【ルンドIDN=ジョナサン・パワー】
アジアにおいて、太平洋戦争が何かをめぐる争いだったとすれば、それは日本に侵略されていた満州と華北であった。ルーズベルトの後押しを受けて、スターリンはそこへ軍を送り込み、これらの地域を掌握した。朝鮮、満州、中国が共産主義支配下に入ることにつながったソ連の侵攻を、米国は承認し、資金を供与し、武装させたのである。「これは、これらの地域を抑圧から解放するために戦われた戦争の、倒錯した帰結であった」とマクミーキンは書いている。
国内に目を向けると、マクミーキンは、戦争とスターリンの勝利――すなわちヨーロッパと中国における共産主義の拡大――の間接的帰結として、マッカーシズムの台頭があったと指摘する。それは米国民の市民的自由を大きく制限した。さらに、広島と長崎への二発の原爆投下という、最初であり唯一の核兵器使用によって、米国の国内外でのイメージは回復しがたいほど傷ついた。
ヨーロッパについて言えば、フランスは完全に打ちのめされ、衰弱した残骸となり、ほどなく帝国を失った。米国もまた、この戦争の帰結――すなわち東欧におけるソ連の支配拡大――から無傷ではいられなかった。ソ連は再生し、ドイツがかつて持ったものをはるかに上回る地球規模の影響力を有する超大国へと変貌した。
イギリスは結局、「帝国は失ったが、なお役割を見いだせていない」と、米国務長官ディーン・アチソンが評した通りの状態に陥った。もはや帝国を維持し、それを守る海軍を保持する余力はなかった。しかも米国に対して天文学的な債務を抱え、その返済を米国から求められ続け、完済は2006年にまでずれ込んだ。(これに対し、ソ連の対米債務は1951年、1ドル当たりわずか2セントという安値で帳消しにされた。)
何よりもユダヤ人たちは壊滅的打撃を受けた。確かに、戦争がなくてもヒトラーは彼らの生活を困難にしただろう。差別は避けられなかったに違いない。だが、「最終的解決」が構想されたのは、戦争がかなり進行してからのことである。もし戦争がなければ、ナチス指導部が議論していたように、また一部の有力なユダヤ人指導者も推進していたように、ユダヤ人たちはアルゼンチンに移住していた可能性も十分にあった。
では、これらすべては何を意味するのか。ダンツィヒ紛争が、そうなり得たように平和的に解決されていれば、この戦争の膨大な死と破壊は起きなかったであろう。
スターリンは、ヨーロッパでもアジアでも、領土的利益を手にした勝者だった。その領土拡大は、ヤルタ会談でチャーチルとルーズベルトの双方によって大筋で承認されたものである。言い換えれば、ヒトラーと連合国の双方が、結果としてソ連帝国の巨大な拡大を招いたのである。
ヒトラーの侵攻からポーランドを救うという、この戦争の主要目的は、裏目に出た。
これがマクミーキン教授の結論であり、彼はそれを十分に立証してみせた。(原文へ)
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