【エルサレムINPS Japan=ロマン・ヤヌシェフスキー】
ユダヤ系市民とアラブ系市民の分断が深まるイスラエルで、教育を通じて共生社会の土台を築こうとする試みが続いている。ヘブライ語で「Yad be-Yad」、アラビア語で「Yadn be-Yadn」と呼ばれる教育ネットワーク「Hand in Hand」は、ユダヤ系とアラブ系の子どもたちが対等な立場で共に学ぶ、バイリンガルかつ統合型の教育を実践している。|英語版|ロシア語|

Hand in Hand(イスラエル・ユダヤ・アラブ教育センター)は、ユダヤ系市民とアラブ系市民が共に生きる社会の実現を目指して設立された、イスラエルでも特異な教育ネットワークである。
同組織は1997年から1998年にかけて、イスラエル系アラブ人教師アミン・ハラフ氏と、イスラエル系米国人教師リー・ゴードン氏の2人の教育者によって創設された。当初はエルサレムとガリラヤの2校で、約50人の子どもたちが学ぶ小規模な出発だった。
現在では、同ネットワークはイスラエル国内6地域―エルサレム、ガリラヤ、ワディ・アラ、テルアビブ・ヤッファ、ハイファ、クファル・サバ―で教育活動を展開している。6つの小学校、5つの就学前施設、2つの中学校、1つの高校を擁し、3歳から18歳までの2000人超の子どもたちが学んでいる。
各校は単なる教育機関にとどまらない。対話を促し、共に生きる市民社会の基盤を育む地域の拠点としても機能している。
創設者たちは、「Hand in Hand は、ユダヤ系市民とアラブ系市民のあいだで拡大する社会的疎遠と信頼の欠如という、イスラエルが抱える最も深刻な存立上の脅威の一つに立ち向かうために設立された。状況を変える鍵は教育にあると私たちは信じている。」と述べている。

両氏は、ユダヤ系とアラブ系の子どもたちが対等な条件のもとで共に学ぶ学校をつくることで、分断が固定化されたイスラエルの教育制度に一石を投じようとした。深い社会的亀裂と紛争の継続という現実のなかで、相互理解、平等、共生を育む場を教育の中に築こうとしたのである。
Hand in Hand は、創設以来、教育こそが社会変革の最も有力な手段の一つであるとの信念を掲げてきた。最初の学校はエルサレムに設けられ、両共同体の生徒、教師、家族が集う場となった。2023年には、英国の慈善家マックス・レインの名を冠する同校が、逆境を乗り越えた教育機関として表彰され、英国拠点の教育団体 T4 Education から「世界で最も優れた学校の一つ」と評価された。
バイリンガル教育と複眼的な学び

Hand in Hand の最大の特徴は、バイリンガルかつバイカルチュラルな教育方針にある。授業はヘブライ語とアラビア語の両方で行われ、両言語は等しく重視される。教室では、ユダヤ系とアラブ系の2人の教師が共同で指導にあたり、協働と平等の実践を子どもたちに示している。
こうした教育環境のもとで、生徒たちは日常的に両方の言語を聞き、話し、それぞれの文化に触れながら成長する。
カリキュラムもまた、ユダヤ系とアラブ系双方の歴史認識、物語、アイデンティティーを反映するよう設計されている。学校は難しい問題を避けるのではなく、歴史、帰属意識、紛争について率直に語り合うことを重視している。生徒たちは複数の視点に触れ、複雑な現実に敬意を持って向き合うための批判的思考力を養っていく。
平等もまた、この教育ネットワークの中核原則である。Hand in Hand は、ユダヤ系とアラブ系の双方が、学校環境のなかで代表性、発言権、影響力のすべてにおいて対等でなければならないと強調する。この考え方は教室にとどまらず、学校運営、保護者参加、地域活動にも及んでいる。どちらか一方が他方を従属させることのないよう、真のパートナーシップを制度として支えようとしている。
家庭と地域にも広がる共生の試み

同組織の理念を支えるもう一つの柱が、「共有社会」の構想である。学校は子どもたちを教育するだけでなく、家庭や地域社会のあいだに関係を築くことで、より広い社会に変化を促すことを目指している。
保護者たちは、共同活動や対話の場、地域づくりの取り組みに参加するよう促されており、その結果、生徒同士にとどまらない協力の輪が形成されている。
テルアビブ・ヤッファ校は、その象徴的な事例である。多様性を抱える一方で分断も根深い都市部に位置するこの学校は、社会経済的背景も文化的背景も異なるユダヤ系とアラブ系の家庭を結びつけている。学校は教育機関であると同時に地域センターでもあり、行事やワークショップ、対話プログラムを通じて社会的結束の強化を図っている。
Hand in Hand はまた、民主主義の価値と市民参加の重要性も重視している。生徒たちは、社会正義、人権、平等といったテーマについて議論するよう促される。さまざまな活動を通じて、主体的な市民として社会に関わる意義と、より包摂的な社会づくりに自らが果たしうる役割を学んでいく。
成果の一方で続く困難

もっとも、この取り組みは順風満帆ではない。政治的緊張、社会的反発、ときには学校や共同体に向けられた敵意ある行為にも直面してきた。それでも Hand in Hand は、理念を共有する教育者、保護者、支援者たちに支えられながら、着実に歩みを進めてきた。
同組織は長年にわたり、統合教育の先駆的モデルとして、イスラエル国内外で評価を高めている。卒業生たちは、分離された学校制度のなかで育った同世代と比べ、より高い寛容性、共感力、異文化理解を示す傾向があるとされる。多くの卒業生が、その後も共生を促進する取り組みに関わり続けている。
さらに Hand in Hand は、学校教育に加えて、ユダヤ系とアラブ系の成人同士の対話を促進する地域向けプログラムも展開している。そこには、リーダーシップ育成、文化行事、共同の市民プロジェクトなどが含まれる。学校の取り組みを社会全体へと広げ、長期的な変化につなげようという試みである。
イスラエル社会に横たわる深い分断を前に、教育だけで現実を変えることは容易ではない。それでも Hand in Hand の実践は、言語や歴史、記憶の違いを抱える人びとが、幼い時期から同じ空間で学び、対話し、共に生きる可能性を模索している点で、重要な意味を持っている。
ロマン・ヤヌシェフスキーは、イスラエルを拠点に活動するジャーナリスト、編集者である。中東情勢を専門とし、イスラエルの政治・安全保障、核政策、地域外交、共生社会の課題などについて取材・執筆を続けている。INPS Japan でも継続的に寄稿し、国際的な視点から地域の複雑な現実を伝えている。
This article is brought to you by INPS Japan in collaboration with Soka Gakkai International in consultative status with UN ECOSOC.

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