【IPSコラム=キャサリン・サリヴァン】
被爆者達の体験談を聞いて、マンハッタンのある高校生が「私たちの知っている世界が、いかに一瞬にして文字通り灰塵に帰してしまうという恐ろしい現実を思い知らされました。」と感想を述べた。
今日、核兵器の拡散は、世論の関心が遠のきつつある中で、引き続き進行している。また、1960年代や80年代に世界各地を席巻したような大規模な軍縮運動はもはや存在していない。それに代わって、今日では、核兵器の問題は一種のバックグラウンドノイズ(暗騒音)のような存在となっている。メディアには核問題を取り扱ったニュースがほぼ毎日登場し、かなり率直に報道されている。しかしこうした報道の中には、多くの視聴者・読者、とりわけ核兵器時代がもたらした明確なリスクについての知識をほとんど持ち合わせていない若い世代の人々の理解が及ばない深い意味も含まれている。
「核兵器のない世界」を実現するには、放射能が引き起こす暴力と核兵器がもたらす恒常的な脅威を十分に認識した庶民の存在が不可欠である。
報告書「軍縮および不拡散教育に関する国連の研究」が指摘している通り、国連加盟諸国は、将来の指導者及び市民に対する教育を、真剣かつ危機感をもって重視する必要がある。また教育者たちは、若い世代が核兵器問題に関心を持つよう、創意工夫すべきである。そのためには、例えば軍縮についての教育に止まらず軍縮のための教育を行うなど、思慮に満ちたアプローチが求められる。
コフィ・アナン前国連事務総長は、こうした教育こそ今後絶対に必要だとして次のように述べている。「軍縮と核不拡散の分野、とりわけ大量破壊兵器について、さらには、小型武器や国際テロリズムの分野において、今日ほど教育の必要性が求められたことはありません。冷戦の終焉以来、安全保障と脅威に関する概念が変化してきており、時代の変化に対応した新たな考え方を習得しなければならないのです。そしてそのような考え方は、現在教育と訓練を受けて育った世代から初めて生まれるのです。」
今でもなお、核兵器に関する基本的な事実関係を理解している学生は大変少なく、例えば世界に存在する23,000発の核兵器は、9カ国が保有しており、地球上の全ての生き物が存続の危機に晒され続けている事実を聞くと、驚きを隠せない反応をする学生がしばしばいるのが現状である。多くの人々が、核兵器は従来の通常兵器とは全く異質の存在であるという事実を認識していない。また、私たちは、核爆発が主に衝撃波、熱、火災、放射能を伴った想像を絶する破壊力を持つものであるという事実を気付かされる機会はほとんどないのが現状である。
核爆発から生じる強烈な光と熱は太陽内部の3倍にも達し、ファイヤーストームを引き起こす。それは周囲の酸素を奪い尽し、暴風が瓦礫を巻き込みながら勢いを拡大し、恐ろしい地獄絵図を現出する。スタンフォード大学のリン・エデン博士は、今日配備されている戦略核兵器の大半の平均サイズにあたる300キロトン級の核爆弾(広島に投下された核爆弾は15キロトン級であった)は、使用されれば、爆心地から半径64キロ~104キロにわたってファイヤーストームを生じさせ、「その中では事実上いかなる生物も生き残れない。」と述べている。
また教育者たちは、同じく誤解されていることが多い核兵器がもたらす放射能の影響についても正しい知識の普及に努める必要がある。放射性物質は自然界に放出されると数千年に亘って存在し続け、未来の世代に亘って、癌や遺伝子の突然変異を引き起こす。核兵器が使用されてかなりの年月が経過しても、被爆地にとどまり続ける放射能は静かに致命的な影響を周囲に与え続けるのである。核兵器の主な構成材料であるプルトニウムは、半減期までに実に24000年を要するのである。
多くの学生たちは、1945年の広島、長崎の原爆投下で被爆した後、今日も生存しておられる人々がいることを知らない。日本語では原爆攻撃を生き延びた人々のことを被爆者と呼ぶ。こうした被爆者の体験談に耳を傾けることは、若い世代の人々が核問題についてしっかりとした理解を持つうえで重要な一助となるだろう。被爆者から直接の体験談を聞くことで、学生たちは核兵器や放射能がもたらす例外的な危険を理解し始めるとともに、核時代に生きる私たちが日々直面している恐ろしい現実を把握できるようになるだろう。
このような緊急を要する(核時代の現実に関する)教育と理解が求められているのは、若い世代の人々だけではない。残念ながら、核兵器を「現実問題」として核の脅威との共存はやむを得ないと信じている大人たち、しかもその多くが政治的に重要な地位にある人々にこそ、こうした教育と理解が緊急に求められている。
最近は(将来における)核軍縮の重要性が議論され、核兵器の時代を終焉に導きうる国際的な法律や合意が存在するにもかかわらず、そうした議論や合意内容にある美辞麗句と現実の間には未だに途方もないギャップが存在している。例えば、これまでに核軍縮庁を設立した国があるだろうか?自国の核兵器廠の解体を計画する準備が整っている国は存在するだろうか?また、そうした最も崇高な作業に充てられる人員や予算はどうなっているのだろうか?
もし選択肢があるとしたら、私たちは、本当に地球上の万物の生命の灯を消し去れる力(=核兵器)を持った世界に生きたいだろうか?
人類が、広島・長崎で起こった現実に対する認識から遠ざかれば遠ざかるほど、偶発的或いは計画的であれ、再び核兵器を使用しかねないということを理解するのに、あえて大した社会分析を行う必要はない。近年大手メディアからは、「身近な屋内における迅速な避難措置(sheltering in place)で命は救える」といった問題の本質をすり替えた報道を耳にする。しかし核攻撃の危険を回避する唯一の方法は、核兵器の持つ本当の意味合いについて私たちが自らを教育し、核兵器を廃絶する他にないのです。
翻訳=IPS Japan浅霧勝浩
* キャサリン・サリヴァン博士は、軍縮教育家・活動家、国連軍縮局のコンサルタント。「被爆者ストーリーズ」代表として被爆者をニューヨークの高校に招聘して体験談を分かち合う活動を行っている。また、長崎の被爆者に関する2つの映画作品「最後の原爆」(2005年)、「最後の望み」(公開予定)がある。