【ベルリン/ウィーンIDN=ジャムシェド・バルアー】
「皆さん、一人の人間として、核兵器の非人道性について改めて考えてみてください。」長崎市長で平和市長会議副会長の田上富久氏は、2015年の核不拡散条約(NPT)運用検討会議に向けてウィーンで開かれた第1回準備委員会のNGOセッションで各国代表らを前に、こう呼びかけた。
平和市長会議は、1945年8月の米国による原爆投下で20万人以上の女性・子供・老人が犠牲となった長崎市及び広島市の市長によって1982年に設立された国際機構で、現在では世界5000の都市(域内人口50億人)が加盟している。当時の原爆攻撃を生き延びた被爆者は、今でも放射能による様々な後遺症に苦しんでいる。
また第1回準備委員会(4月30日~5月11日)に先立ち、4月28日、29日の両日には「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」会議が開催され、関連諸団体の代表が2015年NPT運用検討会議に向けた戦略作りや各々が準備している計画等について意見交換を行った。オーストリア外交アカデミーで開催されたこのNGO国際会議は、「核兵器なき世界」という目標を共に支持するオーストリア、ノルウェー両政府と、東京に本拠を構える仏教組織創価学会インタナショナル(SGI)が後援した。
事実、広島市の松井一実市長は、2015年NPT運用検討会議の広島誘致の可能性を、従来から模索してきた(帰国報告)。広島誘致案のメリットは、核兵器保有国の首脳を世界で初めて原爆が投下された都市に招聘して核廃絶へ向けた議論ができる点にある。田上長崎市長は、第一回準備委員会に参加した各国代表らを前に行った演説の中で、この広島市のイニシャチブを支持して、「…核兵器の脅威に完全な終止符を打ち、核兵器なき世界を作り出すために協議する場として、被爆地広島よりも適切な場所があるでしょうか?」と語りかけた。
また田上市長は、5月2日に開かれたNGOセッションで各国代表らを前に、「2010年における実績が示しているように世界全体で1兆6300億ドルもの巨額な資金が安全保障という名目で軍事支出に費やされており、しかもその結果、世界はより危険な場所になってしまっています。これは、極めて馬鹿げたことではないでしょうか。今こそ、私たちはこの危険な状況から自らを解放する強い意志を示す時ではないでしょうか。」と訴えかけた。
田上市長は美辞麗句を並べていたのではない。事実、2010年NPT運用検討会議において全会一致で採択された最終文書には、核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果を引き起こすとして深い懸念が表明されており、全ての加盟国が国際人道法を含む国際法を順守する必要性を再確認している。
しかし核兵器を巡る議論は、引き続き、いわゆる国家利益や軍事力の均衡、軍事技術の有効性に関する議論に終始している。田上市長はこの点を批判して、「核保有国の代表が核兵器の真の恐ろしさを認識しているのか疑問に思っています。」と語った。
そのうえで田上市長は、「核兵器使用の壊滅的な人道的結果について、国益の視点ではなく人間の視点に立ち戻らせてくれる被爆者の声に耳を澄ましてほしい。被爆者がどうして核兵器のない世界の実現を必死で訴えているのか理解する必要があります。」と訴えた。
2015年のNPT運用検討会議に向けて開かれた第1回準備委員会に合わせて、日本から数名の被爆者がウィーンを訪れた。また、準備委員会の会場となった国連ウィーン本部(ウィーン国際センター)と市庁舎で原爆展が開催された。
田上長崎市長が、「私たちには、核兵器なき世界を将来の世代に引き継ぐ責任があります。」と熱烈に訴えた背景にはもう一つの切実な理由がある。2010年NPT運用検討会議において、第1委員会(核軍縮)から議長に提出された最初の原案には、核兵器国に対して、核兵器なき世界を実現するために具体的な努力を行うことを義務付け、その上で潘基文国連事務総長に核廃絶のための法的仕組みも含めた行程表(ロードマップ)を作るための国際会議を2014年に開催する権限を委ねるという画期的な方策が含まれていた。
この原案は、潘事務総長が2008年に発表した核兵器禁止条約(NWC)への言及を含む「核不拡散・軍縮に関する5項目の提案」に触発されたもので、審議のテーブルに上程された際には、世界は核廃絶という目標にようやく近づいているように思われた。
しかし、最終文書にはNWCへの言及はあるものの、国連事務総長による2014年の「核兵器廃絶ロードマップ会議」の開催を求めた部分は削除された。結局、最終文書には、核兵器なき世界の実現を望むという明白な意思が全会一致で示されたにも関わらず、それを実現するためのいかなる具体的な時間的枠組みも方策も、記載されなかったのである。
ロードマップ会議
平和市長会議は、直ちに準備作業に着手し、このロードマップ会議を早期に開催するよう求めている。2012年2月、ラテンアメリカとカリブ地域の33カ国の政府代表団は、特定の時間枠の中で核廃絶に向けた措置を段階的に進めていくプログラムを協議するハイレベル国際会議を招集するために、努力していく方針を表明している。
また田上長崎市長は、核兵器国の指導者らに、市民社会及び国際社会の声に耳を傾けるよう呼びかけるとともに、「2015年のNPT運用検討会議が(核廃絶に向けた)ロードマップ会議実現に向けて動き出すきっかけとなり、NWCを妥結するコンセンサスを得る場となるよう、今回の準備委員会で努力してほしい。」と強く訴えた。田上市長はさらに、「2015年のNPT運用検討会議では、『核兵器のない世界』がどのような時間的枠組みの中でいかにして実現されるか明確に示されると確信しています。」と語った。
そのような時間的な枠組みは、実に現実性を帯びたものである。これまでも各国は条約締結を通じて、核兵器の配備、生産、取得、保有、及び管理を禁止する核兵器禁止地帯を創設してきた。政治的な意志さえあれば、こうした核兵器禁止地帯を増やしていくことも、核兵器のない世界実現に向けた具体的な方策なのである。
今年は、そのような核兵器禁止地帯を中東地域に創設することをテーマにした国連会議が開催されることになっている。また北東アジアでも、北朝鮮による核開発問題に直面して、核兵器禁止地帯を創設する重要性に対する認識が国際社会に広がってきている。田上市長は、世界の政治指導者らに対して、「このような核兵器禁止地帯を共に広げていき、核兵器のない世界という目標に近づいていこうではありませんか。」と呼びかけるとともに、彼らがNPT第6条に規定されている軍縮履行義務について、一層努力するよう求めた。
2010年NPT運用検討会議では、日本を含む42カ国が軍縮と核不拡散教育の重要性を強調した。こうした経緯から、日本政府は今年8月に長崎市において国際会議「軍縮・不拡散教育グローバル・フォーラム」を開催する予定である。同フォーラムには世界各地から多くの市民社会組織、政府代表、専門家が集い、活発な議論が展開される見込みである。(原文へ)
翻訳=IPS Japan浅霧勝浩