ネパールの「等距離外交」戦略が揺らぎ始めている。カトマンズは北と南から相反する圧力にさらされている
【カトマンズNepali Times=シュリスティ・カルキ】
260年に及ぶ歴史の中で、ネパールは2つの巨大な隣国との間で均衡を保つことに努めてきた。歴代の統治者たちは、インドと中国という、必ずしも友好関係にない隣国双方と友好関係を築こうとしてきた。
しかし、この綱渡りのような外交がいかに繊細なものであるかは、先週の二つの出来事で改めて浮き彫りになった。
先月、カシミールで起きた襲撃事件でネパール人1人が死亡した。今週カトマンズで開かれた地域テロ対策に関するセミナーでは、ネパールがパキスタン非難に及び腰だったことで、インドを不必要に苛立たせたという見方が示された。
一方、カトマンズ国際山岳映画祭(KIMFF)では、中国の資金提供による『シーザン(Xizang)パノラマ』という枠組みでチベット関連の中国制作ドキュメンタリーが上映された。これに対しては直ちに反発が起き、中国資金の受け入れと「Xizang」というチベットに対する中国名の使用が問題視された。上映作品は「植民地主義的プロパガンダ」であり、北京のチベット文化や民族的アイデンティティ、独立・自治の抹消の試みだとの批判が寄せられた。
「“Xizang”という用語は単なる地理的呼称ではありません。これは中国が国際社会における“チベット”という呼称を意図的に置き換えようとするキャンペーンの一環であり、独自かつ豊かな芸術・文学・精神文化のアイデンティティの抹消を狙っています。」と、チベット人映画制作者や作家たちのグループがKIMFF開催中にネパール・タイムズ紙に寄稿した。
ネパール政府は外交文書ではすでに「Xizang」という呼称を使用し始めており、中国がネパール政府に働きかけてKIMFFにチベット関連作品を上映させたのではないかとの憶測も流れた。KIMFF側は本紙からのコメント要請に応じなかった。
国際関係専門家のインドラ・アディカリ氏は「私たちは市民社会やメディアにおいてチベット人コミュニティの権利とアイデンティティを擁護することはできますが、外交上の呼称は中国との関係を考慮した政府の外交方針に沿うものとなります」と述べている。
今回のテロ対策セミナーや映画祭の騒動は、ネパール政府と市民社会が2つの隣国からの相反する圧力にますます挟まれている現状を象徴する事例の一つにすぎない。
ドナルド・トランプ政権下で米国の国際的影響力が後退し、中国とインドといった新興大国がその空白を埋めつつある。結果として、政治的に弱体化したネパール国家はこれまで以上に従属的な立場に追い込まれている。
北と南からの圧力にさらされる中、ネパールの「等距離外交」戦略はほころびを見せ始めている。
元南アジア地域協力連合(SAARC)事務総長のアルジュン・バハドゥール・タパ氏は「最近のネパールの政治指導者たちは“国益”の定義をその時々の都合に合わせて変更しています。つまり、政権によって対中・対印外交の姿勢が変わるのです」と指摘する。
とはいえ、ネパールが主体性を示す場面もある。リムピヤドゥラ国境問題ではインドの反発を招いたが、パハルガームでの襲撃事件でもネパール人が犠牲になったにもかかわらず、ネパール政府はパキスタンを名指しで非難することを拒んだ。
インド政府は「等距離外交」という言葉自体を快く思っていない。また、ネパール国内でも、地理的近接性、文化的親和性、経済・貿易関係を考慮したより現実的な対印外交を模索すべきとの意見がある。
アディカリ氏は「そろそろ“等距離”という概念を超え、より現実的なアプローチをとるべき時かもしれません。ネパールの対印・対中関係は性質が異なっており、その違いを外交方針にも反映させるべきです。」と述べている。
一方、タパ氏は「欧米諸国の関心低下がインドや中国をより強硬にさせている」という見方には慎重である。「確かに欧米の関心は薄れていますが、米国や欧州がこれまでインドや中国以上にネパールに影響力を持ったことはありません。」と語る。
さらに、ネパール国内で高まっている「ヒンドゥー君主制復活」運動について、両隣国がどう見ているのかという憶測も飛び交っている。王政復古を掲げるRPP(国民民主党)とRPP-Nは連携を組んだものの、最近は首都での集会への参加者が減少しており、抗議活動の場を地方都市へと広げる方針に転じている。
インドのメディアはカトマンズでの王政復古集会を大きく報道しており、ほぼIPLクリケット並みの扱いだ。一方、中国はこの件に関して多くを語っておらず、むしろネパール国内の分裂した共産勢力をまとめることに関心があるようだ。
インドの与党BJPと中国共産党には、それぞれネパールの望ましい政権像があるものの、両国が必ずしも対立しているわけではない。インドと中国政府はいずれも、自国間の緩衝地帯であるネパールに政治的安定を求めている。
アディカリ氏は「BJPの一部にはネパールをヒンドゥー国家化したいと考えている勢力があり、ヒンドゥー君主制復活を望む声も存在します。」と話す。その一方で「中国側は安定した協力的な政権を求めており、できれば左派連合による政権を望んでいます。」と述べた。(原文へ)
著者:シュリスティ・カルキ
シュリスティ・カルキ氏はネパーリ・タイムズの特派員。2020年にインターンとして同紙に参加し、カトマンズ大学芸術学部を卒業後、正式に編集部メンバーとなった。政治、時事、芸術、文化に関する記事を執筆している。
INPS Japan/Nepali Times
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