【INPSパリ=A.D.マッケンジー】
今年のアカデミー賞作品「それでも夜は明ける(Twelve Years a Slave)」の大ヒットによって、多くの人々が奴隷制の残虐さに目を向け、世界史におけるその時代について議論がなされるようになった。しかしこの映画は、大西洋を挟んで400年間に亘って行われた奴隷貿易についての「沈黙を破り」、それがもたらした今日まで続く歴史的な帰結に「光を当てる」多くの取組みの一つに過ぎない。
今月パリで20周年を迎えた「奴隷の道プロジェクト」(国際連合教育科学文化機関〈ユネスコ〉文化越境事業)もそうした取組みの一つで、世界各地の学校で奴隷制と奴隷貿易に関する教育の普及を推し進めている。
ユネスコ文化局で「奴隷の道プロジェクト」を担当しているアリ・ムーサ・アイエ氏(対話のための歴史と記憶課長)は、「奴隷制と奴隷貿易の歴史について、国際社会がせめてできることは、教科書に明記することです。奴隷制がもたらした帰結に苦しんでいる人々に対して、この歴史を否定することはできません。」と語った。
このプロジェクトは、奴隷制と奴隷貿易の犠牲となった数百万人にのぼる人々を追悼するために国連本部で建設が進められている記念碑「Ark of Return(帰還の方舟)」(2015年3月に完成予定)を後押しする動きの一つである。
ユネスコはまた、アフリカ系の人々が歴史的に被ってきた人権侵害に取り組むことを目的とした「アフリカ系の人々のための国際の10年」(2015年~2024)」にも関与している。「アフリカ系の人々に対する理解、正義及び開発」をテーマとした国連の10年は来年1月に正式に開始される予定である。
「この取り組みの目的は、罪悪感を生み出すのではなく和解を達成することにあります。」「私たちは、歴史から教訓を学び、自らの社会をより良く知るために、歴史をこれまでとは異なった、より多元的な視点から知る必要があります。」とムーサ・アイエ氏は語った。
彼は、中にはこうした取り組みの趣旨に疑問を呈し、むしろ奴隷制の遺産は過ぎ去った問題だと考えたい人々がでてくるのを承知している。ムーサ・アイエ氏は、「国際機関は、各加盟国に対して自らの過去の行為とその結果について調査するよう強く求めるうえで先導的な役割を担うことができます。」と指摘したうえで、「あらゆる種類の人々が奴隷制に苦しめられる一方で、あらゆる種類の人々が奴隷制から利益を得ました。それは今日の世界においても、多くの人々が、現代の奴隷制から利益を得ている構図と同じです。」と、語った。
ユネスコによると、「奴隷の道プロジェクト」の活動は、この問題を国際的な関心事に高め、2001年に南アフリカで開催された『人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容に反対するダーバン世界会議』で、奴隷貿易と奴隷制が『人道に対する罪』と位置付けられるうえで重要な役割を果たしたという。
また同プロジェクトでは、奴隷制と奴隷貿易の実態を伝える記録や伝承の収集・保管、関連著作の出版支援、歴史的遺跡や記憶のための場を特定する活動等を通じて、「記憶の道程(Itinerary of Memories)」を打ち立てようとしている。
一方、多くのアフリカ系の人々にとって、奴隷制の遺産に関する認識を高めるための一層の取組みが必要とされている。旅行会社「ブラック・パリ・ツアー」を経営しているアフリカ系アメリカ人実業家で、在外アフリカ人がパリに残した貢献に着目しているリッキー・スティーブンソン氏は、IPSの取材に対して、「今日の社会に依然として根強く残っている奴隷制の影響について、各国において、そして国際的な議論がなされるべきです。」と語った。
「私たちは、人々の命が奪われ、投獄され、個人の権利や教育を受ける権利が否定される全ての国々において、黒人のみならずあらゆる人々が引き続き人種差別の犠牲になっている現実について、沈黙を破らねばなりません。米国、フランスをはじめ全ての欧州諸国は、数百万人のアフリカ人を残虐で非人道的な方法で拉致し奴隷化することによって、想像を絶する規模の富を得たのです。」
「これらの国々は、アフリカ人奴隷の強制労働の上に富を成し、都市を拡張し、経済を発展させました。その一方で、奴隷にされた黒人は、あらゆる基本的人権を剥奪され、動物以下の扱いを受けたのです。今日私たちは、ウォール街の富や多くの大手企業、保健会社、海運会社、銀行、民間の一族や教会までもが、かつての奴隷制と何らかの関わりを持っていること学んでいます。
スティーブンソン氏は、「中には奴隷制の遺産が今日にも息づいているなど理解しがたいと考えている人がいることは知っています。」と指摘したうえで、「米国で暮らしたことがない人が、その国で黒人として生きることがいかに困難な難題であるかを理解できるとは思えません。(人種差別は)全ての黒人男性、女性、そして子どもたちが人生のどこかの時点で直面したか、或いはこれから直面せざるを得ない日常生活の恐ろしい一部なのです。」と語った。
一方、政治批評家らによると、フランスでは、国粋主義の台頭を背景に、人種差別主義や排外的な文化が広がりつつあるという。例えば、奴隷制を人道に対する罪と認定した2001年の法律「トビラ法」の制定に尽力したクリスチャーヌ・トビラ司法大臣は、ソーシャルメディアや一部の出版物による人種差別的な描写の標的となっている。
「奴隷の道プロジェクト」20周年記念式典で演説したトビラ司法相は、彼女の闘争は「憎しみ」との戦いだとしたうえで、今日国際社会が直面している課題は、搾取のために人々を分断している世界的な要因を理解することです、と語った。
トビラ大臣はまた、「私たちはこの種の非人道的な行為を、受入れることはできません。」と指摘したうえで、「無名の犠牲者らは、単なる犠牲者だったのではなく、圧倒的な暴力に苦しみながらも「その時代を生き抜いた人々であったり、文化の創造者や芸術家であったり、抵抗運動に身を投じた人など、様々な人がいたのです。」と語った。
またフランスでは、一部の地方自治体や個人が、文化や記憶プロジェクトを通じて、大西洋奴隷貿易においてかつてフランスが果たした積極的な役割に焦点をあてる活動を進めている。またフランス北西部の港町で18世紀に奴隷貿易で繁栄したナントでは、2012年に奴隷貿易の犠牲者を追悼する記念碑が建設された。
歴史家によるとフランスが関与した奴隷貿易の4割(約45万人)は、当時アフリカから強制連行した奴隷をアメリカ大陸各地に送り出すための積替え基地として機能していたナントの港を経由したという。しかし、奴隷制廃止の記念碑設立につながった「沈黙を破る」運動が活発になるまで、奴隷制で潤ったナントの過去の歴史については、長年にわたってひた隠しにされてきた。なお、英国ではリバプール市が国際奴隷制度博物館(2007年)を、そしてカタールとキューバも奴隷制の歴史をテーマとした博物館を設立し、ユネスコとの提携プロジェクトを進めている。
「奴隷の道プロジェクト」のスポークスマンを務めているジャズ音楽家のマーカス・ミラー氏は、音楽を使って人々に奴隷制の問題について考えてもらう機会を提供している。アフリカの音楽家らとのコンサートをパリで開催予定のミラー氏は、IPSの取材に対して、「奴隷になることを強制された人々と、数世紀に及んだ残虐行為に終止符を打とうと彼らと共に奴隷制と闘った人々が示した抵抗と粘り強さに焦点をあてていきたい。」と語った。(原文へ)
翻訳=INPS Japan
This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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