ニュース日豪核軍縮委員会の報告書に批判

日豪核軍縮委員会の報告書に批判

【東京IDN=浅霧勝浩】

賢人会議「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」(ICNND)は、12月15日、2025年までに世界の核兵器を90%以上削減することを求めた報告書を発表した。報告書の提出を受けた日本の鳩山由紀夫首相とオーストラリアのケビン・ラッド首相は大いに満足したようだ。

 日豪両政府の支援を受けた委員会は、ギャレス・エバンズ、川口順子の両外務大臣経験者を共同議長とし、ニューヨークで5月に開かれる核不拡散条約(NPT)運用検討会議に5ヶ月先立って、待望の報告書を提出した。 

しかし、両首相の満足は、日豪を含めた世界の市民社会組織からの批判の嵐によって水を差されることになった。報告書はエヴァンズ・川口両氏を筆頭とする15人の委員によって書かれ、全会一致の賛成を得ている。 

「核の脅威を除去する―世界の政策決定者への現実的な提案」と題された332ページの報告書は、冷戦後20年を経てもなお、広島型原爆15万発の威力に相当する2万3000発の核弾頭が世界に存在するという事実を考えると、きわめて重要な意味を持っている。米ロで2万2000発を保有し、フランス・イギリス・中国・インド・パキスタン・イスラエルで残りの1000発を保有している。 

全核弾頭の約半数が実戦使用可能な状態に置かれており、米ロはそれぞれ2000発の弾頭をすぐに発射可能な危険な警戒態勢下においている。攻撃があったと認知した場合、それぞれの大統領には4~8分しか判断の時間がない。ちなみに冷戦期を通じて、指揮・管制システムには人為的なミスや誤作動が絶えなかった。 

こうした状況の中、鳩山首相は、報告書について、「世界を平和に導くガイドブックが完成した。大変素晴らしいことだと思う。」と述べた。ラッド首相は、「2010年という重要な年にあたり、核不拡散と核軍縮に関する議論の重要な枠組みを提供すると思う。」と発言した。 

報告書は、「1970年に発効したNPT(5年ごとに運用検討会議がある)には大きな制約がある」と指摘している。2005年のNPT運用検討会議は、当時のジョージ・W・ブッシュ米大統領のようなキープレイヤーが軍縮に関する約束を果たそうとせず、「完全なる失敗」に終わったと報告書はみている。そのうえ、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮といった核兵器保有国はNPTに批准していない。 

日豪などのNGOが出した共同声明は、報告書を歓迎しつつも、「報告書が示した核軍縮の行動計画はあまりに遅く、期待からは大きくかけ離れたものだった。」と断じている。さらに、「これでは、核廃絶に向けた世界的な機運を後押しするよりも、むしろブレーキをかける危険性をはらんでいる。」と警告している。 

共同声明には、広島の秋葉忠利市長(平和市長会議議長)や長崎の田上富久市長も名を連ねている。両市は世界で唯一、核兵器による大虐殺の犠牲となった地だ。またその他の署名者の中には、ノーベル平和賞を受賞した「核戦争防止国際医師会議(IPPNW)」、核軍縮キャンペーン、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のティルマン・ラフ議長もいる。 

核兵器ゼロを目指して―いつまでに? 

報告書が市民社会に失望を与えた最大の理由は、核廃絶に向けた現実的な道筋を、緊急かつ実現可能な目標として導き出さなかった点にある。報告書は、世界の核兵器を2000発以下にまで削減する「最小化地点」として2025年を目指すとしたが、核廃絶に到るその後のプロセスや時間枠をまったく示していない。 

市民社会の共同声明は、「このような行動計画では、委員会が示した核兵器のない世界という目標に向けて前進するのではなく、核兵器が削減されるが保持され続けるという世界の永続化に利用されてしまう危険性があります。」と批判している。 

被爆者たちは、10月に広島でICNND会合が行われた際に証言を行い、こうした悲劇が地球上で繰り返されてはならないと委員たちに訴えた。彼らは、核兵器の使用は「人道に対する罪」であり、人類は核兵器と共存できないと主張した。 

科学者たちは、ほんのわずかであっても核兵器が使用されることがあるならば、地球の環境は破壊されるだろうと警告している。最近の国際的動向を見れば、核兵器を保有し続けたり、その価値を認めたりする国々が存在する限り、他国がそれに追従しようとする動きが出てくることは明らかだ。 

このため、市民社会は核廃絶に向けた包括的なアプローチを要求している。世界の市長たちは、核兵器は2020年までに廃絶されるべきだと主張している。広島・長崎両市長は、その年に核兵器なき世界を祝福しようと呼びかけている。 

「これらの声に真摯に耳を傾けるとき、今回の報告書が掲げる行動計画は、緊急性の意識と危機感をあまりにも欠くものであったと言わざるをえません。」と共同声明は述べている。 
ICNNDの報告書は、包括的な核兵器禁止条約(NWC)が核兵器なき世界の達成のために必要になるだろうと示唆している。共同声明はその点で委員会を評価している。しかし、報告書は、NWCの起草は2025年ごろでかまわないとしている。 

共同声明は、これではあまりに遅すぎると指摘し、「現実には、すでに10年以上前にNGOによって起草されたモデル核兵器禁止条約がマレーシアとコスタリカ政府によって国連に提出されており、潘基文国連事務総長はそのような条約を真剣に検討するようくり返し呼びかけています。オーストラリア議会の超党派委員会は今年、核兵器禁止条約の支持を同政府に全会一致で勧告しています。求められているのは、各国政府が市民社会と協力して、核兵器禁止条約への作業を『いま』開始することです。」と述べている。 

核兵器の価値を否定する 

共同声明の署名者らは、報告書が核兵器の価値を否定し、安全保障政策における核兵器の役割を限定すべきだとしたことを歓迎した。ICNND報告書は、「先制不使用」の核態勢をめざしつつ、核兵器の唯一の役割は核攻撃の抑止であるとの宣言をすべての核保有国に求めた。 

市民社会の共同声明は、拡大核抑止(いわゆる核の傘)に依存する日豪両国が主導した委員会がこのような勧告を行ったことの「意義は大きい」としている。しかし、委員会の議論においては、日本の参加者が核兵器の役割を限定することに抵抗したといわれている。 

したがって、市民社会は「今後の日本政府の行動に注目したい」と述べている。彼らは、「核不拡散条約(NPT)に加盟する非核兵器保有国の政府の役人が、核兵器保有国の軍縮に抵抗したり、核の傘がなくなって非核の抑止力や防衛力に置き換えられるなら自らが核兵器を持つと脅したり暗示したりするようなことはまったく容認できない。」との立場をとっている。 

ICAN豪州支部は、6ページからなる別の声明においてより厳しい見方を示した。「ICNNDは独立の委員会であるとされていたが、米国の同盟国である日豪両政府の支援を受け有力者を集めたこの試みは、自らの役割をもっと明確にすべきだった。」と批判している。 

ICANによれば、日本の外務省が、公式見解に反して、米国による日本への核持ち込みを長年にわたって黙認してきたことが最近わかったという。 

さらには、日本政府は、オバマ政権の核軍縮の動きにさかんに反対してもいるという。また、米国が核兵器の先制不使用政策へと動こうとしていることに対して日本が頑強に反対し、ICNNDの委員たちを困らせたとも伝えられている。同声明は「国内の2都市が核攻撃を受けた国の行動だけに、やっかいで残念なことである。」と述べている。 

また同声明は、「オーストラリアの今年の防衛白書は、米国の核抑止力に2030年以降も依存し続けることを確認しており、核軍縮を目指すとの同国の公式目標に完全に反している。また、核兵器国に対するオーストラリアのウラン輸出は継続しているが、ウラン濃縮に関する保障措置は十分でないし、使用済み核燃料の再処理についても規制がかけられていない。」と指摘している。 

さらに、ICAN声明は、「拡大抑止は核兵器である必要はない。日本の新政権では、岡田克也外相が核の先制不使用政策を支持し、鳩山首相が『核兵器なき世界』という目標を口にしている。オバマ大統領の核軍縮目標と先制不使用政策を積極的に支援する日豪の共同の取り組みは、すばらしい機会を提供することになるであろう。」「豪日両国は、核兵器の使用を排除した新しい同盟関係を米国と結ぶべきだ。これこそが、オバマ大統領と『核兵器なき世界』を支持するために両国がとれるもっとも強力な行動であろう。NATOをはじめとして、世界全体に影響力を持つはずだ。」と述べている。 

原子力にNoを 

ICNNDの報告書は、核テロリズムの脅威と、原子力平和利用に伴うリスクについて言及している。しかし、市民声明は、ウランやプルトニウムなど、核兵器に転用可能な物質および技術に対する具体的な規制措置の提案は「不十分」だと述べている。 

この報告書は、おりしも気候変動枠組み条約に関するコペンハーゲン会合(COP15)のさなかに提案されており、「地球温暖化によって世界的なエネルギー政策が転機にあるなか、原子力にともなう核拡散の脅威に対処するために、より一層強い措置が必要です」と市民声明は述べている。 

ICAN豪州支部のティルマン・ラフ議長は、「ウラン濃縮と、プルトニウム抽出のための使用済み核燃料再処理は、必然的に軍民両用的な性格を持っている。ICNNDの明白な原子力推進の姿勢は、これらを規制する必要性を一方で示していることと折り合わない。委員会が原子力を推進することは矛盾している。既存の核不拡散体制の失敗に対処しそれをどう修正していくのかを示さないまま、核拡散の危険性を高めることになるであろう。」と述べている。 

ICAN豪州の立場は、「核兵器なき世界」を達成し維持していくには、原子力を次第になくしていく方が手っ取り早いというものである。しかし、原子力が現実に使用されている中、原子力産業は、ウラン濃縮を厳格な国際監視の下でのみ行い、プルトニウム抽出のための使用済み核燃料の再処理を中止する大きな方向転換を必要としている。 
ICANは、「核兵器なき世界」達成に向けた努力の一環として、安全保障政策における核兵器の役割を低減することは、核兵器保有国だけではなくすべての国々の責任だと考えている。また、核兵器保有国の同盟国は、特に大きな責任を持っている。 

批判の封じ込め 

しかし、ICNNDの共同議長2人は、予測される批判の先回りをして、2008年7月に共同議長就任を要請された際、同委員会の使命は、「あくまでハイレベルの国際的議論を促すことを主目的とし、冷戦終了直後に軍備管理への熱情が失われて以来、国際的な核政策が陥っていた夢遊状態から目を覚まさせることが目的だった。」と述べた。 

特に共同議長の両氏は、「彼らの任務は、2010年5月に開催予定のNPT運用検討会議において、前回の2005年運用検討会議と同年の世界サミットにおいて何の合意にも到らなかった失敗を繰り返させないようにすることであった。」と述べた。 

シュルツ、ペリー、キッシンジャー、ナンの4人が2007年1月に発表した論文で、現実主義者の観点から、核兵器は以前に持っていた有用性を失ってしまったと論じてから新しい論争に火がつけられていたが、2008年半ばぐらいまでは、政策決定者たちは現実にその問題に目を向けてはいなかった。 

しかし、2009年初めに事態は一転した。新たに選出されたバラク・オバマ米大統領が核軍縮、核不拡散、核セキュリティに関する一連の方向性を打ち出し、ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領も直ぐに賛意を示した。こうして、核問題は世界的な課題として再登場することになったのである。(原文へ) 

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩 

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