ニュース2016年核セキュリティサミット:オバマ最後の努力(ジャヤンタ・ダナパラ元軍縮問題担当国連事務次長)

2016年核セキュリティサミット:オバマ最後の努力(ジャヤンタ・ダナパラ元軍縮問題担当国連事務次長)

【キャンディ(スリランカ)IDN=ジャヤンタ・ダナパラ】

一般的な診療実務において、「偽薬」とは、患者の心理面にプラスに働くようにということで処方される薬や処置のことだと定義される。つまり、生理学上、或いは治療上の効果というよりも、患者の気持ちに合わせたり、沈静させる効果を狙っているのである。米国のバラク・オバマ大統領が2009年4月にプラハで示したレトリックは、世界に対して、「核兵器なき世界」という希望を掻き立てるビジョンを示した。「何千もの核兵器の存在は冷戦の最も危険な遺産です。……私は明白に、信念とともに、米国が核兵器のない平和で安全な世界を追求すると約束します。」

それ以来、期待外れに終わった4回の核セキュリティサミットがあり、核テロに関する警告が繰り返されたにも関わらず、実質的な核軍縮は達成されなかった。

Jayantha Dhanapala/ Photo by Katsuhiro Asagiri
Jayantha Dhanapala/ Photo by Katsuhiro Asagiri

オバマ大統領は、時期尚早に授与されたノーベル平和賞を手にしながら、世界最大の軍産複合体のありきたりの主導者の地位に舞い戻ってしまった。この軍産複合体は、世界の軍事支出1.8兆ドルのうちおよそ6100億ドルを消費し、核兵器近代化のために今後10年で実に3550億ドルを費やす予定である。

オバマ大統領は2010年にロシアとの間で(発効から7年以内に配備核を3割削減することを約束した)新戦略兵器削減条約(新START)を結んだものの、引き続き、核抑止と積極的なNATOの拡大、ミサイル防衛システム構築の方針を採り続けた。ウラジミール・プーチン大統領が率いるロシア連邦との和解は、ロシアがクリミアを併合して、ウクライナに対する敵対的な政策を採ってからは、ますます難しいものとなった。

きわめて敵対的な共和党が米議会を支配するなか、オバマ大統領は、合同包括的行動計画を通じてイランとようやく核協議の最終合意に至った。しかしこれは欧州連合(EU)が原則的な立場を貫き、リベラルなハッサン・ロウハニ大統領の下でイラン指導部が忍耐力を発揮したことでかろうじて成立した合意だった。

その他の外交政策上の「成功」としては、未だに履行されていないグアンタナモ収容所閉鎖の決定と、キューバとの国交回復とそれに続くキューバ訪問がある。この2つの成果は、オバマの通知表では「未完」のものとして記録されねばならない。というのも、米議会は、グアンタナモ閉鎖とそこでの人権侵害(ジュネーブの人権理事会では他国の同様の行為に対して米政府が頻繁に非難しているような類の人権侵害)の停止に反対しており、数十年を経て米・キューバ両国の大使館が華々しくオープンする一方でキューバに対する禁輸措置も依然として続いているからだ。

オバマ政権最後の期待外れの出来事の中で、4回目の、そして最後となる核セキュリティサミットがワシントンで開かれ、4月1日に最終コミュニケが発表された。ロシアが意図的に欠席したにも関わらず、世界の二大国であり、合わせると世界人口の3割を占め、しかも核兵器国でもある中国とインドが積極的に参加したことは、サミットを救うひとつの成果だと見なされている。

代理戦争と紛争が多発している中東諸国からの難民の流れが欧州の統一とその道徳的な価値基盤を揺るがせる一方、イスラム過激派組織ISISによるテロが欧州諸都市を恐怖に陥れている。国連安保理決議1540や、オバマ大統領が主導した2010年のワシントン、2012年のソウル、2014年のハーグでの各々の核セキュリティサミットの合意事項履行のために多くのことがなされたにも関わらず、突如として、核テロは以前にもまして現実的な脅威となった。

重要な事実は、「人道の誓約」と「核兵器禁止条約」への世界の支持の高まりにも関わらず、核兵器廃絶に向けた措置は何ら取られていないということだ。

核兵器が存在するかぎり、その保有はそれをすでに保有している9カ国に限られないというのが自然の流れだ。他の諸国や非国家主体もその保有を望むことだろう。もし核兵器がなければ、テロリストや誰の手にも核兵器が拡散されることはない。「グローバル・ゼロ」キャンペーンはこの点について端的に、「核兵器が存在する限り、『核セキュリティー』などというものはない。」と指摘している。

Joe Cirincione/ Ploughshares Fund

プラウシェアズ財団」のジョー・シリンシオーネ代表は、「ハフィントン・ポスト」への寄稿のなかで、「オバマ大統領は正しいビジョンを持っているが、彼の期待は自身の官僚機構、とりわけ、時代遅れの核戦力を大統領の政策以上に擁護する国防総省(ペンタゴン)の役人たちによって裏切られてきた。オバマ大統領は、(来月の伊勢志摩サミット出席に伴う来日の機会を利用して広島を訪問し)広島でのスピーチを利用して自身の主張を再び前面に押し出し、ホワイトハウス主導による新たな行動を起こすことが可能だ。例えば、ウィリアム・ペリー元国防長官が主張しているように、オバマ大統領は、新型の核巡航ミサイルと大陸間弾道ミサイルという、自身が既に製造を命じた最も危険で不安定化を招く新システムの構築をキャンセルしたり、遅らせたりすることを発表できるはずだ。」「少なくともオバマ大統領は、無意味で時代遅れな警戒即発射態勢を解除することができるはずだ。あるいは、トルコやベルギーの危険な基地から、冷戦期から配備されたままになっている米軍の核兵器を引き上げることも、専門家が既に勧告しているその他多くの行動も実行に移すことができるはずだ。つまりオバマ大統領は、人類が発明した最も恐るべき兵器からアメリカを守るために、あらゆる機会を捉えて手を尽くした誇りつつ、大統領職を離れることができるはずだ。」と述べている。

上記のような課題からすれば、先日閉幕した第4回核セキュリティサミットは実際のところ「偽薬」に過ぎない。サミットの最終コミュニケは、既に達成されたことを明確にするために次のように読み替えられるべきだ。

ICAN
ICAN

1.コミュニケは、核・放射線テロの脅威は依然として国際社会の安全保障に対する最大の挑戦の一つでありその脅威は継続的に増大し続けている、と繰り返している。

2.コミュニケは、核セキュリティー強化のための措置が、平和的目的のために原子力を開発し利用する国家の権利を妨げないことを再確認しているが、イランは必ずしも好ましい模範ではないとしている。専門家グループから度重なる勧告があったにも関わらず、プルトニウムの民生用再処理の禁止や、低濃度ウラン原子炉への移行の必要性については言及されていない。

3.コミュニケは、核兵器に使われているものを含む全ての核物質及びその他の放射性物質並びに各国の管理下にある原子力関連施設のセキュリティーを、あらゆる段階において効果的に維持する国家の基本的責任について繰り返している。それにもかかわらず、数多くの事故や盗難、サイバー攻撃が生じている。

4.各国の国内法や国内手続きにのっとって、情報共有などの国際協力を行うことが約束された。これは、全ての国の共通利益と安全確保のための、より包摂的で、調整され、持続可能で、強力な国際的核セキュリティー構造の構築に向けたものである。

5.国際的核セキュリティー構造の強化及び国際指針の作成における国際原子力機関(IAEA)の重要な責任と中心的な役割が支持された。

コミュニケは「2016年サミットをもって現行の形式による核セキュリティサミットは終了する。」と述べて終わっており、米国の次期政権が新たな形式を探ることになる。

しかし、テロ非難の嵐の中で行われている米大統領選を見てみると、選挙戦を争うどの候補者も、核戦力の廃絶はおろか、その削減や保全を行う用意を持っていないようだ。

実際、共和党の有力候補者であるドナルド・トランプ氏は、日本と韓国に自ら核武装させ、核不拡散条約(NPT)とその189の締約国については気にするな、という立場を表明している。オバマ氏が大統領に就任しプラハ演説を行うずっと以前の2007年と08年に『ウォール・ストリート・ジャーナル』への有名な寄稿で核軍縮への攻勢を主導した「反黙示録の四騎士」、すなわち、ジョージ・シュルツ氏、ヘンリー・キッシンジャー氏、サム・ナン氏、ウィリアム・ペリー氏の4人が奇妙な沈黙を保つ中で、このようなことが起きているのである。

従って私たちは、オバマ大統領がプラハ演説に忍び込ませた逃げ道の但し書きに戻ってみなければならない。つまりオバマ大統領は同演説の中で、「ゴールはすぐには到達できないでしょう。私が生きている間には恐らく(難しいでしょう)。忍耐と粘り強さが必要です。しかし今、私たちは世界は変わることは出来ないという声を無視しなければいけません。私たちは主張しなければいけません、『イエス・ウィー・キャン』と。」と語った。

核兵器を廃絶することなしに核テロを本当に廃絶することなどできるのだろうか? いや、そんなことは不可能だ(=ノー・ウィ―・キャント)。(原文へ

※ジャナンタ・ダナパラは、元国連事務次長(軍縮問題担当、1998~2003)、元スリランカ駐米大使(1995~97)、元欧州国連大使(駐ジュネーブ、ウィーン、1987~92)。現在は、ノーベル賞を受賞したこともある「科学および世界問題に関するパグウォッシュ会議」の議長、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の特別客員研究員。本稿の見解は、ダナパラ氏個人のものである。

INPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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