆~4.4兆ドルにのぼると見られている。」

敗者と勝利者

シンガポール国立大学リー・クァンユー公共政策大学院のキショール・マブバニ院長は、シンガポールの『ザ・ストレーツ・タイムス』紙に寄稿した論文の中で、9・11同時多発事件から10年後の影響について、3つの短い表現(①米国は無駄な10年を送った、②中国は実のある10年を送った。③世界は人類を一つにする貴重な機会を逃した。)に集約できると記している。

「過去十年は中国にとって最高の十年だっただろう。中国はこの10年間、毎年ほぼ10%の経済成長を果たし、諸外国との貿易関係を飛躍的に伸ばした。そして2008年には外貨準備高が世界一となった。」「中国は、果たして米国の破滅的な外交政策から恩恵を受けただろうか?その答えは単純にイエスだ。米国が戦争に忙殺され国防費を膨張させていった一方で、中国は自由貿易協定の締結に忙殺された10年だった。その結果、中国は世界中の国々との善隣関係を築くことに成功したのである。そして2006年、中国が中国-アフリカサミットを招集した際、事実上全てのアフリカ諸国の指導者が出席したのである。」とマブバニ院長は指摘した。

ある米国人から中国の従弟への便り

シャンハイ・デイリー』紙は、「ある米国人から、中国に住む彼の従弟への手紙」という形式で掲載したやや皮肉を込めた記事の中で、米国がこの10年間にいかにしてそれまで大切にしてきた価値観を失ったかを指摘している。

「今日米国に生きるということは、新しい規範を受入れるということだと、残念ながら言わねばなりません。まず何よりも、自由の権利が急速に後退しまいました。この国で苦役する不法移民を大量に強制送還することが新しい規範になってしまいました。その結果、夫や妻や子供が取り残され生活が壊されることなど当局は気にも留めません。ビザを取得している移民でさえ、不公平な扱いに直面しています。有罪となれば、それが些細な罪であったとしても、強制送還の対象とされてしまうのです。」と手紙は綴っている。

さらにこの手紙では、ある典型的な強制送還の事例が紹介されている。つまり、道で立ち小便をした建設労働者が、猥褻物陳列の罪でカンボジアに送還されてしまったというケースである。しかしこの移民は、小さいときに出てきた故郷のことをまったく知らない。それどころか、妻と子どもを米国に残したまま追放されてしまったのである。

「権利の後退は移民に限ったことではなく、全ての市民に及んでいる。」と手紙は指摘している。「権利の後退はゆっくりではあるが、核心部分において確実に起こっている。それが最も明確に表れているのが全米各地の空港である。そこでは何気ない会話であっても、批判じみた言動が、国外退去処分を受ける理由となりかねないのです。このような新しい米国では、だれもが自身の言動を控え、近所の人々の言動をチェックするようになってしまいました。もし米国がかつて自由と民主主義のためにあったというのであれば、今日の米国はいったい何のためにあるのか、私にはわからないのです。」と手紙の主は、中国の従弟に記している。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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