イラン情勢の不安定化によって、日本の中東産原油への依存が改めて浮き彫りになるなか、日本はより強靱な供給網、代替的なエネルギールート、そして核軍縮をめぐる協力の強化を求めて、カザフスタンとの関係を深めている。
【東京INPS Japan=浅霧勝浩】
イランを巡る緊張が深まり、世界のエネルギー市場に不透明感が広がるなか、日本は改めて、自国が抱える構造的な弱点に直面している。中東産原油への高い依存である。
日本は長年にわたり、戦争や対立、混乱に繰り返し揺さぶられてきた地域から原油を輸入してきた。ホルムズ海峡とその周辺海域の安定が再び脅かされるなか、東京は供給源と輸送ルートの双方を多角化する動きを加速させている。そのなかで、カザフスタンはますます重要な協力相手として浮上している。
もっとも、日本とカザフスタンの関係強化は、石油、ウラン、物流だけにとどまらない。そこには、より深い歴史的・倫理的な次元がある。両国はいずれも核による被害の記憶を抱え、その記憶を対話、協力、そして平和を訴える基盤へと転化しようとしてきた。

日本が中央アジアへの関心を強めたのは、今回のイラン危機が直接のきっかけではない。2025年12月、日本は東京で「中央アジア+日本」首脳会合を開催し、「東京宣言」を採択した。そこでは、重要鉱物の供給網強化と輸送ルートの多角化が戦略的優先課題として打ち出された。
その枠組みは、その後さらに切迫した意味を帯びるようになった。
その重要な要素の一つが、トランス・カスピ海国際輸送回廊、いわゆるミドル・コリドーである。ロシアを経由せずに中央アジアと欧州を結ぶこのルートは、エネルギーや戦略物資の新たな輸送路として注目を集めている。戦争、制裁、海上輸送の混乱、大国間競争の激化といった時代にあって、日本にとってこのような回廊の重要性は一段と高まっている。
その中核に位置するのがカザフスタンである。

日本のエネルギー権益はすでにカスピ海地域に及んでいる。日本企業INPEXは、カザフスタンのカシャガン油田やアゼルバイジャンのACG油田など、主要な地域油田に権益を保有している。これらの油田から産出される原油は、日本にとって中東産原油の代替供給源となり得る。また、カスピ海や地中海を経由するルートを利用すれば、ホルムズ海峡を回避することも可能だが、その分、輸送日数は延び、輸送コストも上昇する。
これは、日本の発想が変わりつつあることを示している。多角化とは、もはや単に新たな供給国を探すことではない。貿易の地理的構造そのものに潜む脆弱性を減らすことでもある。

それでもなお、エネルギーだけでは日本とカザフスタンの関係の特質は説明しきれない。
この関係に独特の深みを与えているのは、核被害という共通の歴史的経験である。カザフスタンは旧ソ連時代、セミパラチンスク核実験場で行われた456回の核実験による深刻な影響を受けた。日本は、戦時下で原子爆弾投下を受けた唯一の国であり、広島と長崎は、核兵器がもたらす壊滅的な人的被害の象徴であり続けている。
両者の歴史は異なる。だが、そこから生まれた倫理的な語彙には通じ合うものがある。

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)、創価学会インタナショナル(SGI)、広島・長崎の被爆者であるヒバクシャを含む市民社会の担い手たちと協力し、核兵器と核実験がもたらす人道的帰結への関心を喚起してきた。会議、展示会、証言活動を通じて、こうした経験は国際的な議論のなかで可視化され続けている。とりわけ、核をめぐる議論が抑止理論や地政学的対立へと矮小化されがちな時代にあって、その意義は大きい。

ここで重要になるのが、カザフスタン外交における「対話」の側面である。
カザフスタンは、2003年からアスタナで開催してきた世界伝統宗教リーダー会議を通じて、単なる資源供給国や通過国ではなく、政治、宗教、文明の分断を越える対話の結節点として自らを位置づけてきた。この取り組みは、非核化、仲介、共生を柱とする同国の外交的アイデンティティの一部となっている。

日本にとって、これはカザフスタンの重要性にもう一つの層を加えるものである。カザフスタンは石油、ウラン、輸送ルートを持つ国であるだけでなく、自らの苦難の歴史を、平和、信頼、人間の安全保障をめぐる外交へと転化してきた国家でもある。
こうしたアプローチは、複数の危機が重なり合う現代世界の現実と響き合っている。

(photo credit: OFFICE OF THE PRESIDENT)
カザフスタンのカシムジョマルト・トカエフ大統領が警告しているように、核リスクは再び高まっている。同時に、エネルギー不安、供給網の脆弱性、地政学的分断も深刻化している。これらはもはや別個の政策課題ではない。相互に絡み合う問題となっている。
この文脈のなかで、日本とカザフスタンの関係は、より広い示唆を持つ。
国家間の協力は、経済的・戦略的利益だけによって形づくられる必要はない。そこには、共有された記憶、道義的目的、そして対話への意志も織り込まれ得る。実務面では、それはエネルギーと輸送をめぐる協力である。政治面では、より安定し、多角的な地域秩序への貢献である。人道面では、安全保障を人間的帰結から切り離してはならないという主張をつなぎとめる営みである。
もちろん、この関係が限界や矛盾を免れているわけではない。代替ルートはコストが高い。国家行動はいまなお戦略計算に大きく左右される。対話だけで戦争の圧力を打ち消すこともできない。
それでも、分断、威圧、核不安が広がる国際環境のなかで、日本とカザフスタンの接近は、単なる戦術的な調整以上の意味を持っている。それは、現実主義と責任を結びつけようとする試みでもある。
だからこそ、この関係は注目に値する。
多くの国が、より狭く、より内向きな国益の定義へと後退しつつある時代にあって、日本とカザフスタンは、資源安全保障と外交、記憶と戦略、国家の強靱性と平和への模索を結びつけるパートナーシップを築こうとしている。(原文へ)

INPS Japan
関連記事:
中央アジア・日本首脳会合、トランス・カスピ回廊を後押し トカエフ大統領は核リスク再上昇に警鐘













