この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=アミン・サイカル】
この記事は、2023年3月17日に The Strategistに初出掲載されたものです。
敵対する二つの産油国であるイランとサウジアラビアは、7年にわたる不和の後、中国が仲介した協議で国交回復に合意した。どちらの側も信頼醸成を多分に必要としているものの、両国の和解は米国とイスラエルのタカ派への配慮を犠牲にして、地域の地政学的情勢を変える可能性がある。(日・英)
イランとサウジアラビアの長年にわたる宗派対立と地政学的対立は、ペルシャ湾地域における緊張と紛争の大きな火種となってきた。伝統的に、イランはイスラム教シーア派の守護者として自らを位置づけようとしてきたのに対し、サウジアラビアはイスラム教スンニ派の指導権を主張してきた。また、両国とも、地域における地政学的優位を争っている。両国とも、イラク、シリア、レバノン、イエメンといった地域の紛争多発国のいくつかに関与し、互いに敵対している。
伝統的に米国の支援を受けてきたサウジアラビアは、イランの核計画を懸念し、同国を地域的脅威と見なして、中東でイランに敵対するもう一つの米同盟国イスラエルとの水面下の外交ルートを開いた。さらに、湾岸協力会議に加盟するいくつかのパートナー国(特にアラブ首長国連邦とバーレーン)とこのユダヤ国家の国交正常化を後押し、反イラン戦線を形成した。それに対し、イランはロシアおよび中国と密接な関係を築いてきた。2016年初め、サウジが著名なシーア派聖職者を処刑し、テヘランのサウジ大使館をイラン人暴徒が襲撃したことを受けて、リヤドはテヘランとの関係を断絶した。
しかしながら、主人公である両国にとって地域の情勢は近頃変化している。米国の厳しい制裁下にあり、2022年9月以降国民の抗議運動に悩まされているにもかかわらず、イランのイスラム政権はレバント地域(イラクからレバノンまでのエリア)とイエメンにおける地域的影響力を何とか維持しており、ウクライナ紛争では殺傷力のあるドローンをロシアに供給することによってその軍事力を顕示している。
サウジアラビアは、イランの影響力を撃退することもできず、これまで通り米国を非常に頼りになる同盟国として信頼し続けることもできずにいる。米国がイランの抑え込みにもアフガニスタンでの敗北回避にも失敗した今となっては、なおさらである。サウジは、外交関係を多様化し、まさにイランが連帯を確立している相手国、とりわけ中国との密接な関係を築くことが自国の利益になるという認識をますます深めている。
サウジアラビア王国の事実上の若き統治者であるムハンマド・ビン・サルマンは、このような多様化について、彼が人権侵害を犯していると批判するワシントンに対する不満を示唆するだけでなく、2030年までにサウジアラビアを地域の超大国にするという彼の構想を実現する助けになると見なしている。そのために彼は、富の源泉としての炭化水素に対する国の依存度を低減したいと考えている。経済、貿易、投資やハイテク産業の流入を拡大し、社会的・文化的情勢を変化させ、ただし専制政治体制は変えないことを望んでいる。その意味で、彼は中国のモデルにより大きな魅力を見いだしている。
北京は、自らの援助のもとでイランとサウジが和解したことをこれ以上ないほど喜んでいる。それは、近頃のウクライナ和平提案とともに、北京が世界で展開する外交攻勢の一歩を構成する。すなわち、他国への内政不干渉政策を通して国際舞台における調停者としての中国の信用を高めようとする試みである。その根底にあるメッセージは、米国を干渉主義の「戦争屋」国家だと提示することである。それに加え、中国が年間石油需要の約40%を輸入している中東地域と、より深くより広い貿易関係を築くための道筋をつけるものとなる。
こういった展開に、米国とイスラエルが心穏やかでいられるはずはない。両国とも、イランに対する地域の態度が軟化することは、特に中国がそれを後押ししている場合、自国の利益に反すると考えているからである。米国は、イランの核計画、地域的影響力、そして宗教的制約や生活水準低下に抗議してイランの女性たちが声をあげた近頃の国内騒乱への対応について、イラン政権に対して最大限の圧力をかけ続けたいと考えている。また、よりによって米国が封じ込めようとしている国にサウジアラビアが接近するのを見たいとは思っていない。
イスラエルは、イランのイスラム政権を実存的脅威と見なしており、イランが核兵器保有国となることを防ぐためなら何でもすると明言している。両国の影の戦争は、ここしばらくの間膠着状態に陥っている。イスラエルは、シリアやレバノンでイランの標的を頻繁に攻撃しており、イランの核科学者数人を暗殺し、船舶を襲撃している。最近ではより大胆な行動を取り、イランの核施設が立地するイスファハンの防衛施設に直接攻撃を加えた。それに対し、イランは、イスラエルの船舶、情報部員や外交官を標的にし、イスラエルのいかなる敵対行動にも報復すると誓った。
イスラエルとイランが一触即発の状態になったことは何度かある。両国が直接衝突すれば、地域の内外に壊滅的な影響が及ぶだろう。とはいえ、中国が外交、安全保障、情報活動においてイスラエルと良好な協力関係を結んでいることを思い出すのも重要である。北京がここでも介入し、米国が失敗したイスラエル・パレスチナ紛争の解決を実現することを期待できるだろうか? イスラエルが頑なに占領をやめようとせず、米国がイスラエルに揺るぎない戦略的支援を行っている以上、それはまず期待できないだろう。
アミン・サイカルは、シンガポールの南洋理工大学ラジャラトナム国際学院で客員教授を務めている。著書に“Modern Afghanistan: A History of Struggle and Survival” (2012)、共著に“Islam Beyond Borders: The Umma in World Politics” (2019)、“The Spectre of Afghanistan: The Security of Central Asia” (2021) がある。
INPS Japan
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