この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
気候変動活動家から、新しいティール政治運動、そして著名な防衛専門家まで、より多くのオーストラリア人たちが、気候変動がもたらす安全保障上の影響について懸念を表明するようになっている。同国が長い海岸線を有し、山火事やサイクロン、干ばつ、そして最近ではオーストラリア史上最悪の洪水が頻繁に発生していることを考えると、このことは驚くには当たらないかもしれない。
ある最新の論文が、気候変動がオーストラリアの国家安全保障を損なっているか否か、損なっているとすればどのように、という問いに対して包括的な答えを示している。従来の学術研究は、大半が様々な分野に散らばっていた(その多くが有料閲覧であり一般の人はアクセスできない)。様々なNGOや政府機関がその隙間を埋めようと挑み、いくつかの画期的な作業を行ったが、科学的な研究は選択的にしか活用されていない。このトピックに関する最近の政府報告書は、機密扱いのままである。(日・英)
まず、既に2050年までに、オーストラリアの平均気温は現在より1.1°Cから1.5°C上昇すると予測されており、山火事が起こりやすい気象条件の発生する可能性は8%高まり、洪水のリスクは大幅に増加し、干ばつが農業生産性を低下させるといわれている。これらの展開が相まって、人々の健康と経済の安定の点で、人間の安全保障にとっての深刻な脅威となっている。
海面上昇と、国土全体にわたる洪水、火災、干ばつ及び熱波のリスクも、国家安全保障に深刻な影響を及ぼしている。最近の研究によれば、二つの脅威が特に深刻である。
第1の脅威は、気候変動が主要なインフラ、特に輸送部門とエネルギー部門を混乱させるということだ。オーストラリアでは、海岸沿いや洪水や火災のリスクがある地域に何千キロメートルもの道路、鉄道、電線が走っている。2050年までに、海岸浸食だけでも、300を超える警察署、消防署および医療施設に脅威が及ぶと予測されている。熱波の際には、空調需要の高まりと、火災によるエネルギー・インフラの損傷で、送電網に負荷がかかる。より強力な熱帯性低気圧は、複数の種類のインフラを破壊する力があり、最近ではサイクロン「ガブリエル」がニュージーランドを襲った際にそういった例が見られたが、被害のリストはさらに続く可能性がある。
この新しい研究は、気候変動が国家安全保障にもたらす第2の主な脅威として、軍事力への影響を指摘する。オーストラリア国防軍は、民間と同じインフラに依存していることが多いため、その脆弱性を共有することになる。例えば、(アリス・スプリングスとキンバリーを結ぶ)タナミ・ロードは、オーストラリアがインド太平洋地域における国際紛争に関与する必要が生じた場合には、重要な戦略資産になりうる。しかし、この道路は熱波と洪水の被害に対して非常に脆弱である。
軍専用のインフラも同様に脅威に晒されている。この点に関する情報は一部、機密扱いとされているままだが、国防省は、沿岸部の基地のいくつかは、洪水と海面上昇によって高い危険に晒されていると考えている。それに加えて、オーストラリア国防軍は、気候変動後の世界では、より多くのリソースと人員を災害対応に投入しなければならなくなるだろう。国内でもアジア太平洋地域でも、大災害の時には、オーストラリア軍は主要な救援部隊となることが多い。こうした気候変動の影響が同時に発生したり、国際的緊張が非常に高い時期に発生したりした場合、これはオーストラリア国防軍の能力を非常に酷使することになる可能性がある。
研究は、他にも多くの国家安全保障上の脅威を指摘している。
気候変動は、国際的な戦争を引き起こすわけではないが、オーストラリアの近隣諸国の政治的不安定性のリスクを高める可能性は大いにある。大規模災害によって反政府感情が高まり、絶望した被災者が援助や収入を求めて過激派グループを頼るということがあり得る。また専門家たちは、災害によって引き起こされた移住と、一部の太平洋島嶼国における地域紛争を関連付けている。気候関連の災害は、人口が多く、少数民族への政治的差別があり、人間開発のレベルが低い国で、暴動を引き起こす可能性が非常に高いことが証拠によって示されている。これら三つの要素は、インド、フィリピン及びパプア・ニューギニアを含め、(東)南アジアおよび太平洋地域に多く見られる。
新型コロナウイルス感染症の流行は、グローバルなサプライチェーンに大きく依存している国がいかに多いかを示した。もし気候変動がナイジェリアやイラクのような主要産油国の政情不安を促進した場合、オーストラリアの社会、経済そして軍事は、燃料価格の高騰に対応しなければならなくなるだろう。さらに、オーストラリアは、経済およびインフラにとって欠かせない、自動車、電子部品、医療品など複数の製品の主要な輸入国でもある。それらの製品の多くは中国南西部で生産されているが、同地域では最近、猛烈な熱波のため数日間にわたり工業生産が停止した。このような熱波は、洪水や暴風雨とともに、気候変動の未来ではより頻繁に発生すると予想され、民間、軍事および経済のインフラにとって不可欠な産品の供給の障害となる可能性がある。
この論文は、気候変動によってもたらされるその他の国家安全保障上の脅威、例えば、大規模な移住や国際的な漁業紛争などについても論じているが、それらは可能性が低いか、重要度が低いと見なしている。それでも、今後30年間で気候変動はオーストラリアの国家安全保障の様々な側面を損なうであろうことがかなり明確であると言及している。これらの影響に対応するために、政策立案者らは、大胆な気候変動低減策、避けられない気候変動に対する、紛争に配慮した持続可能な適応策、そして、協調的な国際平和・開発政策という三つの面からなる戦略を追求するのが賢明であろう。
トビアス・イデは、マードック大学(パース)で政治・政策学上級講師、ブラウンシュヴァイク工科大学で国際関係学特任准教授を務めている。環境、気候変動、平和、紛争、安全保障が交わる分野の幅広いテーマについて、Global Environmental Change、 International Affairs、 Journal of Peace Research、 Nature Climate Change、 World Developmentなどの学術誌に論文を発表している。また、Environmental Peacebuilding Associationの理事も務めている。
INPS Japan
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