【ムババネIPS=マントー・ファカティ】
生後6週間の自分の息子に微笑みながら母乳を与えるリンディウェ・ドゥラミニさん(38)は、その子の将来について楽観的だ。
HIV陽性のドゥラミニさんは、自分の赤ちゃんをエイズに感染させないと固く心に誓っている。彼女には子どもが3人いるが、最初の2人を身籠った頃はHIV陰性だった。しかし昨年11月の時点では、健康な3人目の子どもを出産できたものの、彼女自身は既にエイズに感染しており、抗レトロウィルス(ARV)療法を受けていた。
現在ドゥラミニさんは、妊婦健診の際に受けたアドバイスに従って、6か月の間、赤ちゃんを母乳のみで育てる育児を実践している。彼女は、母乳が人口調合乳(粉ミルク)よりも栄養価が高く母体由来の抗体を含んでいることを知っている。
「私は失業中だから、母乳で育てるのが一番経済的です。でも、病気のことを考えると当初はこの育児法が正しい方法なのか自信が持てなかった。」とドゥラミニさんはIPSの取材に対して語った。
国連合同エイズ計画(UNAIDS)によれば、母親が抗レトロウィルス療法を受けていない場合、HIV母子感染の約半分のケースが、母乳によるものだという。
2013年UNAIDS報告書によると、スワジランドでは2009年から2012年までの間に、幼児のHIV新規罹患率が38%減少しているが、HIV陽性の母親の7割が依然として、母乳期に母子感染を防ぐ抗レトロウィルス療法を受けていない。
スワジランドは世界で最もエイズが蔓延した国で、15歳~49歳の国民の26%がHIVに感染している。
ドゥラミニさんはかつて家政婦の仕事をしていたが、妊娠が分かると辞めざるを得なかった。今では一家の生活は建設作業員の夫の収入にかかっている。粉ミルクは1缶900グラム入り(1か月分)が130エマンゲラニ(約1350円)するため、家計にとっては大きな負担となる。
ドゥラミニさんは上の2人の子どもについては何の不安もなく母乳で育てたが、3人目についてはジレンマに遭遇していた。「私にとって最悪の事態は、わが子にHIVを感染させてしまうことでした。」とドゥラミニさんは語った。
そんな時、救いの手がNGO「母から母へ」で働くある母親から差し伸べられた。ジャブ・ムカリフィさんは、自身もHIV陽性の母親であるが、3歳の娘を母乳のみで育てた経験をもとに、妊娠中の女性の不安を和らげる活動をしている。
「赤ちゃんにエイズをうつしたい母親なんていません。」というムカリフィさんは言う。ドゥラミニさんもそうだが、彼女のアドバイスを受けた女性たちは、同じ境遇で赤ちゃんを無事育て上げた彼女の経験を追体験することで、当初の不安を解消し、母乳のみの育児法を受入れている。
しかし、このアフリカ南部の貧しい国(=スワジランド)では、「エイズ感染者の母乳による育児は危険」との考えが依然として根強い。「人口保健統計」最新版によると、母乳のみで育てられている生後4~5か月の赤ちゃんの割合は、全体のわずか17%に過ぎなかった。
さらに、混合授乳(母乳と粉ミルク併用による授乳)の平均期間が17カ月であることを考えると、HIVに感染する機会は多い。
スワジランド幼児栄養アクションネットワーク(SINAN)代表のぺルシ・チペペラさんは、同国のこうした傾向について、1990年代に母乳による授乳がHIV感染を引き起こすとした発表がなされ、HIV陽性の母親が母乳を幼児に与えないよう求められた過去との関連を指摘した。
チペペラさんは、「当時、多くの子どもが下痢や栄養失調で命を落としました。」と指摘したうえで、「ただし死因の中には、哺乳瓶を準備する際の衛生管理が不十分で胃腸感染症を引き起こしたと疑われるものもありました。粉ミルクを買う余裕がない家庭が多い中で、病状が悪化し栄養失調を引き起こしたと考えられるのです。」と語った。
その後2005年になると抗レトロウィルス療法が導入され、かすかな希望の光がさしてきた。この療法により母体内のウィルス量を大きく引き下げれるため、母乳のみによる授乳を適切に行えば、母子感染のリスクを回避することが可能になったのである。
母乳は、体温の状態で与えられれば、赤ちゃんの繊細な消化器官の内粘膜を傷つけることはない。一方、熱い食べ物を与えると、内粘膜に非常に小さな傷をつけ、そこからウィルスが侵入するリスクが生じる。
母乳育児の奥深さ
国際連合児童基金(ユニセフ)、SINAN、及びスワジランド保健省は、生後6か月は赤ちゃんを母乳のみで育てる「母乳育児」を推奨している。
しかし多くの母親たちにとって、母乳のみの育児を実践することは難しい。せっかく母親が母乳で育てようとしていても、周りの親族の女性たちが赤ちゃんは母乳だけでは満足しないと補助食やハーブ茶などを与えてしまうことがあるからである。
UNICEFのエイズ専門家フローレンス・ナルインダ‐キタビレ氏は、「こうした慣習は母乳に対する理解が乏しいことに起因しています。」と語った。
ナルインダ‐キタビレ氏は、「母親は、例えば、授乳時は完全に母乳を飲みきるまで、赤ちゃんを乳房から引き離してはならない、等の知識を学ばなければなりません。母乳育児には学ぶべき多くの知恵があります。私たちは、母親のみならず家族も教育する必要があるのです。」と語った。
例えばよくある失敗は、赤ちゃんが乳液(=前乳)を飲み終えたとたんに、後乳を与えないまま乳房から引き離してしまうことである。後乳には赤ちゃんに大事な栄養源である脂肪分が多くふくまれているので、本来授乳は後乳まで飲ませるべきなのである。
「スワジランドで母乳による育児をする母親が減少したのは、エイズの流行によるところが大きいですが、他の要因にも目を向けなくてはなりません。」とナルインダ‐キタビレ氏は語った。
その一つ要因は、スワジランドに限定された問題ではないが、「母乳のみによる育児はHIV陽性の母親がすること」という誤解である。ナルインダ‐キタビレ氏は、「母乳は赤ちゃんの健康にとって良いものだから、母親がHIV陽性か否かに関わらず、全ての赤ちゃんが母乳で育てられるべきです。」と力説した。
2010年スワジランド多指標集団調査によると、母乳のみで育児を行っているスワジランドの女性が、実際にそれを実践している期間は僅か3ヶ月に留まっていた。
その理由の一つは、スワジランドでは、母親が出産後12週間で職場復帰しなくてはならないからである。国際労働機関(ILO)は、母性保護条約(2000年:スワジランドは未批准)の規定に基づいて、母親には少なくとも14週間の出産休暇を与え、雇用主は授乳期間中の幼児を抱えた母親を支援するよう呼びかけている。
もう一つの要因は、粉ミルクを母乳に代わる優れた代用品と喧伝する補助食メーカーによる激しい販売攻勢の影響である。スワジランド政府は、粉ミルクの販売における虚偽の主張を取り締まるとともに、粉ミルク缶のラベルに「母乳で育てるのがベスト」であると現地のスワジ語で告知することをメーカー側に義務づける公衆衛生法案を検討している。(原文へ)
翻訳=IPS Japan
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