【ワシントンIPS=ジム・ローブ】
著名なシンクタンクが19日にワシントンで発表した報告書で、米国政界の一般通念に反して、イランの近隣諸国、とくにサウジアラビアは、イランが核兵器を取得してもそれに追随することはないだろうとの見通しを示した。
『核の王国:もしイランが核兵器を作ったら、サウジアラビアはそれに続くか?』と題された49ページの報告書は、サウジアラビア政府は「イランの核兵器に対抗するために、何らかの形の核抑止力を取得することに強い動機を持っている」と述べている。
しかし、自ら核開発に走ったり、あるいは、(パキスタン政府との緊密な関係にもかかわらず)同国から核を取得したりするよりも、はるかに高い確率で米国の核の傘の下での庇護を求めることになるだろうという。報告書を出したのは「新アメリカ安全保障センター」(CNAS)で、バラク・オバマ政権の国防総省や国務省に多くの人材を輩出している団体である。
主著者のコリン・カール氏(オバマ政権第1期で中東政策担当のトップを務める)は、「サウジアラビア政府は、パキスタンあるいは米国という外国から提供される核による安全の保証を求める一方で、現在の通常兵器による防衛のさらなる攻撃的な強化と、原子力の民生利用というヘッジ戦略を追求することになろう」と言う。
「そして最終的には、パキスタンの核よりも米国の核の保証の方が、サウジアラビアにとってより確実で魅力的なものになるだろう」と報告書は述べている。報告書の著者にはメリッサ・ダルトンとマシュー・アーバインも名を連ねている。
イランが核兵器かあるいは「最後の一線を越える能力」を取得した場合には中東の他の諸国も核武装化に走るという、イスラエルや歴代の米国政権が固く信じていた通念に挑戦したこの新しい報告書が出された今、私たちは重要な局面にいる。
7か月の中断を経て、イランといわゆる「P5+1」(米国、イギリス、フランス、ロシア、中国にドイツ)は2月27日にカザフスタンでイランの核問題に関する協議を再開する。ただ、6月にイランの大統領が交代になるため、大きな進展があるとは考えづらく、事態が打開される見通しは薄いと多くの識者はみている。
しかし、もし今回の交渉で進展が見られないようであれば、イランに対する強硬策を求める圧力がオバマ政権にかかるであろう。さらなる制裁措置と、軍事力行使の脅しの信ぴょう性を増すことで、イランが核兵器を取得することを「防止」するという既存の方針によってそれが正当化される可能性が高い。
強力な「米イスラエル公共問題委員会」(AIPAC)がワシントンで3月3日から5日にかけて開催予定の年次政策会議では、これが中心的なメッセージになりそうだ。米議会のほとんどの政治家は会議に参加するとみられている。
イスラエルと米国は、核武装したイランは「容認できない」と長らく主張してきた。なぜなら、彼らの見方では、ソ連に対して適用された封じ込め戦略の中心的要素であった「抑止」が、イランに対しては効きそうもないからだ。
イスラエルの指導者の中には(とくにベンヤミン・ネタニヤフ首相)、イランはその宗教的な「メシア信仰」によって抑止不可能な存在になっていると考える向きもある。
イスラエルと米国政府はまた、イランが核兵器を取得すれば連鎖反応を引き起こすと考えてきた。中東におけるイランのライバル国であるトルコ、エジプト、そしてとりわけサウジアラビアが、イランを追いかける火急の必要性を感じ、世界でもっとも紛争含みでエネルギー資源の豊かなこの地域において一触即発の「核の火種」が生まれる、というのである。
イスラエル・ロビーやネオコンのシンクタンク・識者、不拡散タカ派がとくに主唱してきたこの議論は、ここワシントンでは常識になりつつある。しかし、前述のCNAS報告書は、これは「おそらく間違い」だと指摘している。
CNASのこの最新の研究では、オバマ政権の見方と同じく、「中東に核兵器国が複数生まれるリスクはどんな小さなものであっても避けるべき」であるから、イランの核武装防止を政策目標にしつづけるべきであると強調されている。
しかし、「同時に、(場合によっては軍事力行使も含む)予防措置が失敗した場合に備えて、サウジアラビアに核による安全の保証を供与することも含め、抑止と封じ込めの仕組みを作る準備を密かに開始すべきだ」と報告書は言う。
カール氏とCNASによるこの勧告は、口では「予防を図る」と言っておきながら、実際はムスリム世界でのあらたな戦争に米国を引きずり込みかねない行動をオバマは避けようとしているのではないかとの疑いをネオコンやイスラエル・ロビーの間に広げることになろう。
報告書はもっぱらサウジアラビアに焦点を当てているが、エジプトとトルコについても、イランの核兵器取得に対して自前の核兵器計画によって対応するとは見られない、と論じている。エジプトの場合は、イランを「生存上の脅威」とみなしておらず、他に対応すべき問題が多いためであり、トルコの場合は、とりわけ、北大西洋条約機構(NATO)加盟国として信頼性の高い核抑止力をすでに手にしているためである。
他方で、サウジアラビア政府の場合は(すでに一部の指導者は、イランの核武装化に対して同様の行動をとると示唆しているが)、イランが、核の盾に隠れて、直接あるいは代理集団を通じて、サウジアラビアに対してより攻撃的に出てくるのではないかという不安が実際に存在する。
しかし、報告書は、これらの恐怖があっても、核武装化への主要な「逆インセンティブ」を乗り越えることにはならないだろう、と結論している。「逆インセンティブ」とは例えば、イスラエルからの攻撃を誘発するリスク、米国との重要な安全保障上の関係が断絶する可能性、自国の国際的な評判が低下したり、国際的な経済制裁の対象になる可能性などである。
米国も、サウジアラビアがイランの後を追わないように積極的なインセンティブを与える可能性がある。サウジアラビアに対して核の安全保証を供与するだけではなく、核計画に厳格な制限を課すことを条件に民生核協力を強化する用意もある。
米国はまた、マイナス・プラス双方のインセンティブを通じて、エジプトと同じようにイランを生存の脅威とみなしていないパキスタンに対して、サウジアラビアに兵器を移転しないよう圧力をかけるかもしれない。
CNAS報告書によれば、地域のある一国が核兵器を取得した場合にその隣国が同じ反応を示すことで核が拡散するという予想は、たいてい誤っている。
また報告書では、中国が核兵器を実験してからの50年間に核兵器を取得したのはイスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮の4か国だけであり、他の7か国が、サウジアラビアがおそらく直面するであろう「逆インセンティブ」を一部の理由として、核武装化を放棄するか、あるいは高度に発展した計画を中止している。
核軍縮を求める団体「プラウシェアズ財団」のジョー・シリンシオーネ代表は、IPSの取材に対して、「私は以前、北朝鮮やイランが核武装化したらドミノ的な拡散が起こると考えていました、歴史的証拠を無視することはできません。」と指摘したうえで、
「北朝鮮は2006年に核実験を行ったが、それに追随する隣国はありませんでした。つまり、核兵器の使用は抑止可能であり、その拡散は封じ込められるのです。こうして世界的な[核不拡散]体制は、重大な衝撃を受けつつも生き延びてきたのです。」と語った。