【キーウINPS=ピエールパオロ・ミティカ】
かつて米軍の核攻撃に備えてウクライナに建設された施設が、今やロシア連邦の攻撃から国民を命を守るために初めて使用されるようになっている。
首都キーウ市内だけでも、冷戦中のソビエト連邦時代に建設された400以上の核シェルターが点在している。これらの施設には、200人から4000人が収容可能で、想定された米軍からの核攻撃から生き残るために必要な設備が備えられていた。ウクライナでは、チェルノブイリ原発事故が起きたときでさえ、こうした核シェルターが実際に使われることはなかった。当時のソビエト連邦中央政府(モスクワ)は、放射能雲からウクライナの住民を守るために核シェルターを使用できたにも関わらず、チェルノブイリ原子力発電所事故の深刻さを西側諸国や地元住民から隠蔽するために、あえて使用しない選択をしたのだ。
冷戦時代が終わり、1991年にソビエト連邦が崩壊すると、地下シェルターは閉鎖され放棄された。近年は、地元業者がこうした核シェルターの一部を観光用に開放し、ソビエト連邦の歴史やダークツーリズムに関心を持つ人々を対象にしたアトラクションとしていた。
しかし皮肉なことに、昨年ロシアによるウクライナ軍事侵攻が始まると、冷戦時代の遺物であるこうした旧核シェルターが、地元住民にとって極めて重要な存在となった。実際、ロシア軍による首都キーウへの絶え間ない攻撃、ほぼ毎週のように発射される無人機やミサイルの中で、地元住民は市の地下鉄だけでなく、初めてこうした核シェルターに避難している。(原文へ)
INPS Japan
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