【カトマンズIPS=マリッカ・アルヤル】
昨年12月のある日、ネパールの首都カトマンズに本拠を置くNGO「社会サービスと人権における児童と女性」(CWISH)に勤める児童保護官プラディープ・ドンゴルさんは、市内に多数構えている事務所のうちのひとつから緊急連絡を受けた。
その事務所に急行したドンゴルさんが目にしたのは、CWISHのスタッフが保護した11才の少女だった。彼女の目は落ちくぼみ、両手は痣(あざ)だらけで、頭は所々で髪の毛が抜け落ちていた。
話を聞いてみると、この少女(リーマさん:仮名)は、働いていた家での虐待に耐えきれず逃げてきたことがわかった。
リーマさんは、カトマンズから400kmほど離れた村で3年生として小学校に通っていたが、両親の判断で、カトマンズに住む見ず知らずの若い夫妻の下で働くことになった。
その夫妻はリーマさんの両親に、リーマさんを自分たちの家に同居させたうえで、良い学校にも通わせ、幼い息子の「姉」として家族同様に面倒を見ると約束していた。
しかし、リーマさんを待ち構えていた現実は全く違っていた。学校に通わせてもられないどころか、与えられた食事は残飯ばかりで、しかも夫妻の子どもの世話をはじめあらゆる家事をさせられたうえ、給料は一切もらえなかった。
また、リーマさんは家族との連絡もほとんどとれないなかで、殴られたり髪を引っ張られたりと、日常からさまざまな暴力を受けていた。
ある日、リーマさんは夫妻の息子を学校に送って行く途中、その近くの学校で教鞭をとっているCWISHのスタッフに出会った。リーマさんは帰宅後、夫妻にその学校に通いたいと相談したところ、殴られる始末だった。
翌日、リーマさんは夫妻に家を飛び出し、CWISHの事務所に保護を求めて駆け込んだのだった。
ネパールの5~17歳の児童770万人のうち、314万人が労働に従事しており、しかもその3分の2は14歳以下の子どもたちである。
また、児童擁護団体の「プラン・インターナショナル」と「ワールド・エデュケーション」が行った緊急調査によると、児童労働者のうち16万5000人以上が家事労働をしているという。
「子どもたちが直面しているこうした苦境は、個人の家という密室のなかで起こっていることから、表沙汰になりにくく、残念ながら社会の注目を集めるに至ってはいません。」とSWISHチームリーダーのビシュニュ・ティミシナさんは語った。
ビシュニュさんは、この問題の背景として、農村の子どもたちを都市部の個人宅に連れて帰って働かせるという慣習の存在を指摘した。それは具体的には、裕福な家庭の夫妻が、農村部の貧しい家庭を廻り、都会でのより良い生活と進学・就職を保障するという約束と引き換えに、子供の中から一人を引き受けて連れ帰るというものである。
国連開発計画(UNDP)の2013年度版人間開発報告書によると、ネパールの貧困状況は近年改善傾向を見せてきているものの、国際比較では依然として調査対象187か国のうち157位である。こうした申し出があった場合、生活苦にあえぐ両親にとって、自分の子どもを働きに出す誘惑には抗しがたい。
ネパール中央統計局が発行した2010年―11年版「生活水準調査」報告書によると、ネパール国民の3割以上が1月当たり14ドル以下の生活を送っていた。
また全国民の約8割が、リーマさんの実家のように農村部で自給自足の生活を営んでおり、子供たちには両親の農作業や家事仕事を手伝うことが期待されている。
さらにネパール農村部に暮らす5歳以下の子どもの約半数は、栄養失調状態にあり、コミュニティーには、一次医療(プライマリーヘルスケア)や初等教育、安全な飲み水へのアクセスといった基本的なサービスが欠けている状態にある。
農村部から都市部へと児童を引き寄せるこうした慣習が、勢いづいた背景には、1990年代の産業化の進展がある。この時期、中間層が成長していたことに加えて、政府軍とネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)ゲリラ間の内戦(人民戦争=1996年~2011年)に伴う人口の国内移動が活発になったことから、低賃金労働者への受容が生じたのだった。
子どもたちは、母親たちが現金収入を求めて伝統的な家事(料理、洗濯、幼児・高齢者の世話等)を放棄していくなかで生じた空白を、瞬く間に埋めていった。
先述の「プラン・インターナショナル」と「ワールド・エデュケーション」が行った緊急調査によると、都市部と農村部で家事仕事に従事している子供たちの数は、それぞれ62,579人と61,471人で、ほぼ拮抗している。
子どもの権利擁護に取り組んでいる活動家によると、児童労働問題に組むうえで最大の障害の一つが、ネパール社会に広く見られる、「児童労働は必ずしも悪いことではない」とする社会認識である。
「ネパールには元々、子どもは働くことで『労働の価値』を学ぶ、という考え方が根強くあり、それも一つの背景となっています。」と、中央児童社会福祉委員会(CCWB)のプログラムマネージャーのニタ・グルン氏は語った。
その結果、ネパールでは、児童労働を禁止する関連法規を実行するのが、困難な状況にある。
国際連合児童基金(ユニセフ)ネパール事務所の子ども保護担当官のダニー・ルハール氏はIPSの取材に対して、「人々は、子どもたちが近所の知人や親戚や友人の家で働いているのを見てもそれをごく普通の生活の一部と受け入れてしまっています。」と指摘したうえで、「ネパール社会が児童の家内労働を受け入れないようになるためには、まずはこの意識を打破する必要があります。」と語った。
ネパールはすでに「子どもの権利条約」、国際労働機関(ILO)の「最悪の形態の児童労働の禁止と撤廃を確保する即時の効果的な措置を求めた」138号条約及び「就業の最低年齢を義務教育終了年齢以上とするよう規定した」第182号条約に批准しており、こうした国際協定は2007年の暫定憲法を通じて国内の諸法令(1992年児童法、2000年児童労働禁止法、2002年カマイヤ〈=債務労働者〉労働禁止法)に反映されている。
しかしこうした国際法や国内法を制定したものの、それに伴う執行体制の整備がなされなかったため、家庭内児童労働の問題について、どの政府機関がどの法律の執行を担当するかについて明確になっていないのが現状である。
現在、人口3049万人のネパールに児童保護観察官は、わずか10人しかいない。
しかも彼らの担当はフォーマルセクター(鉱業、観光業、タバコ団行、カーペット工場他)のみで、政府のどの部署が個人の家のようなインフォーマルな職場で働かされている児童の保護や社会復帰を担当するかについては、明確になっていない。
「(インフォーマルセクターで)暴行や搾取があった場合、まず政府のどこの部署が担当するか、そして、どの法律・法令が適用されるかについて混乱がおこるので、極めて深刻な問題です。」とユニセフのルハール氏は語った。
例えば、リーマさんが雇用主のもとから逃れた際は、一時避難所に連れて行かれ、事件は政府の労働事務所に対して届け出がなされた。
その後リーマさんを搾取した夫妻は、当局からの強い勧めにより、彼女に210ドルの金銭的補償を行い彼女を解放すると約束した。こうしてリーマさんは安全に故郷の村に戻ることができたが、未だに夫妻からの補償金を受け取っておらず、労働事務所における事件のステータスも依然として手続き中のままである。
「書類上は、加害者に責任をとらせる法規があるのですが、実際に適用されることはほとんどありません。つまり被害者の保護は、未だに優先されていないのが実態です。」と、子どもの権利活動家のカーマル・グラゲインさんはIPSの取材に対して語った。(原文へ)
翻訳=IPS Japan
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