【カイロIPS=キャム・マグレイス】
カイロでの抗議行動の中、エジプト人男性が裸のまま武装警察に通りを引きずり回され殴られる生々しい様子を撮影した映像が公開され、エジプト全土に警察に対する怒りと、改めて警察改革を求める声が高まった。奇しくも、警察改革は、ホスニ・ムバラク前大統領を権力の座から引きずり下ろした2011年の民衆蜂起における主要な要求のひとつであった。
映像に写っていたのは塗装工のハマダ・サベルさん(48歳)で、通りに倒れ、ズボンが足首まで引き下ろされた状態のまま、武装警官らに顔面を殴られたり、棍棒で体をメッタ打ちにされていた。サベルさんが動かなくなると、警官らは、うつ伏せのサベルさんを引きずってアスファルトの通りを横切り、装甲車に投げ入れようとした。
この事件に、野党と人権団体は強く反発し、反対派の弾圧に前任者(=ムバラク前大統領)と同様の残虐な手法に頼っているとして、モハメド・モルシ大統領の責任を追求した。
「確かにショッキングな映像ですが、驚くには当たりません。今の警察はムバラク独裁時代の人々と同じなのですから。警察改革について、真剣な取り組みがなされていないということですよ。」と活動家のモハメド・ファティ氏は語った。
2月1日、大統領府付近で発生した警察と反モルシ派デモ隊との衝突は、周辺の通りに広がり、被害者のサベルさんは、家族と買い物をしていたところを巻き込まれたのである。エジプトではこの事件の一週間前から全国各地で騒乱が相次いでおり、60人近くの死者と数百人を負傷者が出ていた。
また、多くのエジプト国民が、警察病院に入院中のサベルさんに嘘の供述をさせたとして内務省を批判している。テレビインタビューの映像に写ったサベルさんは、武装警察は、彼の服を脱がして暴行を加えたデモ隊から救出してくれた。」と主張したが、この供述内容は、今回各テレビ局から公開された暴行の様子を収録したビデオや近くで暴行を目撃した家族の証言内容とは矛盾するものだった。
この事件については、人権弁護士のナセル・アミン氏は自身のツイッターに、「(警察当局が)一市民を公共の場で引きずり回すのは人道に反する犯罪であり、さらに公式な証言として、虚偽の供述を強要するのは暴政にほかなりません。」と書き込んでいる。
サベルさんは、後に自らの証言を撤回し、実際に彼を虐待したのは武装警察であったことを打ち明けている。また、息子のアハメド君は、地元の独立系新聞社「アル・ショロク」紙の取材に対して、「父から電話があり、警察当局が偽りの証言をするよう脅迫したと泣きながら訴えていた。」と語った。
サベルさんに対する暴行を巡る抗議の声は、1月27日にタハリール広場で行われた抗議行動に参加して逮捕された28歳の少年が死亡したニュースが流れたのを契機に、さらに高まりを見せている。検死報告によると、モハメド・エルギンディさんの遺体には、電気ショックと絞殺を加えられた跡のほか、肋骨3本骨折、頭蓋骨陥没、脳内出血が確認された。
モルシ政権は、警察による拷問と暴行疑惑に関する事実関係を調査すると約束した。同大統領は自身のフェイスブックに、「市民の人権と自由を踏み躙ったムバラク時代に回帰することはない。」とのメッセージを掲載した。
しかし人権擁護諸団体は、エルギンディさんの殴打された遺体の顔写真や、サベルさんを暴行する警察当局の映像から、政府の意図は疑わしいとの見方を示している。
「エジプト人権擁護の会」(EIPR)は、ムバラク退陣2周年を記念した報告書の中で、「エジプト警察は今なお組織的に暴力や拷問を行使し、時には殺人も犯している。」と指摘している。
また同報告書は、「警察機構の管理体制、意思決定や業務監督のあり方、また拷問、殺人に関与した警察幹部や一般の警察官の更生や更迭など、どの項目を見ても、徹底的な警察改革が行われた形跡はなく、むしろ表面的に改善されたような対応がなされている。」と指摘している。
EIPRによると、モルシ政権発足からこの7か月の間に、エジプトでは警察によって少なくとも十数人の人々が殺害され、11人が警察署内で拷問を受けている。同報告書は、「警察当局の責任が問われることはほとんどない。」と記している。
800人以上が殺害された2011年の革命後に有罪になって刑務所に収監された警察官はわずか2人で、100人以上は無罪判決を受けている。
モルシ大統領の出身母体であるイスラム主義団体「ムスリム同胞団」は、最近の警察による暴行・拷問疑惑と大統領の間の距離を置こうとしている。同胞団の報道官は、「大統領が警察機構から、囚人に対する拷問、虐待や武器の過剰行使、さらに日常的に賄賂を受取る慣習を許容する文化を取り除くには、今しばらく時間が必要だ。」と主張している。
「ムスリム同胞団」法律委員会の委員であるヤセル・ハムザ氏は、昨年12月に俄かに纏められ、賛否両論を呼んだ国民投票で採択されたエジプトの新憲法では、警察当局による暴行事件が生じた場合、「大統領の責任は問えないことになっている。」と語った。
この点は、独立系新聞社アル・マスリ・アル・ヨウム」紙が「新憲法によれば、モルシ大統領は、抗議行動の参加者に対して警察が加えた拷問や殺人に関して何の責任もない。つまり、内政に関して責任を負うのは内閣であり、大統領の責任範囲については、外交問題にのみに限定されると規定している。」とのハムザ氏の解説を掲載した。
しかし、活動家らはこうした議論を受入れていない。中にはモルシ大統領が脆弱な権力基盤を維持するために警察当局の力を必要としていることから、既に警察改革を諦めているのではないかと非難する者もいる。
「警察が得意なことと言えば一つしかありません。エジプト人を殴って辱めることだけです。」と4月6日青年運動のメンバーである先述のモハメド・ファティ氏は語った。
モルシ大統領は、先週テレビ放送された演説の中で、スエズ運河地区で起こった抗議行動を鎮圧した治安部隊を称賛した。そして、「抗議参加者は民主的に選ばれたモルシ政権の転覆を目論む凶悪なムバラク支持者らであった。」と語った。しかし、このデモ鎮圧では、警察の狙撃で殺害されたとみられる見物人を含む数十人が死亡している。
また大統領は、スエズ運河地区に30日間の厳戒令を発し、事実上、治安部隊が恣意的に市民を拘束したり逮捕したりできる広範な権限を認めている。こうした権限は、警察当局がムバラク独裁時代に謳歌していたものである。
ファティ氏は、「モルシ大統領は、警察当局に対して、抗議運動参加者には無制限の武力行使を認める許可を与えてしまっているのです。」と語った。ファティ氏が、サベルさんの事件を記録した映像を見ても、「ショッキングな映像ですが、驚くには当たりません。」答えた背景には、まさにこのような認識があったのである。(原文へ)
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