この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
この記事は、2022年5月3日にThe Strategistに初出掲載されたものです。
【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】
西洋人の中には、非西洋人に対して上から目線で意見するほど倫理的・知的に優位な立場にあると思い込む者がいるが、彼らがあそこまで著しく自己認識に欠けるのはどういうわけだろうか? トーマス・リッセとスティーブン・ロップは、1999年の書籍「The power of human rights(仮訳:人権の力)」 で担当した章において、「西側諸国や国際組織の圧力は、規約に違反した国の政府の外的影響に対する脆弱性を大幅に増大させることができる」と書いている。(原文へ 日・英)
いまでも覚えているが、この文を初めて読んだとき、非西側諸国の政府は誤った規範違反者、西側諸国の政府は高潔な規範設定者であり規範執行者という世界の分類にうかがえる無意識の傲慢さに驚愕した。私が国連で働いていた頃、西洋人が他の国々に対応する際に常に持ち続ける白人の責務について、どれほど多くのアフリカ人やアジア人の外交官が不満を漏らしたか、数えきれないほどだ。
エドワード・ルースは、2022年3月24日の「フィナンシャル・タイムズ」紙において、西側はロシアがウクライナをめぐって「世界的に孤立している」と言いながら、「自らの連帯を世界的なコンセンサスと勘違いしている」と指摘した。確かに、3月2日の国連総会決議で、193カ国の国連加盟国のうち141カ国がロシアの侵攻を非難することに賛成票を投じた。しかし、賛成しなかった52カ国の非西側諸国は、アフリカ諸国の半数を含み、世界の人口の半分以上を占めており、バングラデシュ、モンゴル、ナミビア、南アフリカ、スリランカのような民主主義国家も含んでいる。インドはその中で最も目立つ重要な国であるため、多くの評論家が「なぜインドは、ロシアを支持するフリーパスを持っているのか?」と絶えず問いかける。
それとは対照的に、オーストラリアのスコット・モリソン首相がウクライナ戦争に対するインドの公然とした中立性と中国のそれを慎重に区別したこと(ウクライナに関する国連の採決をインドと中国が棄権したことの間には、「これっぽっちも」道徳的な等価性がないとモリソンは述べた)にも通じるが、英国のボリス・ジョンソン首相は、近頃インドを訪問した際、インドのナレンドラ・モディ首相が「数回にわたって」ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に介入し、「こんなことをするとは、いったい何を考えているのかと尋ねた」と述べた。インドはウクライナにロシア人ではなく平和を望んでいると、ジョンソン首相は付け加えた。欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長も彼に続き、欧州がロシアの石油とガスから「多様化によって脱却する」方法として、再生可能エネルギー分野でインドと提携することに強い関心を示した。
このような見解は、インド政府高官による主張の正当性を示し、それを西側の各国政府にも広く一般化するものである。そのため「米政権内部には、遅ればせながら、しかし嫌々ながら、インドの立場を受容する姿勢が見られるようになった」。インドの慎重なバランス外交と微妙な政策に対するこのような公式な理解は、一般の評論にはあまり見られない。
外交政策とは、美徳のシグナリングではなく、国民の最大利益のために行動することである。全ての国の政策は、地政学的計算や経済的計算(現実主義)と中核的な価値や原則(理想主義)の混ざり合いに基づいている。そのため、たとえ他国より頻繁かつ重大な政策上の過ちを犯す国があるとしても、どの国の政策も、矛盾のない首尾一貫したものとは言えず、誤り、偽善、ダブルスタンダードとも無縁ではない。したがって、長年にわたる残酷なイエメン紛争などで西側諸国が価値観を軽視すればリアルポリティークと言い、ウクライナにおける残虐行為に他国が沈黙すれば悪事の共犯だと言うのは、ありえないことだ。
インドのS・ジャイシャンカル外相は、4月11日にワシントンで、NATOがロシアに制裁を科して以降、インドがロシアから1カ月に輸入した石油の量は、欧州が1日の午後の間に輸入したエネルギーの量よりも恐らく少ないだろうと辛辣に述べた。4月26日、ニューデリーで開催された権威ある年次会議「ライシナ対話」で、ジャイシャンカルは、ノルウェー外相とルクセンブルク外相の質問に対して同様の辛辣な回答をした。昨年西側諸国がアフガニスタンから慌ただしく立ち去った後、アジアではルールに基づく秩序が脅威にさらされ、アジア諸国がその後始末をすることになったと、ジャイシャンカルは彼らに思い出させた。ただ出て行くだけで何の戦略もない混乱に満ちた撤退により、インドの安全保障上の利益は深刻な影響を受けた。4月22日、英国の「デイリー・テレグラム」紙は、2014年のクリミア併合後にEUがロシアに武器禁輸措置を科して以降も、フランスとドイツが2億7300万ユーロ相当の武器をロシアに売却し、それがウクライナ戦争で使用されている可能性が高いと報道した。
4月24日、モリソン首相は、ソロモン諸島に中国の軍事基地が設置されることは許容できない一線であると述べた。ジョー・バイデン大統領の太平洋地域に関する最高顧問を務めるカート・キャンベルがソロモン諸島のマナセ・ソガバレ首相と会談した後に出されたホワイトハウスの声明には、「事実上の恒久的な軍事プレゼンス、戦力投射能力、あるいは軍事施設」が中国によって確立されることになったら、米国は「重大な懸念を持ち、相応の対応を取る」と記された。これは、南アフリカのシリル・ラマポーザ大統領が述べたように、ロシアの譲れない一線をウクライナとNATOが越えたことに対するロシアの反応と何ら変わりはない。ソロモン諸島は、オーストラリア海岸から1,700 km沖にある。一方、ロシアとウクライナは陸で国境を接し、キーウはモスクワからわずか755 kmしかない(オタワ・ワシントン間に相当)。
現在、オーストラリア、英国、欧州、米国の政府の間には、インドがロシア製の兵器に依存しているのは過去の経緯によるもので、現在の軌道を反映してはいないということが、より完全に理解されている。ロシアへの依存が生じたのは、インドの選択であると同時に、米国の武器輸出が過去に制限されていたことにも起因する。ウクライナでロシア製兵器の欠陥が明らかになったことから、今後インドのロシア製兵器離れが加速するだろう。西側による制裁の影響でロシアの経済的重要性が低下したことも、パートナーとしてのロシアの魅力を減じるだろう。
ロシアによる侵攻と市民に対する残虐行為に対するインド政府の声明は、直接ロシアを名指しはしないものの、徐々に厳しいものになっている。インドは、西側諸国が中国の市場や工場への依存を低減し(近頃のオーストラリア・インド間の自由貿易協定)、また、ロシアのエネルギーへの依存を低減する可能性を提供する。また、西側諸国がインド太平洋地域で目指す一連の目標にとって、インドは不可欠の存在である。
4月11日にワシントンで開催された「2+2」閣僚会合の後、米国のロイド・オースティン国防長官は、米印関係を「インド太平洋地域における安全保障のかなめ」と描写した。アントニー・ブリンケン国務長官は、米国が「インドのパートナーになりえなかった」時代にインドとロシアの関係が形成されたことを認めた。しかし、今日では、「商業、技術、教育、安全保障など、実質的にすべての分野で、米国はインドの最高のパートナーになることができ、その意欲がある」。ほとんどのインド人は同じ気持ちだが、インドは、単なる米国の駒ではなく、他の国々に影響を及ぼす源として、あるいは世界の問題における明らかに独立した主体として、より効果的に西側諸国の目標達成を助けることができるだろう。
ラメッシュ・タクールは、国連事務次長補を務め、現在は、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、同大学の核不拡散・軍縮センター長を務める。近著に「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」 (ルートレッジ社、2022年)がある。
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