【ニューヨークIDN=セルジオ・ドゥアルテ】
まるで偶然であるかのように、国際社会は、「世界終末時計」の針が真夜中に近づけられたという決定と、米国政府による2018年核態勢見直し(NPR)のニュースをほぼ同時に知ることになった。
これらは、非常に異なった世界観をベースにしているが、いずれも安全保障上の懸念に対応したものだ。前者は、核兵器による目前の危険とその廃絶の必要性を印象的な形で突きつけるものであるのに対して、後者は、国際的な緊張に対応する能力を持つ核兵器の役割と、既存の核戦力をより柔軟かつ多様に運用することで、そうした危機を回避する役割について強調したものだ。
世界終末時計は、核兵器を管理し最終的には禁止する各国ごとの措置や国際的な措置こそが、紛争時の核使用を実際に防ぐための最善の保証であるとして要求する、重大かつタイムリーな警告になっている。
多くの識者は、2018年核態勢見直しは、核兵器使用の可能性を高めるとともに、他の核保有国が、これを攻撃的な態勢とみなし、対抗手段として自らの核戦力強化を正当化する口実を与え、新たな核軍拡競争を導きかねないものと見ている。
核態勢見直しの中心的な議論は、核兵器は核・非核攻撃を抑止する重要な役割を果たしており、また今後もそうであり続けるというものであり、現在、および、予見しうる将来において潜在的な敵対国による攻撃を予防するために必須であるというものだ。また、米核戦力が有する相互補完的な役割としては、①同盟国・パートナー国への安心の供与、②抑止が失敗した場合の米国の目標達成、③不確定な将来に対して防衛手段を講じる能力が挙げられている。
2018年核態勢見直しによれば、米国の核戦力の抑止能力は、核オプションの柔軟性と多様性を向上させることで強化できるとされている。こうした核オプションには、限定的な核のエスカレーションにおいて潜在的な敵対国が有利な立場に立つことを阻止する低出力の核兵器も含まれている。
この新たな核態勢に対しては、より小規模で低出力の核装置は、核・非核兵器の境界線を曖昧にして、核使用のしきいを下げてしまうとの批判が出されている。さらに、どんな規模のものであっても、核兵器がひとたび戦争で使用されることがあれば、エスカレーションのサイクルが限定的なものにとどまる保証はない。
加えて、2018年核態勢見直しは、米国に対する非核攻撃に対応するものとして核兵器の使用を予定し、その先制使用を排除していない。これでは、現在は非核兵器国でも、核兵器を取得することで国家目的を達成でき、核保有国からの攻撃を予防できると確信すれば、核兵器を取得する方向に流される国々が出現するかもしれないと論じることも可能だ。
国連の創設以来、国際社会は核紛争の恐るべき見通しに対処すべく忍耐強い努力を積み重ねてきた。それは、1946年の国連総会決議第一号の目的でもあったが、残念なことに、具体的な成果を出すには至らなかった。
その後数十年間は、一部の国々が核能力を開発する一方で、大多数の国々が、核兵器を取得しないとの法的拘束力がある約束を受け入れ、国際関係に本来備わっている不確実性と予測不能性に対する防護策として、信頼醸成措置と協調的安全保障の取り組みに対して信頼を置くという流れが存在した。
米国とロシアは、互いに条約違反を非難しつつも、協議を通じた二国間措置によって、冷戦期に蓄積してきた恐るべき量の大量破壊兵器を相当程度削減することに成功してきた。
国連のアントニオ・グテーレス事務総長は最近、新戦略兵器削減条約(新START)によって確立されたレベルにまで米ロ両国が戦略核戦力を削減してきたことを称え、「核軍縮や核不拡散、軍備管理における努力がいまほど重要な時はありません。」と強調した。
米ロ両国が保有する核弾頭数の合計は、現在史上最低のレベルにある。核兵器の完全廃絶という長きにわたる目標を達成するためにも、これはさらに措置を進めていくべき賞賛に値する取り組みだ。
グテーレス事務総長はさらに、米ロ両国に対して「さらなる戦力の削減につなげるために必要な対話を行い、多国間の軍縮問題において歴史的なリーダーシップを発揮する」よう求めた。地球上でもっとも多くの軍備を保有している米ロ両国による強力なリーダーシップは、さらなる軍縮の取り組みと、世界全体の集合的な安全保障のためにも肝要である。
軍縮分野における現在の法律文書は、核兵器が完全に廃絶されるまでは核兵器の保有を認めるというものであり、この目的を達成するための行動を呼びかけている。しかし、この基本的な前提は、この法律文書が(核兵器国に対して)この恐るべき破壊手段を独占的かつ無期限に保有することを正統化しており、その廃絶に向けた特定の措置を先延ばしし続けることを容認しているという概念が広がる中で誤解されてきた。
明確な時限を伴った核軍縮に向けた強力かつ法的拘束力のある約束がないかぎり、核保有国は、少なくとも数十年先までは核兵器を保有し続ける権利があると考える一方で、自らの安全を確実にするために他者には同じ手段の保有を拒む状況が続くだろう。
核保有国の数が増えることで、国際の平和と安全が危機にさらされることについては疑いの余地がない。しかし、国際社会の圧倒的多数が、いかなる主体が核兵器を保有しているにせよ、核兵器の存在そのものが平和と安全保障への真の脅威だと繰り返し主張している。不平等な基準は決して永続化しえない。
このことは、核兵器の保有を、核兵器を恣意的な日付で既に取得していた5カ国に限定した核不拡散条約(NPT)が発効して以来、明白なものとなった。結果として、他の4カ国(インド・パキスタン・北朝鮮・イスラエル)が自力で核兵器を開発し、数少ない国々が、同じ道をたどらないように説得を受けてきた。
また別の所では、防衛取極めの不確実性から自らを解放するために独自の核戦力を持つことを大っぴらに主唱する世論も一部には存在する。事実、核抑止の強調はそうした感情の拡大を促してきた。しかし、ほとんどの非核兵器国が、自らの安全保障は核兵器を取得することによっては実現できないと固く信じている。
1945年の第二次世界大戦終結から数十年にわたり、数多くの多国間取極めが、核兵器、化学兵器、生物兵器という大量破壊兵器の野放図な拡散の予防に成功してきた。しかし、その重要性にもかかわらず、2つの条約がまだ発効していない。
ひとつは、1996年の包括的核実験禁止条約(CTBT)である。カギを握る8カ国が依然として署名・批准を拒んでいるが、これが、この条約の発効要件となっているのである。この8カ国のなかで北朝鮮だけが、国連安保理決議に抵抗し、その制裁が繰り返され強化されているにも関わらず、21世紀になっても核実験を実施している。その他すべての国々は、核実験の自発的な一時停止を遵守している。
2018年核態勢見直しによれば、米国はCTBTの批准を追求しないが、CTBT準備委員会や、国際監視制度、国際データセンターを引き続き支持すると表明している。その他の未批准・未署名国は、その意思をこれほど明確には示していない。いずれにせよ、こうした(CTBTの発効を妨げている)国々を引き込むために主要な核保有国のリーダーシップが、明らかに必要とされている。
まだ発効していないもう一つの国際法は、核兵器の完全廃絶に導く核兵器禁止条約である。大多数の国々によって2017年7月17日に採択されたが、署名・批准のペースは予想されたよりも遅い。これは、核兵器国やその同盟国からの積極的かつ強固な反対にあっていることが一因と思われる。
これらの国々は核兵器禁止条約を否定するとともに、同条約が既存の核不拡散体制内部での緊張をさらに悪化させ、核兵器のさらなる拡散を予防する取り組みを損なうナイーブかつ不毛なジェスチャーに過ぎないと印象付けようとしてきた。
一方核兵器禁止条約の推進派の方はどうかというと、これはNPTと何ら矛盾するものではなく、NPT第6条における(軍縮)義務の履行に道筋を与えるものだと主張している。核兵器禁止条約はまだ広範な加盟を得ているわけではないが、国際社会の大多数の国々の具体的な核軍縮措置に対する強力な支持表明となっている。
もっとも強力な軍備を保有する国々や、自らの管理下にない兵器に安全保障を依存している国々の主流メディアは、軍隊の強化を通じて外の脅威に対抗する必要性についてひっきりなしに記事や論評を流しているが、平和への取り組みを報じることはめったにない。戦争の文化が平和の文化を乗っ取ってしまったかのようだ。核保有国は現在、核軍備の増強・近代化に取り組んでおり、現実世界の安全保障環境は、予見しうる未来において核軍縮を許さないものだと主張している。一方識者は、そういう態度や行いこそが緊張を高め、不信と危険な風潮を永続させている効果を持つのだと指摘している。
にもかかわらず、核兵器のいかなる使用であっても、人間や環境、社会にどのような帰結をもたらすのかということについて、世界的な関心が高まったことで、意図的なものであれ偶発的なものであれ、核爆発によって引き起こされる災害を予防するために核リスクを削減する措置について前進する機会が与えられているかもしれない。
核保有国の専門家や著名な高官らが、全面的な核戦争勃発の瀬戸際まで世界を追いやった多くのニアミス的な事件について明らかにしている。それらは、致命的なボタンを押さないという責任を一身に背負った、一連の指揮系統における一個人の判断によって避けられたきたのである。
市民団体や一部の国々は、人類全体に壊滅的な帰結をもたらしかねない核対立の危機を和らげる行動を進めることで、現状を変えようと試みている。
そうした一つの機会は、現在のNPT運用検討サイクル(=2020NPT運用検討会議第2回準備委員会)によって提供されている。また、5月にニューヨークで予定されている「核軍縮に関する国連ハイレベル会合」もある。
この会議に参加する世界の指導者らは、具体的な行動を取るか、発表するものとみられている。その多くが、核軍縮に向けたさらなる努力を加速するもので、市民団体によって提唱されてきたものだ。例えば、▽すべての核兵器を警告即発射、高度警戒態勢から解く、▽核戦争を開始しない政策の採択(「先制不使用」政策)、▽新型核兵器システムを開発しないとの合意、▽全ての前進配備核兵器の撤去(欧州に配備されている米国の核兵器など)、▽核備蓄の段階的削減及び廃棄に関する協議の開始、▽気候保護と化石燃料からの段階的脱却を推進するための資源を生み出すために、核兵器関連予算を削減すること、といったことが挙げられる。
かつて自らの意志で核兵器を放棄したカザフスタンの大統領は、同国が議長国をつとめた1月の国連安保理において、国連創設100年周年にあたる2045年までに核兵器の世界的な廃絶を達成すべきとの目標を掲げた。
同じ安保理の席上、グテーレス事務総長は「冷戦終焉後、核兵器に関する世界の懸念が現在、最も大きくなっている。」と警告し、グローバルな軍縮アジェンダに向けた新たな方向性と推進力を生むための機会を追求していく意図を明らかにした。サイバー戦争のような新しい技術を含めいくつかの分野の兵器を包摂した軍縮に関する大きな取り組みを開始するものと見られる。
多くの方面からなされた提案を現実的な方策に変換していくには、相当な政治的意志を前提とする。意識の高い世界の指導者らは、自国の至高の利益は人類全体の利益に包摂されることを知っているだろう。どの国も、とりわけ、莫大な資源と富を抱える国は、人類の正当なニーズと希望を考慮に入れることなく、国家の目的の充足だけに勤しむことなどできない。それは、自国民も、人類全体の不可分の一部を成しているからだ。
核兵器の存在によってもたらされるとてつもない危険を完全に除去し、すべての人々にとっての安全を実現する取り組みを成功させるには、この簡潔で、しかし否定しえない真実を理解することが不可欠であろう。(原文へ)
※セルジオ・ドゥアルテ氏は、1995年にノーベル平和賞を受賞した「科学と世界問題に関するパグウォッシュ会議」の議長であり、重要ポストを歴任したブラジルの元大使である。2005年には第7回核不拡散条約(NPT)運用検討会議の議長、2007~12年には国連軍縮担当上級代表(国連軍縮局長、UNODA)を務めた。
INPS Japan
This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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