【モスクワIPS=パボル・ストラカンスキー】
ロシアは、一見したところ、核軍縮政策の変化に対して頑なに抵抗しているかに思えるが、シリアに化学兵器を廃棄させた最近の動向を見ると、世界の核兵器備蓄を削減するうえでより積極的な役割をロシアは果たしうるのではないかと専門家らは考えている。
9月26日にニューヨークの国連本部で開催された史上初の「核軍縮に関する国連総会ハイレベル会合」は、ロシアが核兵器削減への新たな取り組みを行わないとの立場を明確にして終了した。
ロシアは、米国の戦略防衛システムの問題や、既存の核戦力削減条約の効果的な履行、他国の兵器プログラムに関する懸念など、緊急と考える問題に先に対処すべきだと主張した。
しかし、同ハイレベル会合では、シリアが化学兵器を廃棄することに合意したのを受けて、核問題と同じ程度に化学兵器についても議論された。
もともとはロシア政府によって提案されたシリアとの合意は、もしある国に大量破壊兵器(WMD)計画について再考させることができるならば、核兵器の問題も含め、他の国も説得することができることを示した、と専門家らは考えている。
カーネギー・モスクワセンターの不拡散問題の専門家ペートル・トピチカノフ氏はIPSの取材に対して、「核軍縮問題について、このハイレベル会合でロシアから何か新しい動きが起きると予想できる要素はないが、シリアの化学兵器廃棄同意後、何らかの変化が起きる希望が出てきました。」と語った。
「シリア合意は、大量破壊兵器の廃棄に関して、ロシアと他国との間での協力の良い模範を示した、という点が重要です。今回は核問題についてではなかったものの、ロシアが軍縮問題で他国との議論を活性化できるとのシグナルを送ったと言えるでしょう。」
「シリアは、化学兵器の廃棄を加盟国に義務づける化学兵器禁止条約の署名国ではなかったが、(ロシアの説得を受入れ)今回同条約への署名と化学兵器の廃棄に合意しました。従って、シリアに対して大量破壊兵器(WMD)を廃棄させることができるなら、例えば核兵器のような他のWMDについて、他の国々に同様の措置をとらせることも、不可能とは言えないでしょう。」
ロシアと米国は合計で世界の9割の核兵器を保有しているが、ロシア政府は、核軍縮の必要性には米ロだけが対処するのではなく、すべての核兵器保有国が参加しなくてはならないと強力に主張してきた。
ウラジミール・プーチン大統領は、近隣諸国、周辺諸国が自国の核戦力を拡大しているとみられるときに核戦力の削減を呼び掛けて意味があるのだろうか、と公然と疑問を投げかけている。
ロシアは、「核軍縮に関する国連総会ハイレベル会合」において、核兵器とその他の形態のWMDをもつすべての国が軍縮への措置を採るまでは、核軍縮には本当の未来は訪れないであろう、と強調した。
トピチカノフ氏は「ロシアは、核軍縮問題を、米ロ間の軍縮という視点からのみ考えているわけではありません。ロシアは軍縮協定に他の国々も巻き込んでいきたいのです。」と語った。
「それは、たとえば国連の安保理5大国すべての軍備を縮小するような多国間協定というわけでは必ずしもありません。なぜならそれは不可能だからです。ロシアはむしろ、多くの二国間軍縮協定の締結を推進したいと考えています。」
たしかに、このところ米ロ間の核軍縮の取り組みは失速している。冷戦終結以来、双方の核弾頭の数を削減するさまざまな協定が締結されてきた。
バラク・オバマ大統領が今年6月のベルリン演説の中で行った、米ロ両国双方が(配備済み戦略)核戦力を3分の1削減するという提案は、ロシア政府によって事実上否定されている。両国の兵器運搬能力の違い(通常兵器で圧倒的優位にある米国に対抗するためロシアは多数の戦術核兵器を維持しているとみられている:IPSJ)から、ロシアは、核戦力の大幅削減に同意すれば軍事的に不利に立たされることを恐れているのである。
ロシアはまた、米国のミサイル防衛計画にも神経をとがらせており、ロシアに対してそれが使用されることがないとの確約を得ない限り、核兵器に関して譲歩することはなさそうだ。
「(核軍縮に関する)ロシアの立場はきわめて頑ななものです。それを変えなければならないという必要性を見出していないのです。」と、ウィーン軍縮不拡散研究所のニコライ・ソコフ上級所員はIPSの取材に対して語った。
「国内的には、(ロシア)世論は核軍縮にあまり共感を持っておらず、国際的には、少なくともどこかの国から何らかの動きが起きることをロシア政府は期待しています。『(米国による)我々は、国内の政治状況から政策を変えることができない』というよく聞く議論に対して、(ロシアでは)『なぜ我々が負担をしなくてはならないのか? 全員が参加しなくてはならないはずだ。』という議論が湧き上がっているのです。」
ロシア政府関係者は、2010年にワシントンで結ばれた新戦略兵器削減条約(新START)の義務に見合うようにロシアは核兵器を削減しているが、米国は同じ義務を果たしていないという指摘を好んでする。
今年初めに発表された最新公式データによると、米ロ両国は2018年までに条約上の削減目標を果たさねばならないが、米国が配備済み戦略核弾頭と発射手段に関して依然として上限をはるかに上回っているのに対して、ロシアはすでに下回っている。
ロシア政府はまた核戦力のための支出を増やすことを主張している。今月、ロシアメディアで、政府が核兵器関係支出を今後3年で5割増やすとの報道が出た。ほとんどが旧ソ連時代に作られた兵器や技術を維持・更新する必要があるためだ。
「ロシアには軍縮義務があるが、核戦力は旧式で維持にコストがかかり、近代化される必要があります。ロシア政府は新STARTとそれが課した制限に従っているが、その制限内で核兵器を更新・開発する方針も採っています。」とトピチカノフ氏は語った。
しかし、核軍縮に関して他国との二国間協定を推進し、WMD放棄の交渉に他国を引きずり込む方針をたとえロシア政府が持っていたとしても、ロシア・米国のそれぞれで核兵器の削減がなかなか進まないことは、ロシア政府にとって歓迎すべからざる事態ではない。
ソコフ氏はIPSの取材に対して、「ロシアの指導層は、実際には現在の停滞状況を望んでいるのです。それは邪魔されずに核戦力の近代化を進める機会が得られるからです。たとえばミサイル防衛に関して米国が何をしようとも、その研究開発が実際にロシアの安全保障に影響を及ぼすような生産プロセスに変換されるまでまだ相当の年数がかかります。」と語った。
「すべての核兵器保有国が、現在の軍備管理の停滞状況を利用して、各々が望む計画を進めようとしています。これが可能なのは、現在は大きな紛争の脅威が存在しないからです。こうした核兵器保有国の計画の妨げになる唯一のものは国際社会からの圧力ですが、残念ながらそれは十分に強力なものとは言えません。」(原文へ)
翻訳=IPS Japan
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