ニュースまるで冷戦が終わっていないかのような核の警戒態勢

まるで冷戦が終わっていないかのような核の警戒態勢

【ベルリンIDN=ジャムシェッド・バルアー】

国連軍縮研究所(UNIDIR)の最新の報告書が、20年前に終わったはずの冷戦が変わらず続いているかのように、米露両国が核戦力の多くを、数分以内に発射できる高度な警戒態勢下に置きつづけているという憂慮すべき結論を引き出している。 

ハンス・M・クリステンセン(米国科学者連盟[ FAS]核情報プロジェクトディレクター)とマシュー・マッケンジー(天然資源防衛評議会)の共著である報告書『核兵器の警戒レベルを下げる』によると、仏英と合わせると4か国で約2000発の核兵器が短い通告で使用可能な状態にある。これはその他の核兵器国が保有する核弾頭数を全て合わせた数よりも多い。

 「現在の警戒レベルは冷戦期の思考に深く根ざすものだが、現在および予測できる将来の安全保障上の必要を大きく上回っており、核兵器の占める主要な位置や役割を低減しようとの取り組みに反するものである。この警戒レベルは、ロシアの核戦力が警戒態勢下にあるので米国の核戦力も警戒態勢を保ち、そのまた逆も起こるという循環的で(しかし誤った)論理に基づくものである。別の言い方をすれば、核戦力がもし警戒態勢下になければ、核戦力を警戒態勢下に置く必要はなくなるということでもある。」と報告書は指摘している。 

報告書の著者らが指摘するように、国際社会は警戒態勢下に置かれた核弾頭数の削減を望んでおり、多くの退役軍人も、十分な配慮と計画をもってすればそれは可能だと論じている。 

「しかし、核を警戒態勢下に置く4か国の核関連当局は、警戒態勢を解除すればかえって不安定化を招く危険性があり、しかもそれを証明するのは困難かつコストが高すぎると主張している。こうした議論は、核態勢に変化をもたらそうとする力を抑え込むためにこれまでも使われてきた論理である。」と同報告書は指摘している。 

また同報告書によると、「戦略的抑止・グローバル打撃」(作戦計画8010-08)という米国の現在の核戦争計画の名称自体が、米核戦力の2つの任務を表しているという。 

この計画の「戦略的抑止」の部分では、敵国が米国およびその同盟国を攻撃することを抑止するための確実な報復能力を展開することに焦点があてられている。一方、「グローバル打撃」の部分では、抑止が機能しなかった場合も含めて、数多くの戦争シナリオが立てられている。 

この計画の基礎となっている「核兵器運用政策」(ドナルド・ラムズフェルド国防長官が2004年4月19日に署名した「NUWEP-04」)は、「米国の核戦力は、潜在敵の指導層が非常に重きを置き、戦後の世界において自らの目的を達するために頼りとなるような、重要な戦争遂行および戦争支援資産・能力を破壊する能力を持つもの、あるいは持っていると相手に思わせるようなものでなくてはならない」と述べている。 

上記の報告書によれば、核戦力の2つの任務は、オバマ政権が現在進めている「核態勢見直し」(NPR)後の動向にも反映されているという。ある米国防総省(ペンタゴン)高官の言によれば、ここで問題とされているのは、「敵を抑止するために核兵器を運用する指標となる概念は何であるか、そして、すでに始まってしまった核紛争の被害を最小限にして終わらせるための指標となる概念は何か?」ということである。実際のところ、現在の米国の核兵器計画は、抑止と戦争遂行という、互いに関係しているものの異なった目標を基礎としている。 

警戒態勢の解除 

報告書の著者らは、警戒態勢の解除を支持する人々に対して、この2つの目的を明確に区別するよう警告している。そうでないと、人々の懸念に応えるものとならないからだ。「核の警戒態勢を下げることに反対している人々の主張の中核をなしているのが、危機に際して効果的な非核手段を用いて事態のエスカレーションをコントロールする(Crisis Escalation Control)という考え方である。現在設定されている戦略戦争計画には、事態のエスカレーションをコントロールし勝利をおさめるという考え方に基づいて、敵の戦力とインフラに対する一連の限定的な攻撃オプションが埋め込まれている。」著者らによると、核の警戒態勢に競って復帰することがもっとも危険なのは、こうした非核手段による交戦が起こった後のこの段階であるという。なぜなら、警戒態勢によって、核兵器国による核の第一撃が促進されてしまうかもしれないからだ。 

報告書は、仮想的な事例として、ロシアの大陸間弾道ミサイル(ICBM)が警戒態勢に復帰した場合を挙げている。これは、米国の核搭載潜水艦を即時に打撃する強いインセンティブをロシアに与えてしまう。両者が警戒態勢に競って復帰することで、敵方の戦略的核兵器の大部分をわずか数発の攻撃によって破壊してしまう危険性が生まれる。 

いかなる危機もエスカレートする危険性があり、警戒態勢下にある核戦力がそれを止められる保証はない。警戒態勢への復帰競争という主張は、空虚な理論にほかならない。第一に、今日の米国とロシアの核態勢は、危機にあって戦力を「生み出す」計画をすでに含んでおり、戦力を増強・分散し、警戒度と弾頭の搭載比率を上げることを想定している。 

完全なる警戒態勢解除の状態からの復帰ではないにせよ、こうした戦略的戦力増強計画は、もし実行されれば、打撃の準備段階と敵方に解釈される可能性が極めて高く、他方の核戦力増強を促してしまう。したがって、警戒態勢を解除された核態勢を再度警戒態勢に戻すことで安定を崩す効果があるとすれば、今日すでに安定は崩されつつあるのである。 

第二に、より望ましくない状況であった過去の事例とは異なって、警戒態勢復帰の競争を防止するように核戦力を構築することは可能である。実際、米国とロシアの戦略的核戦力は、安定的な抑止力となる全体構造が、脆弱で警戒態勢を解除された部分から構成されるように構築することができる。 

一方で、この報告書は、いったん始まった核紛争でもどうにか管理できるという考え方はきわめて疑わしいと指摘している。米露両核大国の間で、もし片方が交戦状態を終わらせるために有利な状況を作り出そうとして核兵器の使用を開始すれば、どちらかが引き下がると想定するのは、誤っているからである。 

また報告書は、「核戦力を警戒態勢下に置いていない小規模の核保有国に対して核の警戒態勢が維持されれば、そうした国をして、警戒態勢を取るか、あるいは、中国のケースに見られるように、警戒態勢下にある敵方の核戦力に対する脆弱性を減じようとしてより移動性の高い核体系の開発に走らせる危険性が十分あり得る。小規模な核兵器国は、こうした対応によって核大国に対して『勝利』することはできないが、限定的な数の核兵器によって相当な損害を相手に与えることは、なお可能だ。」と指摘している。(原文へ

翻訳=IPS Japan 

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