【シンガポールIDN=カリンガ・セレヴィラトネ】
インドのS・ジャイシャンカル外相と中国の王毅外相が9月10日、モスクワで開催された上海協力機構外相会合に合わせて会談した。王外相は「インドと中国が、隣接する大国同士、異なった見解を持っているのは当前のことだ。」と述べた。
インドのNDVTネットワークよれば、王外相は、中印両国はともにアジアの新興国として、対立ではなく協力し合うべきであり、不信ではなく相互信頼を促進すべきだ、と述べたという。
ヒマラヤ山地にあるラダックは、インド領内で最も仏教人口の多い地域であるが、中心都レーで活動する仏教僧のサンガセナ師は、中印両軍が今年6月に国境付近で衝突し、インド兵20人が死亡してから、紛争の平和的解決を訴える運動を主導してきた。
サンガセナ師は、IDN-INPSのパートナーメディアであるロータス・ニュースが「WhatsApp」を使ってレーから行った取材に対して、「もし戦争が起これば、国境に接するラダックが真っ先に戦場となりここの人々が最も被害を受けます。そうなれば、カシミールやアフガニスタンのような状況になってしまいます。」と語った。
ナレンドラ・モディ首相が昨年、ジャンムー・カシミール州のラダック地方を連邦直轄領だと宣言した際、ラダックの仏教徒の間では安堵の声が広がった。というのも、この措置により仏教徒は初めてラダックの運営に関してより大きな発言権を得られると期待できたからだ。しかし、レーで様々な支援活動を行っている大きな仏教組織である「モハボディ国際瞑想センター」を率いるサンガセナ師は、インドの宗教指導者らは、間近に迫りつつある紛争について沈黙を保っていると嘆く。
「平和を促進するのがあらゆる宗教指導者の務めです。」「インドは、ヨギ(ヨガの指導者)、リシ(ヒンズー教の聖人)、ムニ(古代インドの苦行者)など、『非暴力が最大の義務だ』と語ってきた人々が多くいる土地柄です。だから、非暴力はインドのグル(導師)がまず唱える標語となってきました。しかし、中印間の国境紛争を平和的に解決するよう訴えるグルがいないことに、驚いています。」と、サンガセナ師は語った。
9月8日、「平和のために働き、歩き、祈る」の標語の下に、サンガセナ師は、仏教徒だけでなく、ムスリム、ヒンズー教徒、キリスト教徒、シーク教徒など地元の宗教指導者らによる行進を実行した。彼らは、地域で深刻になっている憎悪と緊張、恐怖、不安定をなくすために祈るとともに、それぞれの宗教の代表が、無知を克服し、平和に共存するための知恵を説いてまわった。
「インドの大半のメディアには本当に失望しています。メディアは憎悪や戦争、暴力を煽り、民衆を誤った方向に導いています。これは本当に悲しいことです。メディアには国民に対する道徳的責任感が欠けています。」とサンガセナ師は語った。
ムンバイ大学でメディアとジャーナリズムを専門のサンジェイ・ラナデ教授は、「インドの報道は、マハトマ・ガンジーやガウタマ・シッダールタ(釈迦)といった人物を取り上げながら平和について語っているが、好戦愛国主義的な傾向が強い。国際紛争で調停者として役割を想像することは、今のインド報道機関の編集部門には手に余ります。彼らは、支配的な体制に歩調を合わせるか、そうでなければ、野党勢力に味方するかしかないのです。」と、ロータス・ニュースの取材に対して語った。
ラナデ教授は、中国とインドが長年の宗教的な紐帯を有している文明であるにもかかわらず、宗教指導者らが中印紛争に関して沈黙を保っていることについて、「彼らは明らかに政治家らとの付き合いがあるにもかかわらず、『インドの宗教指導者は政治問題について発言しない。』と主張しています。彼らはまた、中印情勢については、宗教指導者ではなく、政治家や軍人が分析しコメントすべきものだと考えています。」と、語った。
ラナデ教授は、「そのひとつの理由は、この国の宗教活動の範囲がヒンズー=ムスリムの二重構造という枠に押し込められてきたためだと思われます。インドが長年にわたって9つのダルシャナ(哲学・宗教思想体系)の揺籃の地であったにも関わらず、(今日の)宗教指導者らは、神智学や哲学よりも、狭い儀礼の問題にばかり焦点を当ててきました。」と語った。
インドの元外交官ファンチョク・ストブダン氏が昨年『ヒマラヤ仏教圏を巡るグレートゲーム:戦略的支配を目指すインドと中国』という時宜を得た書籍を上梓した。同氏は、インド・中国両国とさらに隣接するネパール、ブータン王国に跨るヒマラヤ山岳地域は、新たな地政学上の対立地点になりつつあると警告し、中印両国が協力して同地域の仏教徒を支援し、仏教哲学が説いてきた平和的共存を促進すべきだと論じている。
自身も仏教徒であるストブダン氏は、「ヒマラヤ地域は、もう半世紀にもわたって、インドと中国の代理勢力による対立の場となってきました。」と指摘したうえで、「ラダックからアルナチャル・プラデシュ州に至る山岳地帯を覆う地域は、中印両大国間の国境紛争の温床となり、時として軍事衝突に発展してきました。また、米国のような外部勢力が、チベット問題を利用してこの地域に不和の種を蒔くことも考えられます。」と語った。
6月に中国による国境侵犯が問題になっていた際、ストブダン氏は、なぜダライ・ラマ猊下は国境問題に関して沈黙しているのかとテレビ番組で発言して、物議をかもした。「どうして中国軍がそこに来るのか。 誰が、そこが中国の土地だと言ったのか。 中国人はそこには住んでいないというのに、ダライ・ラマ猊下はなぜ黙っているのか。なぜ猊下は、ここはチベットの領域ではなく、インド領土だと言わないのか。」と矢継ぎ早に疑問を投げかけたうえで、「ダライ・ラマ猊下は発言すべきだ。中国が土地を奪おうとしている時に、祈りばかり捧げているわけにもいかないだろう。」と語った。
チベットの宗教指導者を非常に尊敬しているレーの仏教コミュニティーはこれらのコメントに反発し、抗議の意思を示すためとして1日間すべての店舗を閉鎖した。
その後ダライ・ラマは、雑誌のインタビューの中で、「近年、インドと中国は互いを競争相手とみなすようになってきています。いずれも人口10億人を越える大国です。いずれの強国も、他方を倒すことなどできない。つまり共存していくほかないのです。」と述べている。
サンガセナ師は、「私が平和的解決について語るとき、それが国の主権を譲り渡すとか、領土の安全を犯すといったことを意味しているわけではありません。そうではなく、信仰心を持っている人は国境の枠を越えて平和を促進しなくてはならないということを言っているのです。」と語った。
他方、ロシアが仲介したジャイシャンカル=王外相会談の終わりに、中印両国は、国境付近の部隊の撤収や緊張緩和など、現在の状況に関する5項目の合意を行った。
共同宣言によると、両外相は、国境付近での緊張は双方にとっての利益にならず、両国は「国境地帯の平和と安定を維持し高めるための新たな信頼醸成措置を取るための努力を加速すべき」ことで合意したという。(原文へ)
INPS Japan
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