【ストックホルムIPS=ヤン・ルンディウス】
この混乱と悲しみに満ちた時代において、世界各地で行われている人権侵害や違反について沈黙することは難しい。コンゴ民主共和国東部、南スーダン、ウクライナ、ガザ地区―これらの地で起こる暴力は目を背けることのできないものだ。その中でも、トランプ政権が示してきた態度、とりわけウクライナの正当に選出された大統領に対するトランプ氏の言動は、理解しがたいものの一つである。ウクライナの国民が独裁政権と戦い、祖国を守ろうとしているにもかかわらず、トランプ氏はその正当性に疑問を投げかけてきた。
これは、米国が自らを「世界で最も偉大な民主主義国家」と称する姿勢と無関係ではない。この信念は多くの米国国民の間に深く根付いており、憲法こそがこの民主主義を不変のものにしていると考えられている。しかし、元大統領のジョー・バイデン氏ですら、最近ではその確信に揺らぎを見せている。
「私たちは依然として民主主義国家である。しかし、歴史が示すように、一人の指導者への盲目的な忠誠や政治的暴力への加担は、民主主義にとって致命的だ。長い間、米国の民主主義は保証されていると信じてきたが、そうではない。私たち一人一人が、民主主義を守り、擁護し、立ち上がらなければならない。」
しかし、米国の民主主義を守るために現大統領の独裁的な行動に対抗しようとする中で、果たして合衆国憲法は本当に民主主義と人権を守る力を持っているのか、という疑問が生じる。
合衆国憲法の起源とその限界
米国の建国の父たちが1787年の夏にフィラデルフィアで起草し、1789年に批准された合衆国憲法は、当初から米国が完全な民主主義国家になることを想定していなかった。実際、当時から「米国をどれほど民主的にするべきか」は非常に議論の分かれる問題であり、それは現在でも変わらない。
当時、大統領、上院、司法は国民ではなく代表者によって選ばれていた。国民が直接選出できるのは下院議員のみであり、その投票権を持つのは「財産を持つ成人の白人男性」に限られていた。しかし、憲法には「修正」できるという重要な特徴があり、年月を経て民主的な要素が追加されてきた。
憲法が批准されて以来、修正は27回行われた。その中でも特に重要なのが次のようなものだ。
1868年(修正第14条):「米国で生まれた、あるいは帰化した全ての人々に市民権を付与し、法の下での平等な保護を保証」
1870年(修正第15条):「人種による投票権の否定を禁止」
1913年(修正第17条):「州議会ではなく国民が上院議員を直接選出する制度に変更」
1920年(修正第19条):「女性に参政権を付与」
唯一廃止された修正条項は修正第18条(禁酒法)のみであり、これも後に撤回されている。
憲法修正には厳格な手続きがある。議会の 3分の2 の賛成を得た上で、全州の4分の4 の承認が必要だ。しかし、法的な抜け道を利用すれば、修正条項の適用を回避することも可能である。例えば、1883年に最高裁は「修正第14条と第15条は、州による差別のみを対象とし、個人による差別には適用されない」と判断し、南部諸州に人種差別的な法律を制定する余地を与えた。この判決が覆されたのは、1964年の公民権法と1965年の投票権法の適用によってである。
トランプ政権と憲法の危機
ドナルド・トランプ氏は大統領に就任して以来、その権限を過去の大統領よりも拡大しようとしてきた。個人的な訴訟を阻止する試み、出生地主義の市民権の制限、議会が承認した予算の執行拒否、独立機関のトップの解任など、その行動は枚挙にいとまがない。こうした動きの背景には、トランプ氏が自ら任命した最高裁判事による支持を期待している可能性がある。

言論の自由の抑圧
憲法修正第1条は、宗教の自由、言論の自由、報道の自由、平和的な集会の権利を保障している。しかし、トランプ政権下では、これらの権利が脅かされている。
トランプ氏は自身に批判的な報道機関を「国民の敵」と呼び、CNN、ABC、CBS、Simon & Schusterなどを名誉毀損で訴えてきた。
ホワイトハウスは報道機関の出席を制限し、APやロイターなど主要メディアを記者会見から締め出した。
2024年3月4日、トランプ氏は「違法な抗議活動を許可した大学への連邦資金を全て停止する。」と発言し、外国人の学生を追放または逮捕する方針を示した。
歴史が繰り返されるのか?
こうした動きは、1950年代にジョセフ・マッカーシー上院議員が共産主義者の「魔女狩り」を行った時代を想起させる。マッカーシー氏は証拠もなく国務省内の共産主義者リストを持っていると主張し、多くの公務員や学者、ジャーナリストのキャリアを破壊した。
トランプ氏が崇拝する弁護士ロイ・コーン氏は、マッカーシー氏の右腕として活躍した人物であり、後にトランプ氏の法律顧問となった。コーン氏の影響は、トランプ氏の「勝つためなら何をしてもいい。」という姿勢に色濃く残っている。
米国の未来はどうなるのか?
トランプ氏の憲法無視が、共和党内でどれほどの反発を招くのか。そして、民主党や米国国民が憲法を守るためにどのように立ち上がるのか。これは、米国の未来だけでなく、世界全体の行方を左右する問題である。(原文へ)
INPS Japan/ IPS UN Bureau
関連記事: