ニュース視点・論点ロシアに新しい機会を提供する中東(エリック・ワルバーグ中東・中央アジア・ロシアアナリスト)

ロシアに新しい機会を提供する中東(エリック・ワルバーグ中東・中央アジア・ロシアアナリスト)

【トロントIDN=エリック・ワルバーグ】

世界はまるでスローモーションの地震の中を生きているようだ。もし物事が計画どおりに進めば、アフガニスタンとイラクに対する米国の強迫的執着は、早晩、もっとも醜悪な歴史的傷となるだろう。ただしそれは、少なくとも殆どの米国民にとっては、まもなく記憶の彼方に忘れ去られるものだろうが―。

リチャード・ニクソン大統領とベトナムとの関係のように、バラク・オバマ大統領も、「兵士を復員させた」大統領として記憶されることになるだろう。しかし、国内政治の仕組みにこれらの動きを合わせていく慎重な帳尻合わせに読者は気づくことだろう。イラクの動きは、国際面では物事がうまく進んでいることを米国民に見せるものだし(グアンタナモの件は触れてはいけない)、アフガニスタンの動きは、オバマ大統領第二期の最後まで都合よく先送りされて、事態が展開しても―必ずそうなるが―選挙でその影響を受ける心配をする必要がない。

 もちろん、ロシアは米国のアフガニスタン侵攻によって地政学的に時間を浪費し、米国が中央アジアから撤退すれば、地政学的な覇権の地位を獲得することができる。地図があれば見てみるとよい。しかし、米国の触手は伸びたままだ。ロシアが帝国主義に対するオルタナティブとして社会主義を提示し得なくなった今、中央アジアには、新自由主義的なグローバル経済以外に政治的、経済的な真のオルタナティブは存在しない。

遠隔地のキルギスからの米兵と米空軍の撤退を見ておくとよい。すでにしてかなり貧相なキルギス政府の予算と外貨予備にそれが残した穴以外、何もなくなってしまう。ロシアは、旧ソ連と比べて、経済的にも政治的にもはるかに弱体である。米国の弱さからロシアが得るところは大きくない。

くわえて、ロシアも米国も―イランと同じく―タリバンに対抗する現在のアフガニスタン政権を支持している。実際のところ、米国務省と国防総省(ペンタゴン)が明白なことに気づいていない場合に備えて言っておくと、米国がアフガニスタンとイラクに侵攻してもっとも得しているのは、一般に考えられているのとは違って、イランであった。侵攻によって、民族的にはペルシャ系のタジク人がアフガニスタンの政権を握り、イラク侵攻によって現地にできたのはシーア派主導の政権であった。

同様に、米国がイラクに侵攻した際、ロシアは政治的にも経済的にも失点した。米国はサダム・フセイン大統領(当時)の国家債務を帳消しにしたが、損をしたのは米国ではなくロシアと欧州諸国だった。米国はそれ以前の10年間、たまたまイラクに経済制裁を加えており、この措置は米国の政策に同調しなかったかつての同盟国が手ひどい損を被る結果となった。しかし、イラクの政治家が自国の外交政策へのコントロールをふたたび要求し始めれば、ロシアは国際的にみて、イラクにより同調的なパートナーとみなされることになるだろう。

皮肉なことに、多くの面において、政治的な闘技場を調整し、米国の参加するアフガニスタンやイラクなどにおける死闘から離脱するルールを確立するカギを握っているのはイランである。この役割は、核軍縮や米・EU関係、とりわけ、世界の準備通貨としてのドルの継続した地位という、より広い問題に対するより広い意味を持っている。このため、すでに信頼を失ってしまったモスクワの親欧米派ドミトリー・メドベージェフ大統領(当時)が目指していた米ロ世界覇権というあいまい(で無内容な)約束をめぐって、ロシアはイランと友好関係を維持しようとしている。

低調な関係

ソ連崩壊以降の中央アジアと中東に対するロシアの関係は低調なものだった。中東では、パレスチナのハマスと関係を保ち、中東交渉のいわゆる「カルテット」の一員として(他に欧州連合(EU)、米国、国連)、さらなる交渉の条件として、イスラエルが占領地において入植地を拡大しないよう要求してきた。2008年のガザ侵攻は戦争犯罪であるとイスラエルを非難した国連のゴールドストーン報告を支持して、旧ソ連とアラブ諸国との間にあった善隣友好関係を取り戻そうとしているかに見える。

2008年、シリアとエジプトに原子炉供給の提案を行って、アラブ諸国に対する外交的攻勢を開始した。シリアの現在の内戦を通じて、地中海沿いのシリアの港町タルトゥースに軍事的プレゼンスを再確立しようとしている。シリア内戦ではロシアとイランが欧米およびアラブ諸国と対峙する形になり、ロシアは負け組に入ることになるかもしれない。

「権力に飢えたロシアがシリアで悪事を働こうとしている」という欧米の描き方には筋が通っていない。ロシアは、シリアのバシャール・アサド大統領の敵であるアラブ諸国と欧米によって反体制側が公然と武器供給を受け、国民が均等に分断されて厳しさを増す内戦に懸念を持っている。アラブ世界における偽善は驚くべきものだ。湾岸の王制諸国とサウジアラビアは、エジプトの新政府が彼らの内政に「干渉」するいかなる試みもしないことを要求しているが、みずからは、シリアの反体制派をずうずうしくも武装しているのだ。

ロシアは、自国領域におけるチェチェンでの悲劇的な内戦を依然として戦っており、ムスリムも交渉のテーブルにつかせるようにしなくてはならない。1600万人のムスリム(人口の12%)を抱えるロシアは、イスラム協力機構への参加にも関心を示している。シリアを内戦に落ち込ませまいとするロシアの努力によって、コーカサス地方などのイスラム分離主義者に対する得点稼ぎはまだできていないが、つかの間の平和のために、シリアあるいはロシア連邦の蚕食を許すようなことはない。

ソ連解体後のロシア

ソ連解体後のロシアでは、ユダヤ系の金融・経済勢力が、銀行・産業エリートと「コーシェル・ノストラ」[IPSJ注:ユダヤ系マフィア]の両面において重要性を持っているため、イスラエルはロシア指導層から好意的な取り扱いを受けることができた。イスラエルのアビグドル・リーバーマン外務大臣は、ソ連から1978年に移住してきたロシアのユダヤ人だった。

イスラエルはまた、終わる気配のないムスリムの蜂起と、ロシア内におけるコーカサス独立の夢を利用して、モスクワが強硬な立場をとってイスラエルに圧力をかけないようにしてきた。ロシアにとっては厄介な隣国であるグルジアにはチェチェン系の反乱勢力が匿われており、グルジアのミハイル・サーカシビリ大統領はイスラエルと米国の軍事顧問を使っている。もちろん、イスラエルがロシアに圧力をかけることは米国にとっても有益だ。これが、米国とイスラエルが新しい帝国の「中心」として機能する現在の「グレイト・ゲーム」の核心的な特徴である。

この時代を「新しい冷戦」と呼ぶのが一般的なのだろう。しかし、歴史はそれ自体を繰り返すことはない。9・11以降の世界政治には間違いなく新たな緊張が生まれている。あらたな攻勢に出た米国が、ロシアを含めた世界に対する覇権の主張に失敗していることで、米国内には国粋主義の火の手が上がっている。

さらに拡散した冷戦

米国サイドでは、ロシアは単なるソ連の再来であり、世界の共産主義支配というソ連国家保安院会(KGB)の目標を隠すための策略であると目されている。もう少しまともな判断力を持つオバマ派の間では、それは、米国・イスラエルによる新しい帝国の中心(「1個半の帝国」)によって支配された「さらに拡散した冷戦」だと考えられている。ここでは、同盟は便宜的に組み替えられる。地平に現れた新たな対抗手は、イラン・トルコ・エジプトを筆頭とした、より分別があり互いに連携するようになったイスラム世界である。

イラン政府を転覆するという米・イスラエルによる希望は、この「1個半の帝国」に最後に残された唯一の共通目標である。しかし、これはイスラエルが運転席に座っている限りにおいての共通目標だ。イスラエルはイランを、イスラエル自身にとってではなく、「大イスラエル」と地域の支配にとっての存在上の脅威とみなしている。イランは、イスラム諸国家に対して第三の道を示す強力な模範であり、中東の覇権国としてイスラエルへのライバル関係に立つ国である。

新しく生まれた「アラブの春」諸国の中ではエジプトだけがイスラエルにとっての心配の種である。エジプトとイランが協力し始めたらどうなるか。そこにシーア派支配のイラク、トルコ、ロシアが加わって、ロシアが4か国と友好関係を結び、世界政治で共通目標を追求し始めたら。突如として、中東の闘技場は、まったく違った様相を呈するだろう。

新しいユーラシアの闘技場

米国がロシア・中国と組んでイランを抑えにかかる合理的な政策を採れば、ぐらつくドルを救うか、あるいは少なくとも、新たな国際通貨へと整然と移行する準備をするチャンスが米国に与えられるかもしれない。もし、ロシア・中国・イランが米・イラン間の現在の核危機を平和裏に収め、トルコからの承認も得、イスラエルを核不拡散条約に加盟させる決意を持つならば、新しいユーラシアの闘技場の形成へと道が開けることになるかもしれない。もし米国がアフガニスタンから撤退すれば、パキスタンとインドも同様に手を引くことだろう。

これが、現在の「グレート・ゲーム」の様相を一変させる出来事の連鎖を生み、ロシア・インド・イラン・中国枢軸が生まれ(すでに2001年以来、ロシア・インド・中国首脳会談は毎年開かれている)、パキスタン、アゼルバイジャンアルメニア、イスラエルは、それぞれの地域紛争を、新しい、それまでとはまるで異なったグレート・ゲームの外側で解決することになろう。米国の利害も顧慮されはするが、米国が自らの望む同盟づくりを強制したり、そうした余裕を与えられることはないであろう。イランはついに、地域の正当なプレーヤーとしての地位を認められる。一方、もし米国が、自ら生み出した中東での危機から名誉ある撤退を図ることに失敗したならば、たんに自らの衰退を加速させるだけの結果に終わるだろう。

ロシアは、反シオニスト的なソ連の継承者として中東全体で持たれている好意的な記憶を継承する。ロシアは今や、中東だけではなく世界の非同盟諸国において、主義を持ったパートナーとして長期的な信頼を獲得するチャンスを得た。そして、帝国の残滓に対して、非帝国的な要塞を築くことになるだろう。(原文へ

翻訳=IPS Japan

※カナダ人のエリック・ワルバーグは、中東、中央アジア、ロシアを専門とするジャーナリストとして世界的に知られる。トロント大学、ケンブリッジ大学で経済学を修める。1980年代以降、東西関係に関する文章を書く。国連のアドバイザー、作家、通訳、講師として、旧ソ連とロシア、ウズベキスタンに居住した経験を持つ。現在は、カイロで最も有名な『アル・アフラム・ウィークリー』のライター。著書に『ポストモダン帝国主義―地政学とグレート・ゲーム』等がある。

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